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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、貴族の館
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6/私と妹と、貴族の館

 煩わしいこと、この上ないが。

 国内に置いては名ばかり同然と言えども王族は王族。

 王家に籍を置く者の端くれとして、私も王族に課せられる義務に従わねばならない。

 例え今までの人生……王家の子供に与えられて然るべき恩恵を、殆ど与えられずにいたとしても。

 それでもこの身は国庫の金によって養われていたことは事実。

 思うところがあろうとも、神妙に義務は果たさねばならない。

 それがどれだけ。

 どれだけ……不本意なことであったとしても。


 王都迄の道のりでは、母の訃報を理由にほぼ素通りで先を急ぐことが出来た。

 だが、隣国へと戻る場合……今回の旅路は、そうもいかない。

 何か急ぐ理由があるのかと、無用の勘繰りを受ける真似は可能な限り慎みたい。

 それとわかっているのだが……理解していてなお、感情は追いつかない。


 全身から憂鬱に感情が滴り落ちそうなほど。


 私にとって、『貴族の館』への訪問は気の進まない作業でしかない。


 王族に連なる者は、王家に臣従する貴族の領地を通過する際、領主の館を訪問して宿泊することが義務付けられている。

 存在を無視して素通りすることは、「お前のことを軽んじている」と宣言するも同じ。

 いくら私が疎んじられていても、王族の籍にある以上はしきたりを無視する訳にはいかない。

 挨拶を受ける貴族共にとっても、私の挨拶など要らぬものだろうが……だからと言って軽んじられて貴族が黙っている筈もない。あれらは、体面を何よりも気にする。物の数にも数えられない❘第六王子わたしに軽んじられたとなれば……要らぬ恨みを買うことは目に見えている。

 余計な敵を量産し、足を引っ張られては敵わない。

 億劫なことだが、嫌でも行かねばならなかった。


 また訪問を受ける貴族にも歓待が義務としてかかってくる。

 ここで手を抜くことは面子に関わるので、相手がどれだけ意に添わぬ相手でも相応の歓迎を見せてくれる筈だ。本心は、綺麗に腹の下に覆い隠して。

 気に入らない相手も笑顔で饗応する。

 面の皮の厚さと強かさは、貴族の家に生まれた者であれば必須技能だ。

 それに、私の従者として随行している者達こそが、貴族共にとっては厄介な要素となっている。

 生国で冷遇されている私に、真っ当な従者がつけられている筈もない。

 今回の伴を務めてくれた者達……隣国で私に仕えてくれている者達は、ダリウスを筆頭に殆どが隣国王妃の好意によって貸し与えられた者達だ。

 

 つまりは全員、隣国で爵位を得ている者……あるいはその身内に限られる。


 下手な対応を見られて困るのは、歓待する側の貴族たちに違いない。

 それを、歓待する貴族たちも理解している。

 私の側付き達のことごとくが、堂々と隣国の王宮から与えられた儀礼剣を帯びている。

 その柄には、隣国の紋章が堂々と存在を主張していた。

 これでわからない者がいれば、その者は目が節穴か、あるいは余程の物知らずに違いない。

 そして余程の物知らずでなければ、少しは考える頭もあるだろう。

 隣国の王宮に仕える者達の前で、愚行を犯すこともあるまい。

 

 だからこそ、憂鬱ではあるものの。

 自国内の貴族達に歓待を受けることも、ある程度は甘んじることが出来る。

 最低限度の警戒は、やはりしておくべきなのだが。


 だが、しかし。

 それでもこうして往生際悪く憂鬱だと思うのは……

 貴族共の前に、ミンティシアを曝したくないから、かもしれない。

 今までどれだけ虐げられてきたのか、考える程に貴族共に引き合わせたくないと苦々しく思う。


「殿下、セダン男爵の館が見えてきましたよ。今晩は馬車の中で窮屈な思いをせずに済みそうですね」

「私は別に車中泊でも構わないが」

「殿下はともかく、幼い妹君は明らかに体力不足で消耗してますよ。もうちょっと配慮して差し上げてはどうです?」

「………………」

 駆け抜ける馬車の中、ミンティシアは私の膝の上ですやすやと眠っていた。

 恐らく、生まれて初めて乗る馬車に緊張していたのだろう。

 王城を旅立ってから、何もせずとも体力を消耗させているように見えた。

 体を固くしているということは、全身に無駄な力が入っているということだ。

 その結果、疲れ果ててしまったらしい。

 私の足に、体をもたせかけ。

 妹はすやすやと健やかな寝息を立てている。

 昨夜は馬車を宿に野営したのだが、一度本格的に眠ったことで緊張の糸が切れたのか。

 今日はもうずっと、私の膝は妹の枕と化していた。


 本当は、やはり貴族の館に行くなど気が進まない。

 だが妹の草臥れている様子を見ると、いたわりたいと強く思う。

 セダン男爵の『歓待』がどういうものとなるのか、予想はつかないが……

 宿泊するにあたり、隣国貴族の目もあるのだ。

 私とミンティシアに、身分不相応の扱いをするとも思えない。

 それなりに質の良い寝台で、一時でも身を休めることが出来る筈だ。


 それに、忘れてはいけない。

 妹と対面し、夜逃げでもするかのように王城を旅立ち、まだ二日。

 だがこの数日で、なさねばならない急務が一つ浮上している。


 ミンティシアの誕生日という、無視することのできない急務が。


 既に前もって、先触れにはケーキを用意するよう注文を付けてしまっている。

 セダン男爵にさほど期待をしている訳ではないが、恐らく無視はされないはずだ。

 祝いの席でミンティシアを喜ばせる為に、贈り物も用意した。

 ただ祝うだけであれば、日にちをずらしても良いのだろうが……

 今まで誕生日というモノを祝われたことのない妹だ。

 叶うことなら、やはり誕生日当日に祝ってやりたい。

 誕生日を祝おうというのに、最初で日にちをずらすのは……何故か、私が嫌だった。


 予定を立てたものを、気が進まないからと変更する訳にはいかない。

 既に馬車は、セダン男爵の館の前に到着しようとしている。

 歓待の体裁を整えつつも、言葉や仕草の裏側でちくりちくりと私達に針を刺してくるかもしれない。

 相手の感情面では、あまり私達をもてなしたくはないはずだ。

 

 それでも、疲れ果てているミンティシアに温かい寝床を与える為。

 そして生まれて初めて祝われる誕生日を、少しでも盛大に迎えさせてやる為にも。

 私は常に妹をセダン男爵達から守る覚悟で、男爵の館に足を踏み入れた。 



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