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彼者誰記  作者: 黒漆
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虫喰い

 私の祖父は虫が好きだった。十二月から二月にかけて、河川で幼い頃から獲り慣れているカワゲラやトビケラの幼虫をざるで掬い取り、持ち帰って油で素揚げにして食べた。残ったものは佃煮に加工して瓶詰めにして保管していた。

 夏から秋にかけては虫の宝庫だ、夏は蝉が主だった。木に張り付いた蝉を素手でいとも簡単に掴み取ると羽をもぎ取り、やはり油で揚げて食べた。蜂の成虫や百足なども焼酎漬けにした。秋になるとイナゴや蜂の子、様々な虫が至る冬を前に肥えて太り、その身を一層味わい深いものにする。だから獲れるだけ獲って虫のいなくなる前に冬に備えなきゃならん。それが祖父の口癖だった。

 

 雨が多く、水が潤沢だったある年の、季節が秋を迎える頃、祖父は意気揚々と目ざとく見つけた蜂に目印となる和紙を括りつけ、蜂追いをして、山の中に消えると、それきり日が落ちても帰ってこなかった。

 心配した私や家族が捜索を依頼しようかと動き出したその時、玄関の引き戸をがらがらと音をたてて開き、祖父が帰宅した。祖母がこんなに遅くまでどうしたんですかと聞くと、何も答えず寝室に向かい、そのまま床に就いてしまった。心配していた私と家族はあきれたけれど、祖父の虫への執心ぶりを知っていたため、どうせ目当てが外れた事で機嫌を損ねたのだろうとあたりをつけていた。

 翌日の早朝、祖母の悲鳴が家中をつんざいた。私や家族が駆けつけると祖父と祖母の寝室の前のガラス戸に土まみれの祖父が立っていた。布団を見ると、いまだに昨日帰った祖父が寝ている。そのうち外の祖父が扉を開けて、「いや、まいった。穴に落ちて一日帰れなんだわ。どうしたんだ、何をお前ら驚いている」と、私達に話しかける。

 いや、あなただってあちらの布団にも、そう祖母が呟くと、寝ていた祖父が、がばりと半身を上げ、こちらに顔を向けた。布団の祖父はいつのまにやら身体全体が虫食いで、大小数多の穴が開いた変わり果てた姿になっていた。痩せこけた恐ろしい相貌で暗い穴の口と目を開いて声にならない威嚇をすると、飛び上がって天井隅に瞬時に張り付いた。

 戸口の祖父がそれを見て目を丸くすると同時に、拍手一つ、ぱんと鳴らす、と、ぶぅんと一声それが鳴き、ざらりと崩れ、黒くて小さな欠片となってバラバラ畳に舞い散った。それら全てが虫の屍骸で、イナゴや蜂、蚕や百足、祖父の好物ばかりだった。

 そんなものを目にしても、なお動じずに祖父は一言、「美味そうだ、佃煮にするか」と言い、豪快に笑った。

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