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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、逃避行
20/39

10/私と妹と、逃避行

なんだか書いている内に、大事になって来ました。

 馬車に並走する馬には、護衛と兼ねた数名の従者。

 いずれもダリウスが常日頃からしごいて鍛えた為、最低限度の力量は備えている。

 その一人から、何か報告があるらしい。

 私に仕える従者はいずれも隣国の王妃に斡旋された者達だが、組織体制としては最古参であるダリウスがそれらを束ねる位置にいる。

 報告はまず、私ではなくダリウスの耳に伝えられた。

 ……だが馬車の窓から身を乗り出すのは、今後控えさせた方が良いだろう。

 ミンティシアが万が一にも真似をするような事態になれば、何とする。

 私の険を含めた視線に気付いているのか、いないのか。

 ミンティシアは身軽なダリウスに、目を丸くして驚いている。

 妹をこれ以上驚かせたら、次に馬車から身を乗り出した時に背中を押してやろう。 

 私の視線に気付くことなく。

 ダリウスは呑気にすら感じる程の、飄々とした声で告げた。

「あー……殿下? どうも碌でもなさそうな非正規武装集団が迫ってきてるっぽいですけど」

「……王都から追ってきている、と報告のあった集団か?」

「そうですね。その一派です。それで、どうします?」

「非正規武装集団、か……勘繰ることなく素直に考えれば、野盗の類。だが見た目通りの集団ではあるまい……あるいは、というところか」

「そうですねー。どうやら人目の少ない国境付近に近付くにつれ速度を上げて接近してきているらしい、ってことのようですが」

「……想定していたよりも早いな。もう少し行動を起こすのは先かと思っていたのだが」

「予測地点が完璧にずれましたね。折角用意しておいた策が三つ四つ使えなくなりました」

「現在の数は? 先に報告のあったままか」

「いえ、増減しました。一度、大幅に増えてから数が変動する紆余曲折を経たようで」

「増減……増えたり、減ったりしたと?」

「いやいや、これでも相手さんの数は『とある助っ人』のお陰で大分減ってくれたんですけどねー……このまま殲滅されるなら、それはそれで助かったんですけど。どうやら集団の数が多すぎたようで」

「『とある助っ人』……? 何者だ」

「いやいや、殿下はお気になさらず。それで今追ってきている奴らの数でしたか」

「気にするな、と言われて気にせずいられるものでもないと思うが……今は報告を聞こう」

「二十騎です」

「………………」

「二十騎」

「……多いな」

「多いですねー……」

 どこの盗賊団(大手)だ、と言いたくなったが。

 まず間違いなく、それはただの野盗ではあるまい。

 十中八九、『高貴』な身分にある何某かの手の者。

 何らかの政治的背景を備えている可能性すらある。

 狙いは何か、複数思いつくものはあるが……可能性として、最も高いのは。

 

 私はちらりと、膝の上の妹を見る。

 このままでは襲撃を受ける危険性が高い。

 そうなった時、この妹を危ない目に遭わせずにいられるのか。

 ……怖い思いをさせず、いられるだろうか。

 私一人が何らかの危地に陥る程度は構わない。

 だがこの小さな妹を怯えさせるのは、気が進まない。


 相手は、馬に乗って私達を追っている。

 此方は安全性に配慮はしていても、速度に劣る馬車の旅路だ。

 このままでは遠からず追いつかれ、周囲を囲まれる恐れすらある。

 万が一馬車の馬をやられ、足を止める羽目に陥れば……危険は、より高まることだろう。

 必然的に、妹にも恐ろしい思いをさせる筈だ。


「――ダリウス、替え馬は余分に連れていたな?」

「殿下、分散するに丁度良い地点が少し先にあります。合図をしますので、ご準備を」

 このような非常時、個人の資質や心構え、能力が発揮される。

 ダリウスは私にとって、最も付き合いの長い従者だ。

 有事の際の呼吸は、自然と噛み合った。

 確認せずとも、どうやら考えたことは同じらしい。

 非常時にこれ程頼りとなる男もいない。

 何か危険が迫った際は、ダリウスに一任すれば大体は被害を気にせずに済む。

 目立った被害を出さずに片付けられるだけの実力が、この男にはあった。

 ダリウスが少し先というのであれば、それは本当に『少し先』なのだろう。

 いざという時の為、常時備えは忘れずにある。

 特にこの故国は、いつ私を害するとも知れぬ地だ。

 兄上の他に味方はなく、敵地とすら言って構わない。

 備えは万全か、確認を怠った覚えはない。

「殿下、非常持ち出し袋にこれも入れておいてください!」

「これは……ヴェールに、鬘……か」

「鬘は子供用サイズをご用意させていただきました。どうぞご活用ください」

「使う機会が無ければ、無いに越したことはないのだが……ミンティシア、馬に乗ったことは?」

「お、おうま……? う、うぅん、と、あの……」

 ふるふる、と。

 ミンティシアが首を振るのに合わせ、結った髪が踊る。

 そのしぐさの意味は、否定。

「ないか。そうだな、あるまい。あったとして、その体躯では満足に馬を走らせることも出来まいな……聞くまでもないことだったか」

「そうだ、殿下! この辺りの土地勘は?」

「あると思うか?」

「そうですね! むしろ俺の方が詳しい勢いでしたね。俺、隣国の人間なんですが」

 職業柄、そして代々王家の護衛を務めてきたという家系柄、ダリウスには習い性がある。

 今回の里帰りに際しても、安全なルートを確保する為に国家機密に抵触しない範囲内で出来得る限り経路の地理を調べ上げていた筈だ。

 ダリウス曰く『非常持ち出し袋』の中には、有事の際の備えとして『避難経路』を記した紙がある。

 それも旅路の進行に合わせて入れ替えていたので、最新の注意事項が記載されている。

「殿下、通行許可証はお持ちになりましたか? ハンカチ、小銭は!?」

「通行許可証はミンティシアの分も含め、肌着の隠しに。ハンカチは持った。小銭は……銅貨が多目だが、構うまいな」

 有事(こういうとき)、ダリウスは常に無い過保護を見せる。

 普段は私のしたい様に放任気味だが、やはり非常事態には頼もしい助言者だ。

 傾けるべき助言を幾つか聞く間にも、私の手は休むことなく動いた。

 具体的に何をしていたのか述べると……目立った意匠のない外套を羽織り、ミンティシアに『少年』の上着を着せる。着替えさせる猶予はない。少々大き目だったが、旅路の途中で手に入れたズボンを衣服の上から穿かせた。

「おにぃさま?」

 私を見上げ、首を傾げるミンティシア。

 妹は確実に、何が起きているのか理解していない。


 非正規武装集団。

 その意味は、『無法者に見える集団』と言い換えて良い。

 それが、王都よりずっと追跡してきたという意味は……考えるまでもないだろう。

 余計な目撃者の出ない、辺境の地で行動を起こした点から考えても明らかだ。

 何が狙いか、吐かせた訳ではないが。

 それが碌でもないことだろうと、それだけはわかる。

 速度を上げて、追ってくる。

 私達の足を止めさせる為の、先触れもない。

 その時点で、平和的な交渉を望んでいるとは思えない。

 

 これが正規の……軍属の集団だったとすれば、馬車の中から一行の責任者である私が消えるのは不審に映るかもしれないが。

 見るからに野蛮な、盗賊の如き集団に追われているのだ。

 難を避ける為、馬車から貴人が逃亡しても不思議はない。

「ミンティシア、今から怖い思いをさせるかもしれない。怖いのを我慢しろとは言わないが、声だけは堪えなさい」

「こわぃ……? ……おにいさま、どっか……行くの?」

「ミンティシア?」

「ミンティシアをおいて……どっか行っちゃう?」

 私のことをじっと見上げてくる、無垢な眼差し。

 そこに、恐る恐ると私を窺う色がある。

 無意識にか、妹の小さな手が私の上着を握っていた。

 まるで、私が目の前から消えることこそが恐ろしいとでも言うかの様に。

「ミンティシア……前に、私はずっと一緒だと言ったな? 置いてはいかない。ミンティシアも、共に行く。私一人が逃げても仕方がないだろう、元よりそのつもりだ」

「だったら、いいの」

 私がゆっくりと言い聞かせると、表情の薄いミンティシアの顔からほっと僅かに力が抜ける。

 どうやら、張り詰めた思いがあったらしい。

 ミンティシアは両手で私の腕を掴み、ふるりと首を緩く横に振った。

「おにいさまが、いっしょ。だったらミンティシア、こわ、く、ないよ」

 ………………。

 ……思った以上に、この妹は健気だ。

「ダリウス、」

「はいはい。ちゃんとわかってますよ。無事に逃げ切ったらご褒美用意したいんですよね。適当に大きな街でお買い物する予定組んでおきますから。そろそろ予定地点なんでそろそろ心の準備終わらせて下さい」

「心の準備なら、とうに終わっている。……妹は、どうかわからないが」

「そんな殿下に、心強いこんなアイテムが御座います」

「……帯、か?」

「一般ご家庭の主婦の皆様に、『おんぶ紐』と呼ばれる便利アイテムです」

「それをどうせよ、と」

「はーい、それじゃ妹君。兄君にぎゅぎゅっとしがみついて下さいねー。それから少し窮屈なのはちょっと我慢ですよー」

「だ、だんだ……なぁに?」

「…………………………だだんだって、俺のことですかね」

 妹はあまり口を開かず、口数も多くはない。

 育ち故の弊害だが、九歳の女児とは思えぬ無口さだ。

 だからこそ、内心で思っていることが他方に伝わり難い。

 それも、これから改善させてやりたいとは思っている。


 しかし、私は知っている。

 妹はまだ、ダリウスの名前を覚えていない。


 時に物言いたげにダリウスを見ながら、「だだだ……? だだん、だ……?」と呟いている。

 馬車の中で、妹の定位置は私の膝の上と化していた。

 その近距離だからこそ、呟きは私の耳に届いていた。

 しかし馬車の車輪の音が響く車内で、体面位置と少し離れた場所に居るダリウスには届かない。

 道中、妹の呟きが耳に入る度に、思わず笑ってしまいそうな思いを味わった。

 ダリウス・ダンダリオン。

 一息にその名前を聞くと、「ダ」の音が印象に残って「だだだ」と脳内変換されるらしい。

 口に出して言ったことはないが、実は私も十年前に同じ感想を抱いた。

 そんな点でも、どうやら妹と私は似ているようだ。


 この非常時に、妹のお陰で少々和んだ。

 緊張感を無くすのは褒められたことではないが、余裕を持つのは良いことだ。

 ダリウスは首を傾げながらも、着々と準備を終えた。

 私の胸元に、ミンティシアを抱える形で。

 私達の体は、『おんぶ紐』とやらによって固定されていた。

 なんという安定感。

 確かにこれなら、少々激しく動いたところで簡単に別れ別れとなることはないだろう。

 これから曲芸じみた真似をせねばならない。

 そのことを思えば、ダリウスの気遣いは有難いものだ。

 ……しかし『おんぶ紐』とやらは背負う以外の用途でも『おんぶ紐』と呼べるのだろうか。


「殿下、ご無事で……」

「ダリウス、後は任せよう」

 私とダリウスの両名が消えれば、指示系統が乱れる。

 最古参であるダリウスだからこそ、この場を離れることは出来ない。

 この場で最も手練れであり、護衛として優れているのがダリウスだとしても。

 ダリウスには私の代わりに一行に指示を下し、合流地点まで導いてもらわねばならない。

 そして、『非正規武装集団』とやらの対応もまた、ダリウスの仕事だ。

 私にはダリウスの代わりに、目立たぬ範囲での護衛が付けられた。

 あまり人数を割くと、場を離れる私達に気付く者が出るので仕方がない。

「こんなことなら、旅路の合間にでも追い込み稽古をしとくんでした」

「先輩、勘弁してくださいよ。稽古に潰されて、いざという時に使い物にならなくなります」

「……でも、お前の腕じゃあなあ」

「俺、これでも同年の騎士だったら十人抜き出来る程度の腕はあるんですけど」

 ダリウスの次に剣の腕が立つ従者だが、それでもダリウスには不満らしい。

 ダリウスの腕が、卓越し過ぎているだけなのだが。


「殿下、此処です!」


 ダリウスの合図が、私の耳を打つ。

 腕の中には、ミンティシア。

 その小さな体を潰さぬよう、それでも迅速に体を動かす。

 宙に躍り出る、一瞬。

 私は瞬きをする程の間で、馬車から馬へと乗り移っていた。

 ……ダリウスに練習させられた時は疑いの眼差しで奴を見たものだが。

 まさか、本当にこれを披露する時が訪れるとは……

 練習させられた十五の頃には、終ぞ予想もしなかった。

 奴の「いざという時の為に」は本当に実践する機会が巡ってくる呪いでもかかっているのか。

 あの時、ダリウスは一体どのような「いざという時」を想定したというのか。

 用意周到という言葉はあるが、ダリウスの先見が明る過ぎて辟易しそうだ。


 私はミンティシアを抱えたまま。

 一人の従者を従え、馬に跨り木立に紛れて先を行く。

 馬車と道を分けることで、危険を避ける為に。

 

 



お兄様クッション

 → 馬車の中での、ミンティシアの定位置。

 どうやらガタゴト跳ねる馬車の中、ミンティシアの座り心地を配慮した結果。

 クッションも沢山あるけれど、最終的にお兄様の膝の上に落ち着いたらしい。人間座布団。

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