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転封

 大谷吉継が娘、竹姫ことアゲハが真田幸村に嫁いだその翌年、大谷家を揺さぶる事件が起きた。

 震源は越後の上杉家だった。

 小石の方の父親、須田満親が城代を務める海津城で自ら命を絶ったのだ。


 満親は上杉家が戦国時代を生き抜くため直江兼続と両輪となって働いた重臣である。

 信州の要衝海津城を任され、主に外交面でその力を発揮してきた。

 その手腕は当主景勝だけでなく、天下人秀吉にも高く評価され豊臣姓を下賜されるほどだった。


 しかし、慶長二年、上杉家が任に当たっていた伏見城の舟入普請について不手際があったとして満親の嫡男で小石の方の兄である満胤が責任を取らされ改易されてしまう。

 満胤は直江兼続の妹を娶っており、家中で未来を嘱望された若武者であった。

 兼続が義理の弟にあたる満胤を守れなかったのは、それほどまでに秀吉の怒りがすさまじかったからということのようだった。


「なぜ、私の兄だけが責めを取らされるのですか?」


 小石の方は涙ながらに吉継にすがりついた。


「満胤殿だけではない」


 吉継の苦し紛れの言葉は嘘ではなかった。

 事実、本庄顕長や高梨頼親ら上杉家の名だたる武将が同時に改易されている。


「上杉家の罪はそれほどまでに大きいのでしょうか?」

 

 小石の方のその問いに、吉継は無言を貫いた。

 吉継にも思うところがあるのだろう。

 頭巾の奥に佇む双眸は翳っているように見えた。


 満胤改易の報せが敦賀に伝わる以前から、小石の方やイツキの耳にもある噂が入っていた。

 それは上杉家が会津に転封されるのではないかというものだった。

 奥羽の伊達家と江戸の徳川家の間に楔を打ち、両者ににらみを利かすことができる実力ある大名は上杉家の他にはいないと秀吉が思っているらしかった。


 しかし、そのような評価は上杉家にとっては有難迷惑だろう、と小石の方はぼやいた。

 天下人豊臣秀吉の健康状態が芳しくないことは公知の事実だった。

 そして秀吉がいなければ豊臣家の安泰が覚束ないことも想像に難くない。

 いつまた戦乱の世が始まるやも知れない。

 そんな時に、誰が好き好んできな臭い土地へ行きたいと思うか。


 そして何よりも上杉家にとって越後は先祖代々治めてきた離れがたい国だった。

 上杉家が越後を守るためにどれだけの血を流したことか。

 それを思うと上杉家主従は会津への転封でいくら禄が増えるとしても、おいそれと首肯できないところだった。

 石高の問題ではないのだ。


「上杉家にとって越後とはそういうところなのです」


 小石の方は遠くを見つめてイツキに言った。


 その上杉家の外交折衝を担っていたのが須田満親だった。

 そしてその息子の満胤が罪を着せられ改易された。

 満親の、上杉家の立場が弱くなるのは明らかだった。


 噂が現実となるのではないか。

 小石の方は上杉主従が会津へじりじりと追い立てられているように感じていたようだ。


 そして、案の定、突然太閤秀吉の口から上杉家の会津転封の命が下された。

 表面上は越後五十五万石から会津百二十万石への大加増だが、慣れ親しんだ土地を捨て北に伊達、南に徳川という強国に挟まれた海のない山国への移封を受け容れるのは上杉家にとって苦渋だった。


 上杉家中の恨みの目は天下人の秀吉にではなく折衝役の須田満親に向けられた。

 そして満親本人も上杉家が越後と切り離される結果を招いたことに責任を感じていたのだろう。


 須田満親自害。

 その一報を受けた小石の方は、「やはり」と声にならない声で呟き、はらはらと涙を流してイツキの膝もとに突っ伏した。


 天下人秀吉への抗議だろうか。

 当主上杉景勝への贖罪だろうか。

 それとも冷たい眼差しを向けた上杉家の同輩への恨みだろうか。

 満親は何も語らずに、まさに城を枕にして突然この世を去った。


 むざむざと親と兄を見放した上杉家に対する親近感は小石の方の心から消えてしまったようだ。


「上杉家とはこれまでと変わらず親しくさせてもらう」


 慰めるように言った吉継に対し、小石の方は泣き腫らした目を襖の外へ向け「私はもう上杉とは縁もゆかりもないものと心得ております。殿は大谷家の行く末を第一にお考え下さい。上杉のことなどでお気を煩わせなさいますな。放っておかれませ」と毅然と言い放った。


 イツキには小石の方に何と声を掛けて良いか分からなかった。


 それから間もなく太閤秀吉薨去の報せが諸国を駆け巡った。

 天下が再び揺らぎ始めた。

 大谷家を取り巻く状況が刻一刻と移り変わっていく。


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