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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、逃避行
22/39

10.5/わたしとおにいさま

 まばたきした、ら。

 ミンティシアは、おうまさんの上、に、いた。

 おにいさまと、いっしょに。 

 

 なにがあったの?

 なにがあったの?

 わからない、なにも。


 おにいさまが、ミンティシアをぎゅっとする。

 うわぎの中に、ミンティシアをいれて。

 

「しっかり、掴まっていなさい」


 おにいさまはそう言うけど、ミンティシア、ぎゅってしてるよ?

 だだだ?がむすんでくれたの、ちょうちょむすび。

 おにいさまとミンティシアを、ぎゅうって。

 これがあったら、おにいさまと、ずっと、いっしょ?

 だったら、なんにもこわくはないの。


 なんか、なんか、なんだか。

 よく、わかんないんだけど。

 ここは、ばしゃの上じゃなくって。

 おにいさまに、ぎゅうってされて。

 だっこ、されて。

 いつのまにか、おうまさんの上にいた。

 いったい、いつのまに、おうまさんの上になったんだろう。

 ミンティシア、もしかしてねちゃってた、の、かな……?

 いつおうまさんの上にきたのか、ぜんぜん、おぼえてない……。

 おうまさんの上に、いつきたのか。

 おにいさまならわかるかな。


「おにいさま?」


 見あげたら、そこにおにいさまがいてくれる。

 ずっと、ずっといっしょって言ってくれた。

 言ってくれたとおり、ミンティシアをぎゅってしてくれてる。

 だけどおにいさま、このくろいのなぁに?

 おにいさまが頭からかぶってる、くろいの。

 布なのかな。

 なんだかへんなの。

 この布のむこう、ぼやぼやして見える。

 つんって引っぱると、さらさらって音がした。

 ふしぎ。

 ふしぎな、布。

 つん、つんって引っぱると、おにいさまがミンティシアの頭を撫でてくれた。

 おにいさま?


「ミンティシア、今しばらく私のことは『おにいさま』ではなく……そうだな、母上と」

「はうぇ?」

「……いや、そなたは私にしがみ付いているが良い。なるべく喋らぬようにな」

「うん」


 おにいさま、どうしたのかな。

 なんだか、むぅってお顔してる。

 まゆげのあいだに、しわができてるの。

 おにいさま、おにいさま、どうしてそんなお顔をしてるの?

 なんだか、つらそうなお顔。

 なんだか、かなしそうなお顔。

 こまってるみたいにも、おこってるみたいにも見える。

 ミンティシアが、させてるの……?

 どうしていいのか、わからなくて。

 でもそのお顔を、やめてほしくて。

 そうっと、そうっと。

 おこられちゃうかも、しれないけど。

 手を、おにいさまのまゆげのあいだに、のばしてみた。

 おにいさまは、ミンティシアのゆびを、ちょっとさわって。

「ミンティシア、おにいさまは……怖い顔を、していたか?」

「……ううん」

 こわくは、ないの。

 だけどかなしくなる。

 おにいさまのお顔は……痛いの、がまんしているみたいに見えた、から。

「殿下、怖いというか……難しい顔をしておいでじゃないですか?」

「レミエル、ヴェール越しで見えると?」

「雰囲気で察せますよ。もう八年もお側についてるんですから」

「はち、ねん?」

 だだだ?は、ここにいない。

 そのかわりにって、ちがう人がいる。

 よくわからない人。

 ずっとばしゃのお外に、いた……っけ?

「妹君、僕はレミエル・クミンシードと申します」

「くみ……?」

「どうぞ呼びやすいようにお呼び下さい。なんでしたら、レミちゃんでも構いませんよ?」

「れみちゃん」

「……よっしゃ。ダリウス先輩に勝った」

「?」

 れみちゃん、は、やっぱりよくわからない。

 だけど、にこにこーって。

 ミンティシアに、にこにこーって笑ってくれるの。

 ぜんぜん、いやじゃない笑顔……で。

 ミンティシアは『ミンティシア』なのに。

 だれか、ほかの人とまちがえてるんじゃない、よね……?

 今まで『おかあさま』いがいで、こんなにミンティシアににこにこーってしてくれる人、いなかったから。

 ちょっと、よくわからなくて。

 ちょっと、こわくなった。


「殿k……リュカ様、しかしお器用ですね」

「何がだ」

「だって普通の乗馬用の鞍なのに……それなのに横座りで乗りこなすなんて、簡単なことではないでしょう」

「仕方あるまい、今の私は『未亡人』なのだから。横座りならばまだしも、馬に跨る淑女は目立つ」

「確かに御婦人方は無理をしてでも横座りにこだわりますが。そもそも乗馬を嗜む淑女はあまりいらっしゃいませんけどね。その状態で(妹君を)抱きかかえて……大丈夫ですか?」

「それは、どのような意味で問うている? 私とて馬にはそれなりに親しんでいるつもりだ。同乗者が一人増えたとて、何の問題もない」

「……大変だと思われたら、すぐに仰って下さいよ? ただでさえ、無理のある体勢なんですから」


 おにいさまが、言うの。

 しばらくは、おにいさまとれみちゃんといっしょって。

 『しばらく』がすぎたら、また、ばしゃといっしょになる。

 それまで、ミンティシアはおにいさまにしがみついてないと、いけないんだって。

 うん、だいじょうぶ。

 ミンクティシア、ずっとぎゅってしていられるよ。

 だっておにいさまは、ミンティシアがぎゅってしてても、おこらない。

 ううん、良いよって言ってくれる。

 言われたとおり、ぎゅってしがみついていたら、おにいさまがまたミンティシアの頭をぽんぽんってしてくれた。

 ……うれしい。



 だけど、ミンティシアが『うれしい』って思っちゃった、から。

 ずっと、ずっと、なんにちも。

 おにいさまがいっしょにいてくれて、うれしかった、から。

 ……ミンティシアなんかが、ほかの子、みたいに。

 うれしいってなって、なって、た、から……

 おにいさまがずっといっしょにいてくれるって……『おもいあがって』、た、から。


 だから、だから…………ばち、が、当たったの、かな。



 まえに、よく、言われたの。

 あのひろい、ものすごくひろい、おしろのはしっこで。

 いつもみたいに、すみっこでミンティシアはじっとしているだけだったのに。

 ミンティシアの髪の毛を、ひっぱったり。

 おようふくに、お水をかけてきたり。

 ミンティシアの手を引っぱって、つねったり。

 いつもミンティシアにいやなことする、子たち。

 あの子たちがミンティシアをすごい目で、にらんで。

 びりびりってするいやな声で、言ったの。


「――『王様』の血を引くからって、おもいあがるなよ」

「お前なんか『ひめさま』なんて名ばかりだって、本当はいらない子なんだって、お父様達が言ってたんだからな」

「お前の場所なんてどこにもないんだから」

「この城に置いてもらってるのも、『おなさけ』なんだってさ!」

「みぃ~んな、お前なんていらないって言ってる」

「誰からもいらない子なんだから……お前は、僕たちの言うことを聞いてれば良いんだ!」

「ちゃんと言うこときかないと、ダメなんだぞ!」

「じゃないと、罰が当たるからな!」


 だから、かな。

 あの子たちの、言うこときかないで。

 いつでもずっと、おしろのすみっこでじっとしてろって、言われたのに。


 おにいさまが、むかえにきてくれたから。

 それが、とてもとてもうれしかったから。

 あの子たちの言ったことなんてわすれて、いっしょなのが、うれしくて。

 おにいさまに、ついてきちゃったから。


 だから、ばちがあたったのかな。


 ばちが、あたる。

 ばちが、あたる。

 だけど、だけど、だけど。

 あてる、なら、ミンティシアだけに。

 ミンティシアだけにあたれば良いのに……!

 おにいさまは、ほうっておいて。


「ぐ、ぅ……っ」

「リュカ様!」


 だれ、か。

 だれか、が。


 おにいさまを、なぐった。

 

 せなかのほう、から、いきなり。

 おにいさまの頭を、なぐったの。


「チッ……男かよ。色っぺぇ後家さん期待してたってぇのに」

 その誰か、がおにいさまのくろい布をめくりあげて。

「お……っと、こんなとこにガキがいやがる」

 こわい。

 こわい、こわい。こわい。

 ひげもじゃの『誰か』。

 おにいさまを殴った、『誰か』。

 すごく、すごくこわい顔をしていて。

 すごく、すごくいやな笑い顔でこっちを見てくる。

 

 ひゅ、って、のどがなる。

 いきがつまって、のどが、くるしい……。

 こわくてこわくてさけびたいのに、声なんてでない。

 ……声、って、どうやってだすんだっけ。

 しゃべるって、どうするんだった。

 頭の中は『こわい』って声で、いっぱいで。

 だけどミンティシアの声は、ちっともでなくって。

 しゃべりかた、が、わからなくなった。

「邪魔くせぇな。なんだこのヒモ」

 だだだ?がむすんでくれた、ちょうちょなのに。

 むりやり、ぶつって切られて。

 ミンティシアを、おにいさまからひきはがす。

 やだ。

 やだ。

 やだ……っ。

 つよく、つよくそう思った、ら。

 のどのおく、で、声がはじけた。


「や、やぁっ やぁぁっ おにいさまぁ……」


 やだ、やだ、やだ。

 引っぱらないで。

 おにいさまから、ひきはがさないで!

 

「や…………やぁぁあああああああっおにぃさまぁぁぁぁあ!!」


 いままで、こんなにがんばったことないってくらい。

 ミンティシア、がんばって、がんばって、あばれたんだけど。

 おにいさまからはなれたくなくて、『誰か』にはなしてほしくて。

 がんばったんだけど……

「大人しくしろ、このガキが!」

「っ」

 目のまえ、が、チカチカってして。

 顔が、カッてあつくなって。

 いたい。

 そう思うまえ、に……めのまえ、が、くら……く…………


「ミンティシア……!!」

 

 なにもかも、きこえなくなる、まえに。

 きいたことのないくらい、ひっしな……おにいさまのこえ、が、きこえたような気がした。






次回、お兄様の視点と前後します。

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