前篇
話の流れ的に、若干残酷な描写を含む事があることを、はじめに記載させて頂きます。それでもR15まででは、ないと思われますが。。。
ある大国の、ある時代。
ここは、精霊たちが気まぐれに人間を守護し、加護を与える世界。
精霊に守護された人間は『精霊の守り児』といわれる。
守護されることを人間の栄華、栄光と考え、守り児たちは自分たちを貴族と称した。そして彼らは、精霊たちの力をつかって、国を興し、維持してきた。
その主たるものは王族。
王族は、精霊の中でも精霊王と呼ばれる力の強い精霊の加護を持ち、貴族たちを統率していた。
精霊の守り児たちは、多くは血族関係のなかで引き継がれていった。その血のつながりで精霊たちは守護を続けていくのだ。長い悠久の中で生きるという精霊たちにとって、人間の一生は、おそらく一瞬でしかなく、精霊の守護が継承されていくことも、精霊にとってはささいな時間なのかもしれない。
そんな中でときおり、気まぐれな精霊が、気まぐれに加護をあたえることがある。
気まぐれな加護を受けた人たちは、『はぐれ妖精の守り児』と呼ばれていた。
はぐれ妖精の守り児たちが、独自の権力を持つことを防ぐためにも、権力が覆されたりしないように、王国は彼らを探し、保護するという名目で、王都で監視下に生活させていた。中には、貴族として爵位をもらうものもいた。
はぐれ妖精の守り児たちを探すのは王国の精鋭だ。ほとんどが貴族であり、騎士としての称号を持ち、他人の精霊が見えるように教育、訓練された優れた力を持つ者たちだ。
多くが王国を自由に行き来できる風の守護を持つものであり、風に乗って王国中を素早く動ける彼らは、はぐれ妖精の守り児のうわさを聞いては、文字通り飛んでその地を訪れ、その真偽を確かめていた。
その中で異色の、水の精霊の加護を持つフェリア・タルス。
水の精霊王の末の娘である精霊からの守護に持つ彼女は、王国のなかでも、上位に位置する貴族の娘だ。
彼女は、その加護の力を持って、はぐれ精霊に守られてしまった、心細い人らを導く。
それというのも、精霊の加護を受けていることを知らぬうちは、守り児たちの感情のままに、精霊たちは力を暴走させるのだ。それが加護の現れであり、貴族たちはその暴走で、加護が継承されたことが知るのだ。暴走が起こったその時点で、今後暴走を繰り返さない為にも、貴族たちは子供たちに精霊を制御するすべを引き継ぎ、教えていくのだ。
しかし、はぐれ妖精の守り児たちはそうはいかない。知らぬうちに精霊がその力を暴走させ、なぜこんなことが自分の身に起るのかわからぬままに、人から恐怖と強い嫌悪感を抱かれ、自分でもその力を認めることができない、居心地の悪いその生を、身をひそめながら過ごすこととなる。
王国の私利私欲に満ちた思想よりも、思わぬ加護を持ち、どうしていいかわからない人たちを守りたいという気持ちで動く彼女の仕事は、かなり有望、と王国からも認められている。
そんな彼女が聞いた噂。
王国のはずれの小さな村に、火つけをする少女がいる、と。
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「ミュリエラ!この役立たずっ!」
私を呼ぶ叔母の声がする。
私は居間で掃除をしていたが、金切り声を上げて私を呼ぶ叔母を無視することなど、到底できない。掃除の手を止めて叔母のもとに向かう。
私は幼いころに父母を亡くした。
私の記憶の中にいる、父母は優しい人だった。
私が5歳の冬、母はちょっとした風邪をひいた。風邪の後、咳が残るようになり、その咳は冬じゅう続き、春が訪れたある朝、ひっそりと息を引き取った。
母を失って父は、ひどく消沈した。それでも、私の前ではその姿を隠そうとしていた。仕事に精を出し、家庭のことも完璧にしていた父は、私が6歳の時、突然の事故で命を落とした。
短い期間に二人を失った私は、母の妹にあたる叔母のもとで暮らすようになった。最初のころは、幼いながらも父母を亡くし絶望のふちにいた私を、叔母はまるで自分の子供のように、抱きしめ、涙を拭いて、一緒に寝てくれたり、よくしてくれた。
それなのに、私のもとに奇異なことが起こるようになってから、叔母は私にひどく冷たく当たるようになってきた。
それの始まりは、私が叔母のもとで暮らすようになって一年後に起った。
叔母の息子とは、最初から仲が良くなかった。何が気に障るのか、私が叔母の家に住むことになって、いつも睨むような目で、いらだった表情を浮かべて私を見ていた。
私と自分の息子の仲の悪いことは叔母も知っていた。叔母は私たちがけんかをしたり、険悪な雰囲気でいると、困ったように息子にむけて「もう少しお兄ちゃんになればいいのに」と、言っていた。その言葉に息子は、むっとしたような表情を浮かべていることがほとんどだった。
ある時ほんの些細なことで、いつものように彼とけんかをしてしまった。彼がかんしゃくを起こして、私に掴みかかったときに、突然その近くにあった小屋が燃えたのだ。
訳もわからず呆然とする私たち。幸いなことに、近くに大人がおり、その火はただちに消火されたために、ボヤ程度で済んだ。
なぜこんなことになったのか、その理由はわからなかったが、大人たちに問い詰められていくうちに、突然叔母の息子が、私を指さして言った。「こいつが火をつけた」、と。
突然の言葉に、私は驚いて否定できなかった。
そんな私より、さも見てきたかのように、雄弁に語る叔母の息子の言葉を大人たちは信じた。私と彼がしていたけんかの原因も、私が小屋に火をつけようとしたのを、息子が注意したためだ、とのうわさが翌日から町中に流れていた。
とんでもないうわさ話ではあったが、私はどんなに口汚くののしられても、けしてそのうわさ話に対して否定も、肯定もしなかった。
なぜなら、叔母が私のことを信じてくれたからだ。
騒ぎが起こったその夜に、叔母が息子のいないところで、私に真実はどうか、と聞いた。私はそれにただ一言、「そんなことしていない」、そう叔母の目をまっすぐ見ながら答えた。
そんな私の言葉を、叔母は信じてくれた。そして私に言った。『町の人たちが、あなたの姿を見て、こそこそとうわさ話をしても、自分が悪いのでなければ、胸を張っていればいいの』。叔母の言葉に、私は勇気をもった。だから、堂々としていようと思った。
町中で陰口を言われ、ひそひそと耳打ちをされる中で、私は堂々とした態度を続けると、人のうわさも、どんどんと立ち消え状態になっていった。
しかし、それが叔母の息子には気に入らなかったのだろう。彼の行動は徐々にひどさを増すようになってきた。
最初は、彼は友達とともに私に向けて、遠くからからかような言葉を投げかけるだけであった。それが、徐々に近くで私をからかうようになり、そうして、私を小突くような行動を伴うようになっていった。
彼はある時、友達たちとともに、私に石のつぶてを投げてきた。突然のことに、私はよけることができなかった。飛んできた石は額にぶつかった。痛みと、視界を覆った滴に、手をやると血が流れていることを知った。
『血が出ている』、そう思った瞬間、突然彼らの近くにあった藁ぶきが、火柱をあげて燃えだしたのだ!
何が起こったか分からず、呆然とする私の前で、彼らは逃げ惑った。
そして、そのうちの一人が大やけどを負ったということを知ったのは、叔母が私の頬をぶっている時だった。
叔母はまなじりを釣り上げ、私に向かって、『どういうことがあっても、火をつけるような野蛮なことをしてはいけない。一度は信じたのに!』、そう怒鳴った。そうして、私が謝るまで、私の頬をぶち続けた。
それから、私に対する叔母の態度は一変した。
彼女は、私を奴隷のように扱った。山に薪を取りにいったり、家の掃除をしたり、洗濯をしたり、食事を作ったり、家で行うすべての仕事を私にさせるようになった。そうして、私がうまくできないと、怒鳴りつけたり、頬を打つようになった。
「ミュリエラッ!」
そう再び私の名を呼ぶ叔母の声。その声をたどって、庭に向かいながら私は返事をする。
「叔母様、どうされました」
叔母は、干した洗濯ものの下で立っていた。
問いかけた私に向かって、叔母は手に持ったものを突きつけてきた。叔母に突きつけられたものを、手にとって広げてみる。
それは、義叔父の上着だった。
泥だらけに汚れた上着は、先ほど洗濯が終わり、干したばかりのものだ。
「これが地に落ちて、泥だらけになっていたよ………まったく、洗濯の一つもお前はできないのかい!」
そう言うと私の頬をぶった。
あまりの衝撃に、私は、ぐらりと、崩れ落ちた。
「………ごめんなさい」
「わかったら、さっさと洗濯の続きをしなっ!この上着に少しでも泥の跡が残ったら、容赦しないよ!」
倒れた私に、きつく言葉を浴びせかけた。そうして私が立ち上がることを確認するように見てから、険しい表情を浮かべて叔母は立ち去った。
私は、叔母の後ろ姿を見ながら、彼女に聞こえないように小さく溜息をついた。そして、膝についた土を払って、上着と洗濯用の大甕を持って、井戸へ向かった。
洗濯は飛ばないように止めていたはずだ。
………上着が落ちるはずなんて、ないのに。
そう思いながら、泥だらけの上着を入れた大甕を抱きしめるようにして、私は井戸に向かった。
この時間は、井戸のそばにあまり行きたくない。だけど、今すぐ義叔父の上着を洗っていなければ、上着の泥を落とせなくなってしまうかもしれない。泥はとても落としにくいのに。
しぶしぶと向かった井戸の周囲には、予想通り何人かの人がいた。みんなにこやかに、和やかに、穏やかに、話に花を咲かせていた。
そんな彼女たちは、井戸に向かう私を見て、ぴたりと、その口を閉じた。そして、じろりと、こちらを見る。
こんなこと、よくあることだ。
ひどい時には、こそこそと内緒話がはじまったり、急に井戸から人がみんな消えていったりする。あるいは聞こえるように、私に対する悪口をはじめたりする。大人の彼女たちは、叔母の息子らのように、私に手を出すことはないが、彼女たちのやり方のほうが、私の心を傷つける。
今日もまた、私の挙動を、憎しみを持った瞳で彼女たちは見ていた。
こんなこと、いつものことだ。
私は、できるだけ早く仕事が終わるように、井戸の水をくみ上げて、大甕に入れた。できるだけ早く、この大甕に水を満たそう。
井戸から水をくみ上げる私に、聞こえるように彼女たちは再び口を開いた。
「ねえ、知ってる。王都から騎士さまがくること」
「ええ、知っているわ。なんでも、火をつける子供を断罪するため、とか」
その言葉に、私は一瞬手を止める。しかし、気づかれないように、作業を再開した。
「騎士さまは、市長さまのところで、詳細をお聞きになるのですって」
「そうらしいわね。だけど、市長さまも騎士さまのお手を煩わせることなく、先にその罪を断罪しようとしているんですってね」
そう言って彼女たちは、くすくすと笑った。その声に潜むのは、明らかな悪意だった。
そんな彼女たちの言葉を、まるで聞こえていないかのようなふりをする。
私は、数回井戸から水をくみ上げ、満杯になった大甕を持って叔母の家へ向かった。
その後ろから、あの疫病神………、犯罪者が………、そんな小さな声が、私を追いかけてきた。それらに耳をふさぎ、聞こえないふりをしながら、汚れた上着を肩にかけ、重い大甕を抱えながら、できる限りはやく叔母の家に足を進めた。
叔母の家に着いて、あたりに人がいないことがわかったので、ほっと息をついた。
叔母も家の中で休んでいるのか、叔母の家の庭には、誰もいない。私に悪意を投げつける声も、ない。
ほんのわずかな、落ち着ける時間に、私はゆっくりと仕事をはじめた。
義叔父の汚れた上着の泥を払えるだけ払い、そして汲んできた甕の水を少しづつ使いながら、洗い出した。
………騎士さまが来るという。
私を断罪するために。
そんな言葉が私に恐怖をもたらす。
私は何も悪いことはしていない。
それなのに、町の人たちは私を悪者扱いする。
私を犯罪者のように扱う。
私を、憎むように見る。
今までに私の周りで火が上がるという事件が二回も起きた。だけどそれは、勝手に火が上がったのだ。
みんなが言うように、私は火をつけたりなんかしていない。
人を傷つけたいなんて、思っていない。
私は、何も悪いことはやっていない。
それなのに。
私の言葉を誰も聞いてくれないのだ。
私の言葉を誰も信じてくれないのだ。
汚れが取れるまで、上着をこすった。途中で水をいったん温めて湯にし、それに上着をつける。石鹸で洗いながら、一心に上着をこすり続けた。
水を替え、こすっても水が汚れなくなって、その手を止めた。
そして持ち上げて広げた上着を見て、やっと泥が落ちたことを確認し、ようやく一息つく。
上着をギュッとかたく絞り、もう一度干すために庭の反対側にある、洗濯ものの干し場に向かった。
叔母に言われた洗濯が終わった。この後は、さっきの台所の掃除の続きをして、次はもうすぐ昼だから、昼食の準備をそろそろしなければならない。そんなことを思いながら干し場に到着した。
………そこには、叔母の息子がいた。
せっかく干した洗濯物を、彼は、踏みつけていた。
「なにを、してるんですかっ!」
思わず荒げた声に、彼ははっとしたように振り返る。
一瞬見つかった、というような罰の悪そうな顔をしたものの、その表情はただちに苛立った表情に変わった。そして憎しみに満ちた瞳で、私を睨みつける。
「何をしてたんですか?」
そう改めて私は聞いた。
彼の行為は一目瞭然だ。私に対する嫌がらせ、それ以上のものはないだろう。
叔母の息子は、その言葉には答えなかった。
「洗濯ひとつも、お前はできないんだろ!この汚れた洗濯ものを、もう一回、ちゃんと洗えよ!」
そう言いながら、彼は白い下衣を踏みつける。あれは、叔母のお気に入りの下衣だ。
その周りにも、洗濯したものが泥まみれの無残な姿になっていた。
「どうして、こんなことを………」
どうして彼は、私に憎しみを向けるのだろうか。
どうして、彼は私にひどいことをするのだろうか。
呆然と、私は彼の行為を見つめることしかできなかった。
彼は私の目の前で、私がついさっき真白に洗った叔母の下衣を、汚れた靴で踏みつけた。もう白い部分は、ほとんど見えない。
「お前が悪いんだ、お前さえいなければ‥‥‥!」
そう言いながら、彼は憎悪の表情で、私を睨みつける。
私がいなければ。
その言葉に、私は胸が締め付けられるようだった。
私がいなくなればいい?
私は生きていてはいけないとでもいうの?
どうして?
どうして、そんなこと言われなければならないの?
どうして、彼にそんなこと言われなければならないの?
彼の言葉に、私はひどい悲しみと、そして憎しみを覚えた。
憎しみを向ける彼の姿を見ていたくなくて、それに憎しみを返してしまう自分を見たくなくて、ぎゅっと目を閉じる。
彼に、そんなこと言う権利など、ない。
私を産んでくれた母。
私を育ててくれた父。
二人が、私に命をくれたのに。
その二人のために、私は精一杯生きるのだ。生きなければならないのだ。
それなのに。
それなのに。
彼は、私がいなくなればいいという。
どうして、そんなことを。
言われなくてはならないの!?
「うわあっ!」
叫ぶ叔母の息子に、はっとして、私は目を開けて、彼を見た。
彼の周りには。
炎が。




