あのひと
あの女が今日もやってくる。私が人の少ない潰れかけのコンビニで深夜のアルバイトをしていた頃、二時から三時にかけての間、必ず姿を見せる女性がいた。派手目の服装や少しキツイ香水の匂いから、あの女はきっと夜の仕事をしているのだろうと推測できた。決まっていつも、おにぎりを一つとペットボトルのお茶一本を買い、会計を終えるとありがとうの一言を残し、店の外の闇に消えていった。
変わらない日常の体現、多少の時間のずれはあったとしても、あの女の行動は全くといって代わり映えがしなかった。和やかに続く穏やかな夜、けれどある日を境に少しずつ、あの女は崩れ始めた。あれは彼女が酷い様相で店に現れた翌日からだった。
あの日あの女は髪は乱れ、破れかけの服を身に着け、下着が丸見えの状態で店に現れた。何かただならない事があの女に起きた、ということは明確だった。けれど私はそれについて追及することができなかった。外には暗いまなざしの男が一人、私を睨んでいた。巻き込まれることが恐ろしかった。あの女が何も言わない以上、私が何かする必要はきっとないのだと考えていた。その日は結局、何も変わらず、普段と変わりのない行動を平然と行い、店からあの女は去って行った。
翌日からあの女の外見に変化が表れ始めた、最初は薄く伸びた口紅が唇の輪郭から多少はみ出していた程度だった、それがアイシャドウが目の周りに不規則な楕円を描くほどに広がり始め、顔に塗りたくられる顔料の色が通常の神経を逸した青や紫に達し、てんでばらばらに顔のなかを泳ぎ始め、ついには顔を切り裂くような線が口紅によって描かれ、頬や鼻の上で交差していた。相変わらず店の外には男がこちらをにらんで立っていた。
最初は何かの戯れを私にしているのかと、そう思っていた。けれど、どうやらそれも違うようだ。なぜそう思ったのだろう。それはあの女が毎度商品の支払いを終えると私に向かってにやりと笑うからだ。あれは外の男にさせられているんだ、私の反応を見るために。
あの笑い、口角を上げる形が不自然に歪み唇が震えている、何か伝えたいのに伝えられない、そういう意図が含まれている笑い。
私は知っていた、いつしかあの女のまなざしの中に、助けてというサインが含まれていたことを、その言葉を伝えたくて伝えられないあの人の気持ちを、けれど私はそれをずっと無視し続けた。面倒だった、恐ろしかった、そういった理由で。
そう、あれは実は化粧なんかじゃなかった、本物の傷だった。私が店長に聞かれても、化粧だということにしていた。だからなのだろうか、私の事を恨んでいるのだろうか、あの女が殺されたと知り、私がアルバイトを辞めた後も私に会いに来る。
時間が二時から三時の間、半ば崩れ腐りかけた顔、引き攣った笑いで私に、ありがとうを伝えるために。