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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、貴族の館
17/39

9/私と妹と、不届き者

 少々妹に食べさせ過ぎたかと反省を得つつも、宴席は恙なく終わりを迎えた。

 旅の疲れを癒すという名目で男爵の形式的な談話の誘いを辞し、妹と共に客間へ向かう。

 これが国王の行幸などであれば、屋敷の主の寝室は王に明け渡されるのだろう。

 私は第六王子という身分だ。

 王太子や隣国王妃の後ろ盾があるとはいえ、血縁に基づく確とした後見はない。

 王子にしても格は低い。

 与えられた部屋は屋敷で最も良い部屋……ではなく、客間の一間。

 それに不満はない。

 むしろ名ばかりとはいえ王子だからと、下にも置かぬ持成しをされても困る。

 歓待(・・)の名目で、得体の知れない女を宛がわれても迷惑なだけだ。

 低俗な輩や、下位の貴族ほど何故かそういった歓待(・・)を押し付けようとする。

 それを当然のものと思い、此方が嫌がるとは思いも寄らない。

 程度の知れた行いだ。普段の不品行が知れる。

 確かにそういった歓待が効果を及ばすこともあるだろう。

 だが相手を見て、選んで行って欲しい。

 喜ぶ者と、嫌がる者。

 反応は人によって様々なのだから、相手を見て持成しの方向性を選ぶべきではないだろうか。


 さて、何故に私がこのようなことをつらつらと考えているかというと。


「殿下、お食事の間に粗方の確認は終了しました!」

「そうか。隠し通路の類は?」

「三つばかり見つけて、それぞれ箪笥・長持・樽で塞いであります」

「アレがそうか。今宵はミンティシアが共にいる。まさかないだろうとは思うが……」

「念の為、用心はしときましょう。一応、俺が部屋の前で寝ずの番をしときますよ」

「この屋敷の警備を信用していないのか、と不快を与えるか紙一重だな。だが許す」

「俺もそれなりの家の出ですからね。まさか俺が番をしているものを、易々と突破できるとは思わないでしょう。俺自身、この家の主より爵位は上ですからね。ほんの一つだけ、ですけど」

「隠し通路は塞ぎ、扉の前にはダリウス。正攻法で突破できなくしておけば、今宵の安眠は確保出来よう」


 何故なら。

 私が誰かの屋敷を宿にすれば、何故かほぼ確実に。

 ……深夜、招いた覚えのない来客に煩わされる事態になるからだ。


「ああ、当主が来た場合はどうします? 何か話したそうにしてたみたいですけど」

「どのような用件か、薄々察せられる。どのような密談だろうと応じるつもりはない。既に就寝していると告げて追い返しておけ。どうせ私にとって有用な情報も得られないだろうからな」

 この家の当主は、見た限り俗物だ。

 私も十九年の人生で様々な人物を見てきた。

 決して長くない、むしろ十九年はまだ経験として短い期間になるだろう。

 だが私の生い立ちがそうさせるのか。

 人間の醜悪さというものが、何となく厚い顔面の奥から透けて見える。

 そして私が醜さを嗅ぎ取った相手は、悉く印象に違わぬ害意を隠し持っていた。

 人間観察、それも人間性の悪さに関する観察眼には、不本意ながら自信がある。

 察せられねば死活問題に繋がる半生を送って来た。

 これも経験によって習得した、一つの技能と言えるだろう。


 そんな私の勘が告げている。


 この家の当主は、ミンティシアを見る目がおかしい。


 ミンティシアは将来確実に傾国の美女へと育つことが確約されている。

 身分こそ王女という、男爵位にある男がどうこう出来よう筈もない高さだが。

 生まれ育ちを見ても、ミンティシアは王族としては特殊だ。私も同じだが。

 低俗で、頭の血の巡りにどうやら問題のあるらしい男爵が、何を勘違いしたのか……

 勘違いする手合いは何処にでも、どのような身分にでもいる。

 それを思えば、男爵の一人や二人、血迷っても致し方ないのかもしれない。

 都合良く思い違いを起こし、愚かな妄想に耽る。

 私のこともまず間違いなく、甘く見ている。

 舐めていると言っても良いかもしれない。

 私やミンティシアの立場は、王族としては基盤も脆く、弱く見えるだろう。

 だが、だからといって何かしらの取引(・・)で男爵如きがどうにか出来ると考えるのは、勘違いにしても見当違いだと言う他にない。

 この家の男爵は、やはり頭の血の巡りが悪いのだろうな。

 セダン男爵家の未来は、あまり明るくなさそうだ。

 

 しかしミンティシアに目を付ける者は、セダン男爵だけではあるまい。

 たかが男爵位の分際で夢を見るセダン男爵は愚かだが。

 私でも太刀打ちの難しい、もっと高位の者が動き出さないとは限らない。

 ミンティシアは母によく似ている。

 一国の王を恋に溺れさせ、狂気に落とした傾国の美女。

 手に入れ、上手く従順に育て上げることが出来れば、これ以上はない手駒になろう。

 誰が相手でもまともな審美眼を持つ相手であれば欲しがる。

 与えることを約せば、見返りとして有利な取引を結べるはずだ。

 あるいは『傾国』を失い、嘆きに沈む王へと献上して機嫌を取る……等と愚考する輩もいるかもしれない。

 ミンティシアは今まで不当な扱いを受けていた。

 だが、この妹に価値を見出す者は無数にいる筈だ。

 様々な利用価値を持ち出し、都合の良い夢想を広げる。

 ミンティシアが王女であることには、都合よく目を瞑って。

 そのような輩を、許せるものではない。


 まだ目の前に、不届き者が直接現れた訳ではない。

 しかし今後、いつか絶対に現れる。

 そんな確信があった。

 むしろ、今すぐにでもあっておかしくはないと。

 ……決して、私の贔屓目などではなく。

 確実に有り得る未来だと。


 その一人目が、セダン男爵かもしれない。

 私の被害妄想でなければ、あの目つきは妹の利用価値を試算している目だった。

 どのような見返りを提示しようと、王女を都合よく奪取出来る筈もないというのに。


 ……一応、一応だが。

 私の勘違いめいた被害妄想ではないかと、一応ダリウスにも話をしてみた。

 私の懸念は、杞憂だろうかと。

 だが。

「殿下、ご安心を……! 俺の剣にかけて、絶対に。ええ、絶対に。何があっても殿下と妹君はお守りしますから!」

 普段の余裕に満ちた姿が嘘かのように、今までに見たことがない必死さを見せた。

 必死の決意を滲ませた顔で、覚悟を語る。

 どうやら私の懸念は、やはり見当違いのものではないらしい。

 このそつのない男から見ても、有り得ない話ではないようだ。

「殿下、いざとなれば……剣の使用を、許可願えますか」

「その判断はお前に任せよう。明日の朝まで……いや、国境を抜けるまで、気を抜くな」

「我が家名に賭けましても」

 そうか、家名に賭けるのか……。

 ダリウスの家名は、ダンダリオン。

 隣国では歴史ある武の名家であり、代々一族で王族の身辺警護を務めている。

 ダリウス自身、王妃から甥であり他国の王子に当たる私のことを頼まれている。

 直接王妃に重要な頼まれごとを受ける程には、覚えめでたき存在ということだ。

 他国の貴族が、それも男爵程度がおいそれと手を出せるものではない。

「ダリウスに任せておけば、警護面は問題ないな……」

 私は眠そうに舟を漕ぐミンティシアを、ソファから抱え上げた。

 私とダリウスが話をしている間に、睡魔に負けつつあるらしい。

 馬車の中では、私の様子を気にして中々眠れずにいたようだったが……

 疲労に負けて居眠りをするのは、別にして。

 こうして夜、警戒なく睡魔に身を委ねられる程度には気を許してもらえつつあるのだろうか。

「殿下……顔が笑っていますが、何か嬉しいことでも? つい今しがた迄、今後もずっと付きまとうこと間違いなしの懸案事項について悩んでいた気がするんですけど……」

「……ああ。安心した様子で休むミンティシアの重みが、腕に心地良いと思ったのでな」

「……良かったですね?」

 健やかな寝息を聞いているだけだというのに。

 何故か、胸が満たされるようだ。

「……って、殿下? なんでわざわざ妹君と一緒の寝台に潜り込もうとしてるんですか。お隣に、もう一つ寝台ありますよね」

「何を分かり切ったことを。一緒に寝る為に他ならんだろうに」

「殿下……? 妹君はまだ子供でも、女の子ですよ?」

「それこそ、わかり切ったこと。だが……環境の急激な変化は、心身に負荷をかける。ダリウスとて、覚えがあろう」

 見知らぬ場所で、目を覚ます。

 周囲の全てが自分を虐げる環境にいると、自然と縄張り意識が強くなる。

 縄張り、というと齟齬があるかもしれないが。

 自分の身の安全が絶対に保証される、安全圏。

 唯一、誰からも虐げられない場所。

 かつての私にとっては、寝室こそがそうだった。

 生活の場であった離宮の中、世話係にさえ当たり散らされる。

 眠っている時だけが、心安らいだ。

 ……時と場合によっては、眠っている時でも心は休まらないが。

 かつて、妹と同じ離宮で生活をしていた頃。

 寝室だけが自分の休める場所と言えた。

 それがいきなり、留学をと言われ。

 あれよという間に隣国へと連れて行かれ。

 急に環境が変わり、私も受け入れ適応するのに随分と時間をかけた。

 あの頃は寝台の感触一つにも違和を覚え、満足に休むことも出来ず。

 心身が疲弊していく辛さに、自分でも憔悴していく実感があった。

 自分の経験を、そのまま妹に当てはめるべきではないと思うが……

 かつての経験を思えば、ミンティシアの周囲を取り巻く環境の変化が心配になる。

 その最たるものが、私であろうとも。

 せめて、変わらぬ拠り所になれれば、と。

 環境の変化もだが、私にも早く慣れてほしいと。

 厚かましくも、思ってしまう。


 その思いの表れ、という訳ではないが。

 せめて妹が環境の変化に適応出来るまで。

 可能な限り手の届くくらい側にいてやりたい。

 他人の手は慣れないだろう。

 私の存在そのものにも、まだ慣れていないだろう。

 そんな私が側にいることに、ミンティシアが疲弊する可能性もあるが……

 暫く、経過の観察は必要だとしても。

 妹に拒絶が見られない限りは、慣れるまで。

 夜中に起きても、応えられる近さに。

「そう思っただけなのだが」

「殿下……過保護過ぎて、重いっす。あの他人に関心の薄い殿下はどこに行ったんですか」

「何を言うのかと思えば……ダリウス、妹は他人ではなく『家族』だ」

「殿下…………『家族愛』に、飢えてたんですね……」

 ダリウスが、おかしな勘違いをし始めた。

 私はただ、妹を案じているだけだというのに。

 決して、私がただ何の理由もなく妹と一緒に寝たかった、などという身勝手な理由ではない。

 しかしダリウスは妙な納得を得たらしく、不思議と慈愛を感じさせる笑みで頷いて見せる。

「殿下、大丈夫です。俺は、ちゃんとわかってますから!」

 ……何やら、苛っとしたが。

 それでダリウスは意見を引くことにしたらしい。

 私は面倒になり、ダリウスの勘違いを放置することにした。


 (あなが)ち、勘違いでもないかもしれない。

 そんな言葉には、現実の瞼と一緒に目を瞑った。



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