九州
一月ぶりに見る五助は精悍な顔立ちになっていた。
イツキの文を胸に抱き吉継のもとへ出立したのが一月ほど前。
五助はそのまま吉継の屋敷で働き、そして今日帰ってきたのだ。
五助によれば吉継は今、大坂と堺を行ったり来たりしているようだ。
吉継の親友石田三成が堺奉行となった関係で、その補佐役として事務を取り仕切りつつ大坂にいる秀吉への報告を行うのが役目らしい。
「堺はすごい町でございます。海のはるか向こうの異国との交易を行う大きな港があり、巷には異国人が溢れております」
五助は吉継のもとへ行って帰ってくると、いつも興奮気味に見聞してきたことを話す。
島の外のことをほとんど知らないイツキは熱心に五助の話に耳を傾けた。
五助が見てきたものは、吉継が見ていたものでもある。
イツキは吉継に関わることは何でも知っておきたかった。
「異国人?」
「そうです。異国人は総じて体が大きく、我々と違い、肌の色が真っ白の者もおれば、真っ黒の者もおります」
五助はイツキに向かって身振り手振りで説明する。
「真っ黒とな。どれぐらい黒いのじゃ?」
「真っ黒にございます。それはもう、墨のような黒さです」
「なんと。何故そんなに黒いのじゃ。体に墨を塗っておるのか?」
「何も塗っておりません。肌の色がもともと黒いのです。陽の良く当たる暑い国の生まれらしいです」
「この島も陽は良く当たっておるが」
五助の言葉に小首を捻るイツキを見て天海が微笑む。
「拙僧もかつて織田信長様の家来をしておった肌の黒い異国人を見たことがございます。彼の者も年がら年中裸で暮らせる暑い国で生まれ育ったと申しておりました」
「では、肌の真っ白の者は陽の当たらない寒い国の者なのか?」
イツキの問いかけに今度は五助が「はて」と首を傾げる番だった。
「そのようなことは申しておりませんでしたな」
「体が大きいと言うたが、五助よりも大きいのか?」
五助の体格は大きい方だ。
かつては戦陣を駆け巡った天海にも引けを取らない。
「拙者など異国人の隣に立てば童のようなものでございます。拙者の頭は異国人の肩ぐらいの高さで、見上げなければ顔が見えません」
「そんなに大きいの?」
イツキの膝の上に小さく座っていたアゲハが目を丸くする。
近頃急に口が達者になってきた。
「そして鼻が高く尖ってございます。目も青いのですよ」
五助がおどろおどろしい声でアゲハを怖がらせようとする。
「青い目?」
アゲハは「怖い」と言ってイツキの胸に深く顔を埋める。
イツキは体を震わせるアゲハの体を優しく抱きしめながら、我ら一族の方が異国人よりも余程不可思議だと思った。
肌の色が白や黒で、目が青かろうが、さすがに異国の地には獣に変化できる人はいないだろう。
いや、いるのかもしれない。
この竹生島のように神によって造られ、周囲に結界が張られ、神の使いが血を繋ぐ神聖な場所が他にもあるのだろうか。
そう考えるとイツキの胸には異国の地を旅してみたいような気持ちが兆してくる。
「イツキ様」
五助に名前を呼ばれ、イツキはハッと我に返った。
「何?」
「どうやらまた戦となりそうです」
「戦?今度は誰と戦うのです?」
「九州の島津でございます」
「九州?」
聞いたことはあるが、どこにあるのかは正確には知らない。
ここから遠い遠い西の果てという印象だ。
イツキには九州が先ほど五助から聞いた異国のように遠い存在に思えた。
「九州は島津と大友という二大勢力が争い合っておるようで、そのうちの大友が島津に攻めたてられ関白殿下に援助を求めてまいりました。殿下は大友に助力し島津を征討することに決めたようです」
九州の大名から求められ兵を出す。
それは秀吉の名前がはるか九州の地にまで轟いていることを示している。
この戦いに勝てば秀吉は九州を掌中に収めることになるのだろう。
そうなれば尾張や美濃から西は全て秀吉のものだ。
この日の本はやがて全て秀吉の版図となってしまうのかもしれない。
「それはまた、遠いな。殿も御出馬か?」
「はい。ただし、兵站奉行になられた由。武器、弾薬、兵糧の調達、運搬の指揮を執られることになりますので戦陣に出るということではないようです」
「そうか」
吉継が裏方の仕事に就くということを聞いてイツキの胸を安堵の気持ちが占めた。
しかし、吉継の気持ちを推し量ると、そればかりではいけないように思った。
かつて吉継は槍働きで成果を上げたいと語っていた。
きっと吉継は戦場を駆け巡る機会が与えられないことについて忸怩たる思いを胸に抱えながら奉行の職に就くのだろう。
その胸の痞えを少しでもやわらげてあげたい。
イツキは早速文にどのようなことを書こうかと思案を巡らせ始めた。
「つきましては、この五助、大谷様から兵站奉行の仕事を助けてもらえないかとのお言葉を頂戴しました」
「なんと。殿は五助を買ってくださっておるな」
「ありがたいことにございます」
五助は頬を朱に染め嬉しそうに口元を緩めた。
五助の表情には充実感が漲っている。
余程この一月間の吉継の下での仕事と生活に張りとやりがいを感じたのだろう。
「で、行くのか?」
「是非、行かせてくださいませ」
イツキは天海、重蔵、なみの顔を見渡した。
三人とも五助の気持ちを尊重したいという顔をしている。
イツキは腕の中のアゲハに問いかけた。
「アゲハ。五助がお父上様の仕事を手伝いに行きたいと申しておるが、いかがかな?」
「行くがよい」
アゲハが高らかに言い放った。
五助は「ははぁ」とアゲハに向かって頭を垂れ、座に笑い声が響いた。