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彼者誰記  作者: 黒漆
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小鉱洞行

 何の変哲もない、ただの石。ソフトボール大でごつごつとして手触りは荒く、一見する限りどこにでも落ちていそうな石だった。叔父が生来蒐集を続けてきた鉱石の結晶の中で、それだけがただ一つ地味であり、逆に異彩を放っていた。

 数々の鉱石、目を楽しませる紫水晶や縞瑪瑙、紅水晶や黄鉄鉱、マンガンや銀鉱石が並び立ち、特に多いのが美しく透明感のある石英の結晶だった。そんな蒐集品の中にあって叔父は、その黒く丸いだけの石が殊更に気に入っていると言い張った。

 当然そのままでは私にその石の良さを知る事はできない。何かあの石に纏わる思い出が叔父の中に残っているのかと思い、気になって仕方がないので遂には聞いてみた。

 叔父はかつて、日本にまだ鉱山企業が数多く稼働していた頃、水晶鉱山で一時期働いていたそうだ。黒くごつごつした岩盤に発破をかけ、破片に石英の色が混じり始めたのを確認した後、その岩を僅かにノミで削り落とす、すると僅かな手ごたえの後、岩盤に口が開く。携帯用のランプであるカンテラを手に穴を覗きこむと、その向こうに突然、高台から眺め下した都市の姿の様に、林立する結晶の山が姿を現すのだという。光を乱反射する水晶の森を目にしたその瞬間、あまりの光景に何もかも忘れ、魂が抜けたようになるのだと。それを言葉にし終えた叔父は例の石を手に取って撫でまわし、僅かな突起に指をかけると何かを引き抜いた。数ミリ程の黒い断面の先に付いた、米粒みたいな石英の結晶の山が姿を現す。

 私の驚きをよそに、叔父は開いた穴の中を覗いてみろと私に促した。私が言われるままに穴を覗くと、中には闇の中に浮かび上がるようにして、細かで美しい結晶の海が広がっていた。光のかかり方により、結晶の色は紫から黄、黒から茶などに変わる。それに心奪われ、しばらく見とれている内に、私は結晶の中に移り、差し下す光を背に、剣先のような透明の結晶を見つめながら立たされていた。身体を動かす事はできず、じわりと汗が滲む。暫らくして壁からカンカンと音が響き、ぼこりとその位置の結晶が砕け落ちて僅かな光源が覗き、私の顔に光が注ぐ、すると光源を追う様に空いた穴の向こうから叔父の顔が現れた。

 瞬時、私ははっとして、石を覗いた格好のままで固まっていた事に気がつく。何が起きたのかと動揺する、そんな私を尻目に叔父は、俺はこうして偶に鉱山に戻るのさ。そう云って、無骨な指先に挟まれている、二本の栓のような形の結晶を私に向けた後、でもなあ、穴はあらかじめ両側開けてから楽しむ、そうでなければ戻ってこれなくなるからなあと締め、朗らかな笑顔を私に見せた。

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