⒉不思議な出会い
髪を切った。
背中まであった長い黒髪を、肩につかない程度までばっさりと。
長い髪は自慢であり、高いトリートメントを買っては手入れをするのが好きだったくらい髪の毛にはこだわりがあったけれど、今の私にとっては憎いものでしかなかった。
「綺麗な髪の毛だ。よく似合ってる」
彼は私の髪の毛をよく褒めた。
綺麗な指先で触れては幸せそうに笑った。
暑いからとひとつに結ったり、邪魔だからと頭上でまとめたりすると必ず「もったいない。綺麗な髪が台無しだよ」と文句を言うのだった。
別れてすぐさま私は美容院に走り、彼との思い出ともいえる自慢の髪の毛をばっさり切ってもらった。
床に散らばる黒々とした自分の髪の毛を見下ろすと、思い出が崩れ去るような感覚がする。
香りのいいシャンプーをしてもらうと、想像以上に軽くなった髪の毛に指を通し、仲のいい美容師にありがとうとほほ笑んで私は会計に向かった。
「エコちゃん、髪の毛あんなに大事にしていたのに、ずいぶん切ったね」
「ええまあ、そろそろ夏だし、いつまでも長くしてたら邪魔だもの」
ほんとにそんな理由?と聞いてきた美容師の質問を流し、見た目よりもずっと軽い赤縁のドアを開け外に出た。
チリンチリンと鳴る鈴の音が、いつもより淋しく響く。
街は薄暗かった。
さっきまでちらちらと降っていた雨がやっとあがったようで、地面は少しだけ濡れている。
いつも通りの土曜日に、いつものように美容院に行き、いつものようにショッピングをして帰ろうというだけなのに、今日は街の景色がまったく違って見えた。
いつもなら可愛いと思うバッグも洋服も、なんだか色あせてみえる。
外を歩く時はいつも、自分が1番綺麗で幸せな女だと感じながら歩いていた。
やさしい彼、ブランドものの時計、身にまとった高価なものたち。
すべてが自分のために作られたものだという錯覚までおぼえていた。
私はショップのショーウインドーの前に立ち、自分の姿をみると深い孤独感に襲われた。
「わたし…」
行きかう人々を横目で見送り、またショーウインドーに目を移す。
「誰よりも、なによりも1番醜い…」
本当は自分よりももっと幸せで、賢く気高く生きている女性なんてたくさんいるのに。
そんなことにも気づけないほど、私の周りにはいつだってそばにあった。
私にはもうなにもない。
男の一存で心全体が軋む。
脆い。
でも何故か、根拠はないけれどもしかしたら帰ってきてくれるかもしれないとどこかで思った。
こんな女のもとへ?
いや、
私はこんな女、なんかじゃない。
どうしようもない孤独感と捨てきれないプライドで、私はなんとかそこに立っていた。
◆
ふらふらと歩いていると、いつの間にか最寄りの駅まで来てしまっていた。
雨雲も去り、太陽が顔をのぞかせて綺麗な光が差している。
「おなかすいた…」
どれくらい歩いていただろう。足が痛くなっていることにも気づかずここまできて、さすがに身体が疲労を訴えた。
辺りを見渡すと、たくさんの飲食店やら銀行やらスーパーやらが立ち並ぶ中に、最近できたと話題になっていた綺麗な書店がたっている。
本を読む方ではないけれど、理由もなく立ち寄れる雰囲気に吸い寄せられるように気づくと入り口前に立っていた。
建ったばかりとはいえ書店とは思えないほど綺麗な内装は大きな螺旋階段やオシャレなシャンデリアがあったりもして、人で賑わっていた。
「こんな素敵なのができたのね...。」
目がまわりそうなくらい膨大な数の本棚、洒落たレイアウトに目を奪われ、少しの間わたしはその場に立ち尽くしていたが、とりあえずワンフロアずつ見て回ることにした。
物欲も沸かなくて予定に困っていたところだ。
本屋なら心を落ち着かせることもできるだろう。
「小説に漫画、雑誌、参考書、エッセイ...」
ジャンルごとに階が分けられ、各階ごとに読書スペース、飲食スペース、文房具コーナーなどが設けられていた。
暇さえあればここに来てコーヒーを飲みながら買った本をひたすら読む習慣がつきそうだ。
1回は小さなCDショップとエッセイなようなので、