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ねぇ、お父さん、お母さん

 こんなことをいまさら言うのは、恥ずかしいし、罪悪感なんかもあったりして、とても言えないと思っていた。言う機会なんか来ることもないし、そんなの伝える価値もないって思い込んでいたこともあった。

 でも、一度くらい、伝えておかないと後悔してしまう気がしたの。

 このまま、普通のようで拗れていて、誤解したまま別れてしまったら、あなたたちは自分たちのしたことが本当に良かったのかって疑問に思う時が来るでしょう?

 だから、ねぇ、聞いてくれる? お父さん、お母さん?


 お父さんとは小さい頃、仲良しだったね。私は女の子だから、男の子みたいにお父さんと意気投合して野球とかサッカーはできなかったけど、ゴム伝導の飛行機を作ってくれたり、外で遊んでくれたりすることがとても楽しかったよ。野外のキャンプ教室に連れて行ってくれて、二人で魚を捕まえたり、泳ぎを教えてくれたり、火起こしもやったね。あの時、魚を手で鷲掴みながらお父さんに見せに行った私を撫でてくれる手が、とても好きだったのをよく覚えているよ。

 勉強に対してとても厳しくて、私はお父さんに勉強を見てもらうのがとても怖かった。でも、いい点数を取ると褒めてくれるし、作文で賞を取るととても喜んでくれるから、私はそれが自分のためでもあることを知っていたから、それだけでよかったの。

 でも、どうしてだろう。

 いつからか、お父さんが私にいい成績を取ることやいい子であることを必要以上に強いてくることが苦痛でしょうがないと思うようになった。

 苦しくて苦しくて仕方なかった。手を挙げられることも増えて、罵られることも増えて、このままじゃ私は死んでしまうかもしれないと思うことがどんどん増えていった。私はお父さんといることが苦痛になった。あなたを殺してやりたいと思った時だって何回もあった。

 楽になりたくて、解放されたくて、でもその分、お父さんが私のためを思って厳しく躾けていることも、お父さん自身の中に叶えたくても叶えられなかった苦しい悔しい思いがたくさんあることも、私にそんな思いをしてほしくないから必要以上に辛く当たることも、それのせいで私を傷つけてしまうような手段しか取れないことも知っていたよ。だからどんなに憎しみが募っても、切り捨てるのだと割り切りたくても、小さな頃から私を見守ってくれたあなたを、大切にしてくれたあなたを、お父さんを見限ることができなかった。


 お母さんは他の家のお母さんと違って、家にいることが少なかったね。生活のために共働きの両親を持った私は、少し余裕のある生活ができた。それをとても感謝していることだけは言っておくね。

でも、とても寂しかった。

 朝しか会えなくて、お休みの日もいないことが多かった。お母さんが恋しいと言えなかった。そんなことを言えばおとうさんとおばあちゃんが困ること、分かってた。でも、どんなに家にいなくても、交わす言葉が少なくても、あなたはお母さんだった。

 お父さんと殴り合いの喧嘩になっても私を守ろうとしてくれた。苦しくて苦しくて死にたかった頃の私をどうにか繋ぎ止めようと必死になってくれた。誰にも知られていないだろう私の苦しみや努力をちゃんと知っていてくれた。お父さんがどんな思いかを私に知らせてくれた。恨まないであげてって言った。

 私にはお母さんの言葉が嬉しくて、悲しくて、切なくて、恨めしかった。

 お母さんがかける言葉は驚くくらい私を抉り取った。優しい言葉も、きつい言葉も。

 あなたが疲れ切って、あんたが生まれてから苦労ばっかりよって泣かれた時、お父さんのどんな言葉より胸が痛かった。お父さんと私の板挟みにあっているお母さんの本心に、私は生まれてこなければよかったのかもしれないって何度も思った。そしてそんな苦しみに立つあなたを支えられない私自身がとても惨めだったよ。


 ねぇ、お父さん、お母さん。

 理想の親ってなんだろうって思うことがあるの。きっと私の両親はお世辞にも理想とは言えない、きっとそれとはかけ離れたものなんだろうと。

 私も理想的な娘にはなれなかった。あなたたちが思うような娘になれなかった。それが私には申し訳なくて、悲しかった。

 私の中にはあなたたちがくれた優しさと温かさ、慈しみがあって、それを取り巻くように憎しみと痛みと苦しみが渦を巻いている。とても綺麗とは言えない私がいる。

 家族なんかいらない、と。私はいらない子なのでしょう、と。

 そう言った私に、あなたたちが悲しそうな目をしたことを、私はどうしても忘れられなかった。なんてひどい。傷つけられていると思うばかりで、私自身も傷付けていることを知りもしなかった。愚かな娘だ。

 お互いにうまく接することができなくて、お互いにお互いを傷つけている、そんな家族だったね。傍目にもそれは、痛々しく映ったことでしょう。


 でもね、時間が経って、私は今家庭を持って、子供を持つ身になった。

 あの頃の痛みが、私の強さになって、あの頃に与えられた優しさが愛情となってこの子を育てているの。ずっと繋がっている。

 無駄なことなんて、愚かなことなんて、間違っていたことなんて、何もないって私、胸を張って言えるよ。

 ねぇ、お父さん、お母さん、私はあなたたちに愛されていたんだって、今更気づいたの。いつもいつも、優しいことも辛いことも、その意味を知るのは後でごめんね。うまく言えない言葉がたくさんあってごめんね。思うような娘じゃなくて、ごめんね。


 ねぇ、お父さん、お母さん


 大好きだよ。愛しているよ。

今までの全てを、いいことも悪いことも、同じ位置に立ってやっと理解した。


 ねぇ、お父さん、お母さん

 ありがとう。

 こんな私を愛してくれて。生んでくれて。育ててくれて。厳しくしてくれて。優しくしてくれて。

 たくさん、たくさん、ありがとう。


 だから、ねぇ、お父さん、お母さん。

 聞いて。

 私、お父さんとお母さんの娘で、幸せよ。


 ねぇ、お父さんとお母さんは、どう?


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