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10月。晴天。真夏を思い出させるような青色の中、俺は信じたくない光景を目の前に呆然と立ち尽くしていた。
トラックに撥ねられ、黒い地面に赤をただ流してゆく『人』。そいつは、右腕と足がありえない方向に曲がり、そこから白い何かをのぞかせてもなお微笑んでいた。仮にお前が大切な人を守ることに成功していたとして、普通こんな風に笑うことができるのだろうか。
そいつの目線の先には、動くことも出来ず涙を流しその光景を見つめ続けることしかできない『人』。見た目は無事だが、轢かれそうになった自分を助けられ相手を死に追いやってしまったという罪悪感による傷はとても大きいだろう。
そんな二人だけの世界をただただ傍観している俺は、周りから見たらどれだけ滑稽に映るのだろう。いや、誰も二人の世界に取り込まれ、自分の存在などに気が付く人はいない。自分は、画面の外からこの二人を見ているだけなんだろう。
そんな中、やっと誰かが悲鳴を上げた。でも聞こえない。周りの阿鼻叫喚はトラックに吸い込まれて消える。だから二人の世界を邪魔するものは何もない。無い。
だから俺の存在も掻き消えた。ここには俺はいない。その筈。
そのうち視界も耳に届く音も血の臭いも全て青に飲み込まれた。
次の日。
俺は二人と談笑していた。昨日は普通の何もない一日だった。それだけ。 何も無かった。この二人には。それだけだ。
超不定期更新になります。