思い出箱
年末の大掃除、一年で溜まった埃を隅から隅まで払い、掃き落とす。押し入れの中から本棚の隅に至るまで。もう身に着ける事のない洋服をごみ袋に詰め込み、読む事のない本をビニール紐で括った。好きだったものも時間がたてば熱が冷め、いつしかいらない物に変わってしまう。
そんなものの中にも例外はある。私にはどうしても捨てられない物があった。それは箱。
思い出箱、その箱の事をそう呼んでいた。作ったのは確か、中学生時代だっただろうか。箱の周りにはいびつで愛らしい動物の姿が彫り込まれていた。私の干支で、今も昔も好んで止まない兎の姿。大好きだった母の品を、最初に箱に入れていた。
箱の中には私の人生の全てが詰め込まれている。別れた恋人からプレゼントされたピアス、音信不通となった友人から貰ったアロマキャンドル、遠い昔に去っていった母の櫛、今はもう、私から遠く離れてしまった人々の思い出を全て、その思い出箱の中に閉じてきた。
私は思い出箱の中に、そうした人の欠片を入れる事で思い出を閉じる。張り裂けそうな心や、癒える事のない痛みも箱の中に閉じ込める。そうした儀式を行う事で、これまで先に進んでこれた。
昔は目の届く場所に置いていた思い出箱、けれどいつしか置けなくなった。父が箱から異臭がするといったから。父は鍵を開けろというけれど、箱には鍵はついていない。私の思い出箱は私以外に開けられないみたい。
父に捨てると脅されて、私は箱を隠し始める。そうして箱は追いやられて、今では部屋の片隅に物に埋もれて置かれている。かつては塗られたニスで艶めいて、愛らしかった思い出箱。今ではすっかり変色して、所々が傷み始めていた。兎の姿は崩れてしまい、なんだか人の顔のように変わってしまっている。
私が箱の中に閉じ込めたのは悲しみや喪失感だけじゃなかった。私を捨てていった人たちに対する怒りや恨み、嫉みや妬み、あんな人達の幸せを私は許さない、そんな感情も共にして、爪や髪に念を込めて、切って束ねて箱に閉じた。後にも私はマイナスな感情が高まる度に、髪や爪を切って箱に詰めている。時折かたかた震えたり、何か中から声らしき音が漏れるけれど、それでも私は箱を捨てられない。
私がこの箱を捨ててしまったら、あの人達と本当に繋がりが無くなってしまう気がしたから。箱の中身が増えるにつれて、あの人達に近づけている、そんな気がしていた。それに私は信じている、この思いが、願いが、いつかあの人達に届くだろうと。
あと少し、もう少しで、思い出箱がいっぱいになる。




