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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、逃避行
21/39

『レミエル・クミンシード』

 なんだかお兄様視点もミンティシア視点も上手く書けなかったので、第三の選択肢を引っ張り出すことになりました。

 お兄様の従者の一人、レミエル君が語り手です。

 しかし奴に任せた途端、なんだか今は関係ないことをペラペラ語り出しましたよ……?

 僕の名前はレミエル・クミンシード。

 王家に忠誠を誓った騎士を父に持つ、割と有り触れた身分の三男坊(26歳)です。

 本来なら僕も父と同じく、この国の王に忠誠を誓って精進するべき身なのですが……

 僕の身柄が預けられたのは、王の血筋に該当しない方でした。

 王妃様の甥御様に当たる、隣国の王子様。

 生国には留まっていられない事情がお有りだとかで、もう十年も我が国に留まっておられます。

 更にその『事情』とやらのせいで、お国からは誰も付き従ってこなかったらしく。

 身分ある御方なのに従者が付いておられず、王妃様の御判断で選ばれた者達が側付きとなりました。

 僕が王妃様に選ばれたのは、八年前。

 『殿下』付きの従者の中では、三番目の古参となります。


 王家から派遣される形で主と仰ぐことになった方は、当時十一歳の少年でした。

 この幼さでなんと不遇な方なのか、と。

 側で従うにつれて、胸を痛めることのなんて多いことか。

 潰れてもおかしくない境遇の方でしたのに、凛と佇むお姿はとても御立派でした。


 また大層見目麗しい方で、初めてお会いした時は魂抜かれるかと思いました。

 そんな御方なので当然の如く、周囲を遠巻きにする高貴な方々(主に女性)に人気があります。

 ですが不遇を囲ってお育ちになったせいか、主は他人からの好意に疎くて。

 御自分が好意的に注目されていることに、全く気付く様子がありません。

 いつまで経っても、自分は誰にも望まれることはないと思っていらして。

 そんなお姿が痛ましく、歯痒い思いをすることも度々です。


 ……まあ、お美し過ぎるせいでもあるのですけど。

 紳士淑女の皆様、好意的な視線は注ぐんですけどね。

 あまりの美しさに近付くなんて恐れ多い!と遠巻きにしていることが絶対に原因の一つです。

 だから殿下が周囲に避けられてるって勘違いするんですよ!

 あと、主に憧れるのは結構ですが、持ち物を無断拝借するのは本当に止めてください。

 いい加減、主の物品管理を担当している奴がキレそうです。

 殿下も幼少期の「持ち物を隠される」思い出から、嫌がらせの一環と思い違いしてますからね?

 これは流石にフォローのしようもないので、嫌がらせと思いこまれても仕方がない気がします。


 御自身の知らないところで人気があり、慕われている殿下。我が主。

 そんな殿下が誇らしいとも思いますし、おいたわしいとも思います。

 殿下が御自身の人気に気付かない最大の要因も、いつまで経っても片付きませんし。


 人気がある筈の、殿下。

 ですがそんな殿下は、割と結構……そこそこ頻繁に、襲撃を受けます。

 

 多くは殿下がお気付きになる前に、最古参のダリウス先輩(僕より年下)が片付けるんですが。

 それでもダリウス先輩の網を掻い潜り、直接襲ってくる馬鹿がいるせいです。

 襲撃者の六割は、生国から。

 どんな理由があって殿下が狙われるのか存じませんが、きっと殿下が生国に身を置いてはおけなかった事情と密接に関わっているんでしょう。

 生国を離れようとも殿下は王子様ですからね。

 きっと色々あるんだと思います。

  

 そして襲撃者の三割は大変遺憾ながら……我が国の不穏分子に当たります。

 殿下は直接我が国の血を引いてはいらっしゃいませんが、王家の縁戚に当たります。

 現王に反感を持つ馬鹿に、とばっちりで狙われること多数。

 しかも殿下は他国の王族ですからね。

 殿下に何事かあれば、王妃様のつけた護衛に問題があったのでは、と責任追及にかこつけた排斥運動を行うつもりなのでしょう。

 かつては戦争したこともある隣国に、よくない感情を持つ輩もいます。

 殿下を傷つけることで、隣国との開戦を狙う輩もいます。

 そういった輩がぽこぽこ湧いて出る度に、出る杭を笑顔で打ちまくるダリウス先輩が大変鬼気迫っていて怖いです。

 

 ダリウス先輩は、殿下大事の方ですから。

 側付きも殿下をお守り出来る様に精進すべしと、度々同僚の僕達をしごいてきます。

 ダリウス先輩は高名な武門の出ですからね。

 強いのは確かなんですが……現在軍部で『泣かしの赤鬼(レッドオーガ)』と呼ばれる将軍伝来の訓練法はそろそろ勘弁してほしいのが正直なところです。

 お陰で剣の腕は確実に上がりましたけど。

 引き換えに寿命でも削られていそうな勢いです。


 


 側付き従者が剣の腕を磨かなければならない程、危うい状況に置かれている殿下。

 そんな殿下の御母上がお亡くなりになったと知らせが走ったのは、つい先日のこと。

 それを受けての、今回の旅路と相成った訳ですが。

 

 隣国へと向かう間にも、何回襲撃されましたっけ……?


 国と国の境、つまりは辺境。

 中央都市の目が届かない地方に行けば、野党の類は珍しくない。

 はっきり言って、物凄く治安が悪いです。

 それでなくても、主街道が交差するような人通りの多い場所でさえ、襲われることはあるっていうのに。

 今回の殿下の御帰郷でも、食いつめて見境をなくした流民や盗賊に何度も襲われた。

 ちゃんと判断能力のある者なら、勝率の低い略奪はしない。

 速度を重視して供も荷も少ない今回の旅路は、見る者に此方の力量を見誤らせるらしい。

 豪奢な馬車に、見るからに少ない護衛。

 多分、美味しそうな御馳走に見えるんでしょうね……。

 

 それでもちゃんと考える頭があれば、どう見ても貴人の乗る馬車を襲撃はしないだろうに。

 だけど流民には、その辺りに敢えて目を瞑る者がいる。

 元より土地を持たない身、追われれば何所へでも逃げられる。

 その身軽さが、犯行の後押しをするのか。

 いや、それでも洒落にはならないだろうに。

 極限まで食い詰めた彼らは、明日に迫る討伐隊よりも今日を繋ぐ一杯の粥を求めて犯行に臨む。

 十年と少し前の戦乱で、寄る辺とする故郷を失った者達。

 彼らも生きる為に必死で、そして悲しい。


 罪を犯すしかない下地があったとしても。

 それでも罪を犯した時点で、誰も容赦はしないのだが。

 

 何より、中には『殿下』が王家に縁ある身と知って敢えて襲う輩もいる。

 直接この国の王家に関わりのある方ではないが、縁戚という遠い繋がりでも襲う側は構わないんですかね。

 王族の方々のガードが堅過ぎるので、それよりはちょっとだけ警護体制の劣る『殿下』を狙うというこの卑劣さ!

 うん、やっぱり襲撃に対する容赦は無用です。



「殿下、今からちょっとここで危ないことをするので、先に逃げておいて下さい」


 こういう時に、かつて『猟犬』と呼ばれた戦意の高さが滲むのか。

 ダリウス先輩の言葉は、主に対するとは思えないぞんざいさで放たれる。

 身を投げ打ってでもお守りする立場だと思うんだけど。

 それなのに主人を先に離脱させて、放置して。

 主に付き添うことなく『敵』の殲滅に専念しようというんだろうか。

 そもそもただの盗賊なのか、盗賊を装った暗殺者なのかもはっきりしません。

 流民の中には元は軍人階級だったりするような手練もいるので、更にはっきりしません。

 はっきりしないので、ダリウス先輩は一緒くたに全て殲滅させていきます。

 その戦闘行為に、はっきりとではないけど殿下に邪魔だって言っている気がします。

 この辺、治安悪いんですけど。

 本当に殿下を放置で良いんですか……?

 疑問に思うのは、きっと僕だけじゃない。

 ですが、殿下はダリウス先輩に言われるなり颯爽と馬に跨って。


「そうか、わかった」


 あっさり過ぎる言葉を残し、これまた颯爽と何処かへと駆け去っていかれます。

 あまりに鮮やかな逃走手腕。

 武装集団を前に残される僕達に対して、特に御言葉もないようです。

 本当に、戦意を鼓舞するような言葉も、ねぎらいの言葉も、案じる言葉すらない。

 これは信頼なんでしょうか。

 従者の筆頭であるダリウス先輩は駆け去る殿下を満足気に見送り、頷いています。

 手には、愛用の剣をしっかりと握り、もう殿下を気にすることもなく。

 『敵』だけに集中し出すと、本当にそればかりで。


 だけど気にした様子のないその姿に、僕は思う訳です。

 ああ、これが殿下の信頼の形なのか。

 殿下とダリウス先輩の、言葉にならない絆なのか、と。

 言葉は必要ないって、きっとこういうことなんですね。




 ……と、その時はそう思ったんですけど。



 あれが僕の思い違いであったことを、僕はいま重々と思い知らされています。




 殿下の生国の、王宮までは途中で襲撃に遭いながらも何事もなく到着しました。

 これから葬儀への参列やら何やらと、忙しくなるなと。

 慌てて荷解きをしていた最中に、殿下から直接の御指示が下りました。


 え、とんぼ返りですか。


 今度は慌てて荷作りです。

 何でも、兄君から扱いに慎重を要する『お土産』を頂いてしまったとのことで。

 緊急を要する為、即座に国を出なくてはならないそうです。

 詳しい事情も知らされることなく、慌てて出立の準備を整え。

 そして僕達に引き合わされたのは……ああ、何とも愛らしい!

 僕が知っているのは八年前までですが。

 それでも殿下の幼い頃を彷彿とさせるのは、なんとも良く似た……妹君。


 殿下も初めて妹君の存在を知った、とのことで。

 ……生国とのご連絡を基本絶っていらっしゃるのは存じてましたが、妹君を知らなかったってどうなんでしょうね?

 少し複雑な思いも過ぎりましたが、様子を見るに御兄妹仲は存外良好の御様子。

 

 というか殿下があんなに気を使っている姿、初めて見ました。


 やはり実の妹君は特別なんでしょうね、と。

 初めて目にする殿下の微笑みに、感慨深い思いでいっぱいです。


 僕らは十年近くお仕えしているのに、と。

 少しだけ、実の妹君だからと早々心を許した殿下を恨めしくも思いましたけど。

 ええ、本当に少しだけ、ほんの少しだけ……だけですよ?


 ですが殿下が心を開くだけの理由があるのだと、察するのもすぐでした。

 どうやら妹君は、殿下とほぼ同一の『事情』を抱えていらっしゃるようで。

 いえ、性別の違い故か、もしかすると殿下よりも深刻なのかもしれません。


 証拠に、一行に妹君が加わって以来、追跡者の気配が絶えません。

 

 しかも追跡者を更に追跡する一団がいるらしく、狙われている此方を蚊帳の外扱いで何やら騒がしくしているようです。

 勝手に潰しあってくれるのなら、僕達も楽が出来て万々歳ですが。

 その思惑が知れない限り、警戒を解くことは出来ないんですけどね。

 どうも殿下や殿下の妹君を狙っているらしい追跡者が、夜ごと数を減らしていくのがわかります。


 同時に、減らす端から追跡者に補充があることも。


 これ、イタチごっこになってませんか?


 難しく思いながらも国境を目指します。

 自国の地を踏んでしまいさえすれば、僕達にも手の出しようがありますから。

 この国の領土内にいる限り、ダリウス先輩お得意の「こっちから襲撃」は出来ませんから。

 何しろ現状、後を追われているだけです。

 何か実害がない状況でこっちから襲いかかって、後で問題に発展しても困ります。

 例えそれが言い逃れでも「自国の王子・王女が安全に越境するまで影ながら護衛していただけだ」とでも言われては面倒なことになります。

 こっちに反論の材料がありませんし、実際にどうだったのかは置いておいても世論を操作されたりしたら僕達が悪いことになってしまいます。

 そうなったら殿下のお立場も悪くなりますし、下手を打つと戦争勃発です。

 なので、当方からは手の打ちようがなかった訳です。

 越境さえしてしまえば、不法入国扱いにして問題も潰せますけれど。


 追いかけられていて、此方から手が出せない。

 そんな状況に、じりじりと精神が摩耗します。

 一番摩耗させているのは、きっと密かに血の気が多いダリウス先輩ですけど。

 だから動きがあった時は、心が上向きました。

 これでストレスを溜めなくて済むと、安堵すらしました。

 一緒に行動をする内に、どうやら僕にまで血の気の多さが伝播していたようです。


 当然のように、今回も殿下に危険地帯を離脱して先行していただくことになりました。

 いつも心配になりますけど、ダリウス先輩曰く「殿下の隠れる能力には敵わない」とのことなので。

 幼少期、虐めっ子から隠れ潜んでいる内に、殿下の潜伏能力は凄く高くなっていたそうです。

 子供って目敏いですからね。

 それから更に隠れるとなれば、半端な能力じゃどうにもなりませんか。

 むしろ誰かが一緒にいる方が、殿下が隠れられなくて危険、と。

 そういう判断もあったそうなんですが。


 今回、初めてそんなダリウス先輩の『放置』が覆されました。


 多分、妹君がいらっしゃったからだと思います。

 殿下一人という条件は既に覆されている。

 だからこそ、気を遣ったんじゃないでしょうか。

 今まではつけなかった護衛を、殿下に一人従わせました。


 何を隠そう、この僕です。


 いつも殿下のことが心配だったので、選ばれてちょっと喜びました。

 絶対にこの御兄妹をお守りしようと、意気込みも充分です。


 追手の目を紛らわす為、僕は上着を私物に変えました。

 殿下に抱えられた妹君は男児の服を着せられ、殿下が器用に鬘を被せました。

 そして、殿下は……全身をすっぽりと覆うような、黒いヴェールを被っておいでです。

 黒いレースに覆われて、顔も全体的な輪郭も曖昧にぼやけました。

 確かにお姿は確認できなくなりましたけど。

 確かに、お姿は確認できなくなりましたけど……!


「殿下、それ……未亡人が喪中に被るヴェールですよね」

「用意したのはダリウスだ」

「……ええと、では今から暫く、馬車と合流するまでの間……そうですね。殿下は御夫君を失くしたばかりの、とある富豪の第三夫人というのはどうですか。妹君はその御子で、本妻に疎んじられて母子共々生国に帰されている同中です」

「では、レミエル。お前は私の弟ということにしよう。母子に差し向けられた、生国よりの迎えだ」

「そうですね。それでいきましょう」


 年齢的には、僕の方がずっと年上ですが。

 ヴェールで姿が見えないんですから、少しばかりの年齢詐称もどうにかなるでしょう。

 そもそも性別すら偽っていますし。


「おにいさま?」


 ヴェールの下、殿下の腕に抱えられた妹君から不思議そうな御声がかかります。

 未だ幼い姫君には、理解の範疇を超える出来事でしょうか。


「ミンティシア、今しばらく私のことは『おにいさま』ではなく……そうだな、母上と」

「はうぇ?」

「……いや、そなたは私にしがみ付いているが良い。なるべく喋らぬようにな」

「うん」


 幼い子供は得てして喋りたがりなものですが。

 この無口無表情な姫君だからこそ、通用する手ですよ。殿下。



 暫くは殿下と妹君と、僕の三人道中になりそうです。

 ですが短い距離の間にも、殿下が兄として妹君を気遣う御言葉が度々発せられまして。

 こんなに口数の多い殿下を、初めて見ました。

 妹君のことを心底案じておられます。

 何くれとなく、甲斐甲斐しい殿下の御様子を見て、僕は悟りました。


 今まで僕が、殿下とダリウス先輩の信頼だと。絆だと。

 そう、錯覚(・・)していたもの。

 その正体……いえ、本当の意味を察してしまいました。


 殿下が危地に身を置くダリウス先輩に、何の御声もかけはしない?

 全面的に任せて、言われた通りに従い先に逃げる?

 そんな御様子が、どんな意味合いを持っていたのか。

 確かに信頼もあったのでしょう。

 絆だってあったかもしれません。

 何より、ダリウス先輩の腕を信じてのことだと思いますけど。

 それでも本当に気にしておられたら、何か一声くらいかけていたと思います。

 今こうして、何事もなく進んでいても妹君を気にしておられるみたいに。

 

 つまり、アレです。

 いいえ、こうです。

 ダリウス先輩が死ぬことはないと確信していてこそ、だったのかもしれませんけど。


 殿下……危地に残るダリウス先輩に、あまり興味なかったんですね。



 そこは当然切り抜けるものと、そんな信頼と表裏一体に。

 切り抜けられるなら心配する必要ないや、という無関心が透けていました。





レミエル・クミンシード(26)

 とある騎士爵家の三男坊。

 兄二人は現役の騎士。

 しかし三男坊の分まで支度金を工面できず、他で身を立てるか信仰の道に入るかの選択を迫られる。

 そこで書記の道を志すが、何の因果か師匠が戦場で戦時報告書を作成する係の補佐になってしまう。

 師匠の身の回りの世話をするのは弟子の役目。という訳で彼も従軍する羽目に。

 どんな運命の悪戯か、そこで良い働きをしてしまって王妃様の目に留まる。

 それからも暫くは書記の修行をしていたが、独立前に王妃様に摘み上げられて主人公の従者になった。

 元々剣の腕の筋は良く、ダリウスに鍛えられて一端の騎士並の実力は有している。



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