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彼者誰記  作者: 黒漆
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親子酒

 俺は親父が大嫌いだった。仕事優先でいつも家を空けている割に、偶に帰ってくるとおふくろや妹、俺に辛くあたった。親父は長距離トラックの運転手を続けていた。俺が中学を卒業する時期、親父と本格的に親子喧嘩をした俺は、結局腕っ節の強い親父にのされ、勘当扱いで家を出た。

 なんとか友人の家を渡り歩いて知り合いに話をつけて貰い、大工見習いとして働き始め、苦労の連続の末に技を身につけ、一端になる事ができた。親父とは数年間話さなかったが、おふくろや妹とは時折連絡を取り合っていた。俺が家を出てから、親父は余計荒れるようになったと聞いていた。

 数か月ぶりに電話で連絡を取った時、妹が骨折したと聞いて、俺はいてもたってもいられなくなり、変わらない実家に乗り込み、玄関を開け座敷に飛び込むと親父にリベンジマッチを吹っかけた。胡坐あぐらをかいて酒を片手に酔っぱらう親父に我慢ならなくなって親父の首根っこを引っ掴んで立ち上がらせた。親父はすぐに拳を上げる。酔っぱらいの拳なんざたかが知れてると避けなかったが親父の殴りは相変わらず効いた。お互い避けずに殴り合い、数十分、見苦しい取っ組み合いを続けて俺はやっと念願の目標を果たした。大の字にのびる親父はなぜかすっきりした表情を浮かべてた。

 後から話を聞いたら完全に俺の勘違いで、妹は仕事の不注意からの骨折だと知った。後で秘密にしておいてとおふくろから打ち明けられた話によると、親父は俺がいなくなってから実は随分と大人しくなっちまってたらしい。それが知られたくなくておふくろには荒れていると言わせていたんだそうだ。お互い妙な意地を張ってたんだ。一度離れた実家に戻る事は結局無かったが、そんな親父とその日以来、酒を酌み交わす事を覚え、数年後、旨い酒を呑み合えるほどになった。

 それでも親父は俺に負けた事を酒のせいにして認めなかった。お前に負けたんじゃねえ、俺は酒に負けたんだ、そんな台詞を吐きながら。酒に負けた、その台詞をなぞるように数年前、親父は肝不全で逝っちまった。最後にしらふで殴りあえなかったのが心残りだった。

 その親父がなぜか実家の座敷に俺一人で入ると現れる事がある。酒が大好きで止める事ができない俺に対しての忠告なのか、胡坐をかいてあの日と全く同じ服装と外見で俺に向かって口元を上げ、目じりを下げてにやついているんだ。一瞬の事ですぐに消えてしまうんだが、俺には親父は自分みたいになるなと笑ってるのか、それとも親父と同じになりつつある俺を笑っているのか、どちらなのかは解らなかった。だが、親父の思い通りになるのは癪だ。だから最近は適度に酒の量を抑えている。俺が死んだら、あの世で飲んだくれてる親父をもう一度張り倒して酒を控えさせてやるつもりだ。

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