怪僧
城門の向こうに待っていたのは石田三成本人だった。
三成は驚く様子もなく、自信に満ちた顔つきで吉継と為広を迎えた。
三成の両脇には石田家の重臣と思われる武将たちが松明を掲げ軽く頭を下げて控えている。
「来たな」
三成が一歩前に出て不敵に笑った。
「読み通りか」
吉継は三成自身が城門の向こう側にいて出迎えたことに驚いたようだった。
「読んでいたわけではない。しかし、天がわしを見捨てていなければ、必ず戻ってくるはずだと思っていた。天は家康ではなく、わしを選んだようだな」
得意そうな三成の笑顔を見ると、イツキは安心感よりも不安感が勝った。
この人の自信に満ちた顔は頼もしくもあるが、近寄りがたさも感じる。
「まだ、わしは何も言っておらん。調子に乗るな」
「これは手厳しい。では、聞こう。天下の知将、大谷刑部少輔吉継殿は何のためにここへ戻ってこられたのか」
闇夜に一瞬しじまが流れた。
かがり火が大きく爆ぜ、その脇に立っている大一大万大吉の旗が微かに揺れた。
誰もが、吉継の言葉に注目している。
「わしの命、そなたにくれてやる。好きなように使うが良い」
おお、と三成家臣団に歓声が上がった。
「その言葉待っておったぞ、平馬。そなたの命、大切に使わせてもらう。軍師として、至らぬわしに助言を授けてくれ。因幡守殿にも感謝いたす。この戦の勝利の暁には、因幡守殿には美濃一国を所領としてお約束しよう」
三成は為広の手を取って握り締めた。
しかし、為広は美濃一国の所領と聞いても顔色を変えることはなかった。
その表情はすでに戦場での厳しさを漂わせているようだった。
「治部殿の勝算、もう一度詳しくお聞かせ願いたい」
勝たなければ所領の約束など何の意味もない、と言わんばかりの強い口調だ。
為広の言葉に三成も顔を引き締めた。
「まず二人に会わせたい人物がおる。奥で待たせておる。さ、中へ」
吉継は五助の介助を伴って三成の後に従い城内を歩いた。
“イツキ。どう見る?”
“平塚様は胆が据わっておられます。戦場での奮闘ぶりが目に浮かびます”
“為広は要領が悪いところがあって領地は少ないが、戦では無双の荒武者じゃからの。して、佐吉はどうだ?”
“家臣の方からの信頼は見て取れます。ただ……”
“ただ?”
“好き嫌いは別れるのではないでしょうか。少し自信が過ぎるように思います。しかも、それを隠そうとなさっておられません”
イツキの言葉に吉継がフフッと笑いを漏らす。
吉継が急に笑い出したので、三成が不審げに後ろを振り返った。
「今、笑ったか?」
「いや。何でもない」
吉継は顔の前で手を左右に振った。
“殿!お気を付けください”
“すまん、すまん。イツキの目が鋭すぎて感心したのじゃ。今後も頼むぞ”
三成は吉継と為広を一室に案内し、部屋の中へ「客人を連れてまいった」と声を掛けた。
襖が開くと、黒い法衣を纏った僧侶が一人、蝋燭の灯りの中で佇んでいた。
“誰がおる?”
“誰かは存じ上げませんが、僧衣を纏った方が御一人”
「安国寺殿!」
為広が驚いた声を上げる。
吉継は一つ頷いたきりで何も口には出さなかった。
「平馬は驚かぬな。読み通りか?」
「内府様に弓を引くのじゃ。五大老の誰かが座っていても驚かぬ」
「それもそうか」
三成は笑いながら上座に座り、吉継と為広が僧侶と向かい合う格好で腰を下ろした。
“安国寺様とはどういう方で?”
“安国寺恵瓊。もともとは京都五山の一つ、東福寺の住持じゃ。東福寺は毛利家と繋がりが深くてな。五大老の毛利輝元からの信任が厚く、また、毛利家が太閤殿下に臣従することに貢献したことで太閤殿下からも覚えめでたく、所領も得ておる。僧侶でありながら、戦や政を好むらしく、兵を従えて唐入りして明の軍勢とも戦った生臭い坊主じゃ。怪僧と呼ぶ者もおる。此度も会津攻めに毛利家の一員として従軍すると聞いておったが”
恵瓊はにこにこと笑いじわを作ってうんうん頷きながら吉継と為広を交互に見つめた。
しかし、その目は鷹ように鋭く全く笑っていないようにイツキには見える。