7.5/わたしとおにいさま
ミンティシアは見た
「ミンティシア、今夜は私と同じ部屋で構わないか」
「ミンティシア、ひとりでねれる、よ……?」
「……寝られるか否かは置いておいて、お兄様と一緒の部屋は嫌か?」
「え、あ……ぅ?」
「まだ幼くとも、ミンティシアも未婚の娘。兄とはいえ男と同室は嫌だというのであれば考慮はするが……兄を許せるのであれば、出来れば同室で休んでほしい。この館の者は……どうも、信用できないのでな」
「…………おにいさまが、いいなら。ミンティシアも、いい……よ?」
「そうか、済まない。お前は良い子だな、ミンティシア」
「ミンティシア、いいこ……?」
「ああ、とても」
むかし、うんとむかし。
よる、まっくらなおへやがこわかった。
でも誰もそばにはいてくれない。
いっかいだけ、誰かにいっしょにいてってお願いした。
それが誰だったか、おぼえてないけど。
いやって。
だめって。
ひとりでねなさいって。
そうおこられたことだけ、おぼえてる。
ずっと、ずっと。
ミンティシアは、ひとり。
誰かがいっしょにねてくれたことなんて、なかった。
だけど、きのうはちがったの。
おとといも、ね。ちがったの。
ばしゃ、って箱のなかだったけど。
おにいさまが、いっしょにいてくれた。
よる、誰かがいっしょにいてくれた。
そんなの、はじめてで。
どうしていいのか、わからなかったけど。
だけどなんだか、とても、とても。
う、うれしかった、の……。
うれしくって、うれしくって。
思わず、おにいさまのうでにしがみついた。
おこられるかな、って……おもったけど。
なんでだろう。
おにいさまは、ミンティシアのあたまをポンポンってしてくれた。
さむいとカゼをひくって、ミンティシアのことをあったかい毛布でくるんでくれて。
それからおひざの上に、のせてくれて。
ばしゃ、ってせまいけど。
とってもとっても、ゆれるけど。
ミンティシアはすきって思った。
だってばしゃの中だと、おにいさまがおひざにのっけてくれる。
きのうも、おとといも。
おにいさまはミンティシアをおひざにのせてくれた。
おひざの上で、ぎゅってしてくれた。
こんなにあたたかいのは、はじめて。
なんだか、なんだかすごく。
むねの中までぽかぽかして。
なんて言ったらいいのかな?
どうおにいさまに言ったら、つたわるかな?
またおにいさまのうでを、ぎゅってしたくなったの。
ミンティシアのからだは、毛布にくるまれてたし。
毛布の上から、おにいさまにぎゅってされてて、できなかったけど。
だから、だから。
ミンティシアはおにいさまといっしょ、とってもうれしいんだけど……。
でもおにいさま、おにいさまは良いのかな?
ミンティシアといっしょで、いやっておもわないかな?
おにいさまが、ミンティシアにいや?って聞くの。
でも、なんて言ったらいいのかな?
なんて言ったら、おにいさまに嫌われないでいられる?
なにか言わないとって、おもうのに。
なにか言いたいって、おもうのに。
ことばがでないの。
いままでミンティシアにいや?って聞いてくれるひとなんていなかった。
ミンティシアも、なにか言いたいってならなかった。
なにか言わないとって思うのに、なんでだろう。
のどに、ひっかかって出てこない。
だけど、そんなミンティシアを。
おにいさまは、いいこだって。
とってもいいこだって、言ってくれたの。
うれしい。
なんでいいこってなったのか、わかんないけど。
でもでも、でも、とってもうれしい……!
「ミンティシア?」
「お、おにぃさま………………ミンティシア、あのね、ミンティシア、ね」
「ゆっくりで構わない。どうしたのか、言いたいことがあれば聞こう」
「…………………………ちょっと、おはな見てくる」
「花?」
おにいさまは、ミンティシアにわらってくれた。
なんでかな。
なんだかいままで、見たこともない目をしてる。
こんな目でみられたことって、いままでなかった。
ミンティシアを、おこるでもない。
いままでミンティシアをわらうひとはいた。
いたけど、おにいさまみたいな目では見てくれなかった。
おにいさま、なんだかとってもやさしいお顔。
なんだか、どうしてか、とっても恥ずかしくなって。
ミンティシア、いまはどこもよごれてないのに。
どこもケガなんてしてないし、かみもぼさぼさじゃない。
なのになんだかすごく、恥ずかしくなって。
なんだか、なんだか、そわそわして。
おにいさまがミンティシアに目を合わせて、やさしく聞いてくれたけど。
こたえられなくて、おへやを出てきちゃった。
ミンティシア、だめなのに。
いいこになるって、きめたのに。
かってにおへやを出ちゃった。
いいこになるには、おへやでじっとしてないと……だめなのに。
だけど、すぐもどろうと思ったけど。
おにいさまに、おはなを見るって言っちゃったから。
どんなおはながさいてたのか、おにいさまに聞かれたらこたえられるように。
そっと誰にも見つからないよう、そっとそっとしずかにあるいて。
おはなのあった、なかにわ?に行ったんだけど。
そこで、さっき見たおんなのひとたちを見たの。
はしらのかげに、さんにん。
おんなのひとたちがいて、なにかをおはなししていた。
聞いちゃ、だめって。
そう思ったけど……
おにいさまのおなまえが、聞こえたから。
ミンティシアのあしは、ぴたっとうごかなくなって。
あのひとたちのおはなしを、聞いちゃったの。
おにいさまは、とても『おきれい』だって。
『あのひとたち』が、おはなししていた。
ピンクのかみに、きいろや、あかいリボンをつけた人たち。
『おにいさま』のことを、うれしそうなお顔でおはなししてた。
『きれい』って、ほめ言葉だよね?
ミンティシアのことは、だれもほめてくれないけど。
『おにいさま』には目の前にいなくてもほめてくれる人がいるんだって。
おはなしを聞いて、とてもうれしくなったの。
ほめられたのはミンティシアじゃないのに。
ふしぎ。とても、ふしぎ。
だけど。
『あのひとたち』が、つづけて言うの。
ミンティシアが、じゃまだって。
こ、こぶ……つき?
いなければ良かった、って。
『おにいさま』の、『いもうと』。
それって、ミンティシアのことだよね。
ミンティシアは、じゃま?
『おにいさま』の近くに、いないほうが良いの?
いちゃ、だめなの……?
そう言ったのは、『おにいさま』じゃないのに。
ぜんぜん、しらない人たちなのに。
しらない人にも、ミンティシアはじゃまって言われるの?
なんでだろう。
目が、ちかちかして。
むねが、くるしい。
いきが、くるしい。
おにいさま。
おにいさま、おにいさま。
おにいさまも、ミンティシアのことじゃま……って、思ってる?
ミンティシアは、おにいさまのとなりにいないほうが良いの?
いちゃ、だめ……なの?
『おにいさま』に、聞いたほうが良いのかな。
でも、聞きたくない。
『おにいさま』にじゃまって言われたら……
………………こわい。
なんでだろう、すごく、すごく、こわい。
とても聞くなんて、できない。
だけど、ほんとうにじゃま、だったら?
ミンティシアは、どうしたら良いのかな。
どうしたら、じゃまって思われないでいられるのかな……。
見た……というか、聞いちゃった?
思い違いで、どんどん追い詰められているようです(セルフ)。
自分の殻に閉じこもっちゃいそうな妹を前に、お兄様はどう挽回するのでしょうか。




