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1/傾国の死後、私と妹

こちら1話目は以前に投稿した短編と同じ内容になります。

既に読まれたと言う方は飛ばしても問題ありません。

今後更新は不定期となりますが、ご了承いただければ幸いです。

ちなみに次話は明日投稿予定。

 傾国と呼ばれた母が死んだ。


 類い希なる美貌は、決して幸いじゃない。

 特に、本人に降りかかる災いをはね除ける強さと要領の良さがない限りは。

 その美しさは彼女に災厄しか運ばず、幸薄い人生を歩ませた。

 母の生に同情を、その死に哀れみしか感じない。

 そんな私は、薄情な人間なのだろうか。


 本当は、母の死を悲しみたい。

 でもどこか、その死に安堵する自分が居る。

 ああ。これで彼女はもう、不遇に苦しむことはないのだと。

 そもそも私は、彼女の死に個人的な悲しみを感じられるほど、彼女のことを知らない。

 例え紛れもなく血の繋がった、確かな親子だとしても。

 それでも互いの性格も、趣味趣向も。

 分かり合えないくらい、私は母のことを知らなかった。


 私の父は、この国の王。

 しかしその精神は歪み、病みきっているのだと思う。

 特に母のこととなると。

 私の母は父の愛する女性。

 正妃ではない。側妃だ。

 だが父の母へ注ぐ愛は計り知れず、父の精神を病ませる原因となっていた。


 私の母は、父の手によって後宮の最奥に監禁されていた。

 親子であろうと、自分以外の男を会わせることを厭い。

 私は物心つく前から、母に会うことは固く禁じられていたも同じで。

 最初から側にいない相手であれば、それが当然となる。

 私にとって、母は会えない相手であることが普通になっていた。

 それでも母の要望は強かったのだろう。

 父と母の間で、どんな取引があったのかは知らない。

 母の強い希望で、私は年に一度だけ、母と会うことを許されていた。

 それでも普段、決して親子としての交流のない相手だ。

 母と私の間には気まずい空気、互いへの気兼ねが存在してしまう。

 言葉一つもぎこちなく、同じ空間にいることに耐えきれなくなっていく。

 母に対して、子供として仄かに望むものがなかった訳じゃない。

 しかし幼い私は気まずい空気に耐えられるだけのこらえ性もなく。

 また、同席している父親からの無言の圧力は凄まじく。

 私と母が同じ空間にいることに、嫌悪しているのは明白で。

 私は望まれていないのだと、それだけが強く身に染みる。

 年に一度しか許されない面会の機会だというのに。

 結果として、私は毎回すぐに部屋を飛び出していた様に思う。

 切なそうな、寂しそうな、悲しそうな。

 何とも言えない悲哀に満ちた母の顔に、罪悪感を抱きながらも。

 普段は会いたいと思うことも多い相手だというのに。

 いざ目の前にすると、その儚さが印象強くて。

 側にいると、怖くなって。

 幼い私はどこまでも子供であったけれど。

 どう接すればいいか分からない母へ甘える方法も分からず、戸惑うばかりで。

 また、父にそれを許されていなかった。

 私は母にとって、良い息子でなどいられなかった。

 そのことに後悔する気持ちはある。

 よく知らない相手だと判じてしまう、自分を自覚するほどに。


 私は年に一度しか母との面会を許されていなかった。

 しかし長じてからは、たった一度の筈のその会う機会すら、奪われて。

 それは幸いではなかったが、母が父王の寵愛を独り占めしている事実は事実。

 そのことを許せない者が、国内には多すぎた。

 同じ後宮に部屋を持つ、父の他の妻達。

 特に、父の正式な妻でありながら全く顧みられなかった、正妃。

 その一族に連なる者達。

 父の後宮に、娘を入れることを望む者達。

 父が母にかまけるのを、政治に悪影響だと義憤する者達。

 数え上げればきりがない。

 だがそれらの悪意は、母まで届かない。

 当然だ。

 母は父の手によって監禁され、決して表へ出されることはない。

 母の身は父によって完璧に守られ、どんな災いも届かなかった。

 母にとって最大の災いたる、父王以外は。


 それは多くの者が募らせた母への悪意が封じられただけで、消えるわけではない。

 行き場を無くしただけだ。

 そして行き場を無くした悪意は、他に行き場を求める。

 この場合、分かりやすく母の身代わりとなる何かを。

 しかし母の生家は父王の手によって既に取り潰された後。

 母の逃げ場を無くす為に、父王は母の家を潰したのだという。

 そこまでされた相手に同情ではなく、悪意を向ける者達こそ、潰されてしまえば良いのに。

 権力欲に取り憑かれ、愛憎にまみれた者達。

 彼等は母の変わり身を求め、やがて悪意は私へ行き着いた。

 母に対して晴らせない憤りの矛先を、幼い私に求めたのだ。


 父は私に対して興味を持たず、関心を寄せず。

 だが母との間に確かな絆、血の繋がりを持つという点で憎悪すら向けていた。

 精神的な繋がりなど、私と母の間には持ちようもなかったのに。

 自分が入り込めない確かなものを持っているというだけで、私を疎んじた。

 庇う者など、この広い王宮の中、誰もいなかった。

 誰もいないと、思っていた。

 だけど確かに、私を気に掛ける者もいるのだと。

 私にむけられた悪意は、それを気付かせる切欠にもなった。


 私を気に掛けてくれた人。

 それは私の異母兄に当る、この国の第一王子。

 血筋的にも立場的にも確かな地位を持つ、王太子だった。


 彼は私に哀れみを感じていたのだろう。

 私の産まれる前、母が父王に囚われる前を知っているだけに。

 母にも、私にも哀れみと労りを感じてくれていたのだ。

 そんな彼でも王子という身分上、王たる父に抗うことはできなかったのだが。


 このまま王宮にいては、私の身が危ない。

 心から案じてくれた異母兄は、そう判断した。

 幼い私には、分からないこともあったけれど。

 それでも不穏な空気は、ひしひしと感じとっていた。

 だから、異母兄に教えられた事情は納得のいくもので。

 幼い私にも事情を説明しようとした異母兄の言葉には誠意があった。

 幼くても感じ取れる、心配と焦りがあった。

 言葉を、案じる心を信じられる相手に会ったのは初めてで。

 私は要らない子供かも知れないけれど。

 それでも誰もに死を望まれている訳ではないのだと知った。

 嬉しかった。

 嬉しくて、彼に任せてみようと思った。

 どうせこの身など、放っておけば長くないのだと。

 それはとうに、分かっていたのだから。


 私は異母兄の意向で、友好国へと留学することになった。

 まだ十歳にも満たぬ幼さではあったけれど。

 留学といいながら、実体は体の良い人質と変わらなかった気もするが。

 それでも国内にいるよりはましだろうと、そう判断するほど王宮は酷い有様で。

 父王と母への不満は、幼い私という贄を求めていたから。

 殺される前に、逃げなければならなかった。

 私は血縁関係にある隣国の王家預かりとなり、隣国の王宮で育った。

 当然ながら、国に帰る機会は格段に少なく。

 母に会える機会は皆無となった。

 以来、十年ばかりまともに帰国もしていない。

 母と顔を合わせたのは、留学する一年前の面会が最後だった。


 死の直前、最期に私の名を呼んだと。

 それを聞いた時、私の胸は強く締め付けられたのだけど。





 母の死が伝わり、私は周囲の強い薦めもあって帰国することとなった。

 本音を言えば、どうして良いか分からなかった。

 いきなり死を伝えられても、戸惑いの方が大きい。

 母の死に涙できるほど、私は母を知らない。

 交流などないも同然だったのだ。

 母は望むのかも知れない。

 だけど私は母の葬儀に参列したとしても、きっと戸惑いを大きくするばかりだろう。

 それが分かっているから、帰国は憂鬱なものとなった。

 本心から、本当は二度と帰りたくない国だった。

 少なくとも、父王が生きている間は。

 そして壮健な父王は、当面死にそうになかった。


 帰国した私を一番に出迎えてくれたのは、やはり異母兄だった。

 思った通りのことだが、私は母国ではとうに忘れ去られた存在らしい。

 もう十年も帰っていない、疎まれた王子。

 顔を見ても再燃するのは、きっと忌まわしさだけだろう。

 分かっているので帰らなかったのだが。


「久しいな、立派になった」

「立派などと…そう言って下さるのは嬉しいのですが」

「自分に自信など無い、そんな風情は変わらないのか」

「親に望まれず、愛されずに育つとどうも…そんな感じです」

「自覚があるのなら、やはり立派に育ったのだろう」

「兄上のお陰ですよ。兄上の支援のお陰で、死なずに済んだのですから」

「あまり嬉しい恩の感じ方ではないな」


 そう言いながら、私の肩を親しげに叩いてくる異母兄。

 彼の方がよほど、父よりも私にとっては父親らしい。

 年の離れた兄こそ、私にとっては立派な相手で。

 幼い擦り切れの記憶の中よりも、ずっと大きな相手に見えた。


 だから兄からの『頼みごと』を聞かされた時、私は困惑に固まった。


「――実は、お前に任せたい者がいるのだ」

「………………は?」


 一瞬、嫁の斡旋かと思った。


 だが違った。

 斡旋されたのは、『妹』だった――


「入りなさい」


 そう言って、異母兄に促され入室してきた小柄な姿。

 小柄で細い体に、白い手足。

 丁寧に扱われてきたのだと一目で分かる、幼い少女。

 しかし愛とは無縁に育ってきたのだと、私にはわかった。

 かつての私と同じモノを、少女の表情や仕草から見出したが為に。


 この年頃の少女であれば備えている『天真爛漫』さが見当たらない。

 無条件に親の愛を感じて育ったものには無縁の、自信の無さと怯えが見える。

 そう、かつての……親の愛無く育った、幼少期の私と同じように。

 それは少女をより頼りなく、儚く見せる。

 恐らく庇護欲と呼ばれるものを覚えさせるのだろうが。


 だが私は、少女の顔を目にして固まる。

 記憶を強く刺激する少女の相貌に、私は息を飲んだ。


「兄上……っこの、娘は」

「お前であれば、いやお前でなくとも……察しはつくだろう」


 少女の年頃は、八歳か、九歳か……

 十歳よりも上という事は無く、七歳よりも下という事は無いだろう。

 十年という時間を故国から離れて過ごした私にも、少女の正体にはすぐに思い至った。


「この娘は…………母の、娘なのですね」

「ああ……。父と母を同じくする、正真正銘、お前の妹だ」


 少女の顔は、亡き母に瓜二つだった。


 まだ幼いというのに、将来の美貌を確と刻まれた顔。

 母を思えば、この少女の未来に期待よりも不安が……憐憫が湧き上がる。


「はじめまして、おにいさま……」


 頼りなげな声音で、私に兄と囁きながら。

 上目に見上げてくる顔には、不安と期待が滲んでいる。

 私に何を望むと言うのか……底知れない感情の奥底に、見出せずもどかしさを覚える。


「兄上、私に何を頼もうと言うのです。兄妹だから引き合わせた……というだけではないのでしょう」

「わかるか。いや、兄と妹だからこそ引き合わせたということにも間違いは無いのだが」

「歯切れの悪い。はっきりと仰って下さい。大恩ある兄上のこと、命じられれば大概のことは諾々と従いましょう。それを、兄上もわかっていますね?」

「よし、でははっきりと告げるとしよう。この娘と母を同じくする兄であり、我が信頼する弟であるお前に頼む。


 どうか、この娘を匿ってはくれまいか 」


「……は?」

「お前も見ればわかるだろう、この娘の顔。お前の母御にそっくりだ」

「見れば分かりますが……それで?」

「息子として、とても言い辛いのだが……父がどう出るかが心配だ」

「……………………つまり、そういうことですか?」

「そういうことになる……お前の母御への、父上の執着を思えば……本当に、本当に言い辛いんだが…………無いとは、言えまい?」

「……無いと言い切れない事実が怖いんですが」

「幸い、あの方は母親の関心が子に向かうのを嫌う性質だったからな。この娘のことも今までは捨て置かれ、関心なく遠ざけられていたんだが」

「男の私だけでなく、女にまでそうだったんですか……」

「それが幸いした。女だからと、お前ほどには警戒していなかったんだろう。年に一度の面会時に立ち会うことは無かったはずだ」

「……今までは娘の顔を覚える機会も無かった、ということですか」

「だが、これからはそうはいくまい。何かの拍子に、あの父の関心が『寵姫の娘』にいかぬとも限らぬし……何かの折に顔でも見られては、どういう結果に繋がるかも読めん」

「………………わかりました。このままでは、この娘があまりに不憫。私が預からせていただきます」

「おお、弟よ! その言葉、何よりも嬉しいが……一つ、訂正だ」

「はい、なんでしょうか」

「『この娘』ではなく、『妹』と呼んでやれ。お前は『兄』なのだから」

「……御意」


 こうして、私は妹と共に暮らすこととなった。

 一時帰国した身とはいえ、私は未だ正式に呼び戻された訳ではない。

 この身は未だに『留学中』の身。

 幸い、母の死に嘆き狂う父の目は、関与はまだ『妹』に向いていない。

 無いも同然に扱われた身、関心が薄いことは功を奏した。

 殆ど制約もかけられることなく、私は妹を連れて留学先の友好国へと『戻る』ことになる。


 会話もぎこちなく、交流の仕方もわからず。

 どのように関わったものか……思案に暮れ、途方に暮れる。

 そんな『兄妹』と呼ぶには違和感の漂う、『妹』の少女。


 不安と期待と、初めての『家族の情』。

 私達がどのように精神的距離を詰め、どのような兄妹になっていくのか……

 全ては、これからのこと。

 子に情を持ちながらも、それを示す機会すら奪われて。

 子供達(わたしたち)と碌な関係を築けなかった母の分も。

 この哀れな娘に居心地のよい場所と、幸せな家を与えてやりたい。

 関係性が上手く行くかも失敗するかも、神ならぬ私には分からぬばかり。

 ただ、妹が今の様におどおどすること無く。

 私と言う兄が保護することに疑問を持つことも無く。

 天真爛漫に笑えるようになれば良い。

 ……同じような育ちをした者として、そう切に願った。




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