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毛利

“イツキ。この坊主をどう見る?”

“読めません。何を考えておられるのか判断がつきかねます”


 吉継が言うように日々仏に仕え経を唱えているだけの僧侶ではないことはその野心的な眼差しで分かるが、その目が何を見ているのかさえよく分からない。


「安国寺殿がおられるということは、毛利様が御味方と考えてよろしいのか」


 為広が興奮気味に訊ねると三成は深く頷いた。


「いかにも。五大老、毛利輝元様は我らに御加勢くださる」


 三成の言葉に恵瓊が微笑みを湛えた。


「佐吉。加勢とはどういう意味だ?申し訳程度に毛利家御一門のどなたかが少数の兵を遣わして終わりということではあるまいな。御当主輝元様を筆頭に毛利宗家を支える両川、つまり吉川殿と小早川殿も含めての御参陣と考えて良いのか?」


 問い詰められると三成は逃げるように「安国寺殿」と恵瓊に答えを求めた。


 恵瓊はカッカッカと哄笑し座を見渡した。


「私にお任せくだされ。既に我が主輝元には内諾を得ておりまする。必ずや毛利一門総出で兵を挙げましょう。その数は」


 恵瓊は右手の掌を吉継に向けて真っ直ぐに伸ばした。「五万は下りますまい」


 五万。

 為広が声を上ずらせ、三成が自信を深めた顔で吉継を振り返る。


 しかし、吉継はどこまでも冷静だった。


「吉川広家殿は豪胆で知られた方。お味方いただけるのなら心強い限りだが、唐入りでの戦功を佐吉に抜け駆けと非難され、当時は相当御立腹であったと聞いている。遺恨はござらんのかな?」


 吉継に指弾され三成は息を飲み表情を強張らせた。


「今回の挙兵に口を挟むとすれば吉川でござろう。しかし、大谷殿が仰ったように、吉川は剛の者で忠義に厚い。当主の輝元が一度下知を下せば逆らわずに従いまする」

「では、小早川秀秋殿はどうか。あの御仁はまだお若く優柔不断なところが垣間見える。また、昨年、内府様の後押しで加増を受け、内府様に恩義を感じておられるのではないか?小早川家には養子で入られており、ご本人に毛利家の一翼を担っているという認識が薄いのではないかと危惧もあるのだが」

「確かに小早川は若いが、利に聡い。褒美、恩賞の媚薬を嗅がせれば毛利云々は関係なくこちらにつくでしょう。空手形でも何でも大盤振る舞いすることです」


 恵瓊が試すような顔つきで三成を見る。


「旧領に加え播磨一国と黄金三百枚とでも誓紙に書いて渡してやろう」


 それでどうだ、と三成が吉継に意見を求める。


「そんなところだろうが、念のためもう二十万石ほどどこか適当な領地を上乗せしてやれ」

「分かった。そうしよう」


 三成が承知したところで為広が情勢を整理するように指を折る。


「五大老のうち毛利様は我らが軍。内府様と敵対する上杉様も我らの味方と。加賀の前田様はどうか?」

「先代は気骨に富んだ戦国の猛将だったが、今の当主は腰抜けであてにはできん」


 三成が吐き捨てるように言う。


 吉継も「確かに」と頷いた。


「利長公はつい先日内府様に二心なしと詫びを入れたところだからのう。すぐさま掌を返すことは格好悪くてできまい」


 為広は五指のうち残った小指を見つめて「では、残る一人」と言って顔を起こした。


「宇喜多様はどう出るであろう?」


 三成が「案ずるな」と姿勢を少し前傾させた。


「宇喜多様は昔からわしの数少ない味方の一人じゃ。家康の専横ぶりも嫌っておられる。きっと全軍挙げてご参陣いただけるだろう」

「では早々にこの計画を包み隠さず打ち明け、毛利様とともに主導者として名を連ねていただこう。一刻も早い方が良い。あの御仁は気が短いが、裏表がなく信頼できる」


 吉継の言葉に為広が最後の指を折った。


「つまり、五大老のうち三人は我らが軍に入っていただけることになるな。数ではこちらが上か」


 為広が嬉々として眉尻を下げる。


「いやいや」


 吉継が為広をたしなめる。「内府様の強さは抜きんでている。他の四候が束になっても勝てるかどうかというところだ」


「刑部殿。内府様はそんなにも強いか?」

「確かに侮れん」


 三成は表情を引き締めた。「あの太閤殿下でさえ小牧長久手では御苦労なされたからな」


「佐吉。奉行衆の方はどうなっている?」

「そこは心配ない」


 三成は扇子を広げゆったりと扇いだ。「増田長盛、前田玄以、長束正家とは同じ奉行として苦楽を共にし、家康に煮え湯を飲まされてきた仲だ。わしが事を起こせば賛同するに決まっている」

 

 三成の言葉に吉継が頭巾の下でため息をついたのがイツキには分かった。


“甘い!”


 突然吉継が苛立った心の声をイツキにぶつけてきた。


“石田様のことですか?”

“佐吉の口から出てくるのは先ほどから憶測ばかりだ。絵に描いた餅では腹はふくれぬわ。幾ら苦楽を共にした奉行衆であっても、生きるか死ぬかの瀬戸際では保身を考えるのが人情”

“奉行衆に裏切られるということですか?”

“頭から信じ切っていては足元を掬われかねないということだ。誓紙や念書を取っても平気で反故にするこの時代に憶測だけで物事を進めるのはあまりに危険”


 吉継は奥歯を噛みしめて三成に向き合った。


「奉行衆の足並みをそろえさせることはかなり重要だぞ。一人も欠けさせてはいかん。奉行衆が全員こちら側にいることで、我らが私利私欲のために兵を起こすわけではないことが世に知れ渡る」

「分かった。すぐに早馬を出して呼び寄せよう。顔を突き合わせて加勢の確約を取る」

「では、その場で三奉行に連署で毛利様へ正式な出馬要請の書を書かせてくれ。隠居の身の佐吉が書くよりも箔がつく」

「承知した」


 吉継と三成のやり取りを聞いていた恵瓊が「いやはや」と感心したように首を上下に振った。

「さすがは大谷殿。頭が切れる。石田殿が大谷殿にこだわられた理由が分かり申した」


 三成は自分が褒められたように相好を崩す。


「分かっていただけたか。この大谷刑部少輔吉継がおらねば事は始まらんのじゃ」


 三成と恵瓊はもう戦に勝ったような雰囲気で笑いあった。


 吉継は手綱を絞るように声を張った。


「安国寺殿。この戦は毛利様がどこまで本気で関わってくださるかにかかっておる。五大老で内府様に次ぐ実力者の毛利様が号令を発していただけるなら、西国の武将でこちらに靡く者は多いだろう。くれぐれも頼みますぞ」


 恵瓊は吉継の言葉に「お任せくだされ」と頭を下げた。


「佐吉。秀頼君に御出馬いただければ、この戦、間違いなく勝てる。どうだ?難しいか?」


 吉継の問いかけに三成は初めて顔を顰めた。


「淀の方様が納得されまい。秀頼君が戦場に出て何かあったらどうするのだと仰るだろう」

「そうだろうな。しかし、掛け合ってみる価値はある。せめて秀頼君の名で諸侯に内府様討伐の檄文を書いていただきたい」

「ああ。言上してみよう」

「秀頼君に御出馬いただけない場合は表向きの総大将は毛利様にやっていただく。佐吉は副将だ。お前は人望がない。お前が大将では味方が集まらんからな」


 よいな、と念を押され、三成は苦笑して二度、三度と頷いた。


 それを確認して吉継は五助を呼んだ。


「それでは早速動きはじめよう。わしは一旦、敦賀に戻り準備を整える。佐吉はまず奉行衆を集め、毛利様と宇喜多様を必ず仲間に引き入れるのだ」


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