第三話:世界樹の膝元
合流地点は、世界樹の根元──の、手前にあるデッキだ。
世界樹の周囲は大きな泉になっていて、根元には近づけない。
デッキがその境界線だった。
そのデッキの正面になる位置は少しだけ広くなり、材質も白い石で造られている。そこには同じく白い石で造られた台座の上に、小さな石碑が設置されていた。
ここが、TRUSTの入口。まぁ、今回は用がないのだが──。
「遅かったな」
声は、背後からだった。
振り返るとデッキの手すりにもたれかかるようにして、ヒスイが立っている。悔しいことに顔が整っているから、何をやっても様になる。
首を傾げた事により少し長めの青藍色の髪がサラサラと揺れ、瑠璃色の瞳は楽しげに細められている。中性的な顔立ちのせいで女性に間違われる事も多いが、この柔和な見た目に騙されると痛い目に合う。
「遅れてごめん、ちょっと諸々片付けてた」
「どうせ報告書出してなくて催促されたんだろ」
「⋯⋯⋯⋯エスパー?」
まるで見てきたようにスラスラと当てられ、カグヤは顔を引きつらせる。
それを見て、ヒスイは笑った。
「バーカ、お前のやる事くらいお見通しだ」
言葉とは裏腹に、その声色にバカにするニュアンスはまるで含まれていない。それどころかその微笑みは包み込むように優しい。もたれかかっていた手すりから離れてスタスタと傍まで歩いてくると、カグヤの額にデコピンを食らわす。
「痛っ!⋯⋯手加減してよ、ヒスイのデコピンめちゃくちゃ痛いんだからね!」
ヒスイは一通り楽しそうに笑ったあと、不意に真面目な顔になる。それだけで、ピンと空気が張り詰めた。
カグヤも額を擦りながら、気持ちを引き締める。
「さて、冗談はこれくらいにして⋯⋯データは読んだか?」
「うん、でもあんまり役に立つ情報はなかったよ」
「だろうな、今回上の連中も詳しい情報を掴めていないらしい」
ヒスイは肩をすくめ、視線を世界樹へ向ける。
その仕草は、まるで古い知り合いでも眺めるかのようだった。
TRUSTに入ったとき、体の成長が止まる。つまり幼い見た目で古参だったり、年配で新人だったりするのだ。
ヒスイは、カグヤよりも長くTRUSTに所属している。上層部にも知り合いが多い。そのため、情報通で色々と知っている。
「おに────キリュウさんが、わざわざわたしを指定したんだよね」
「鬼、な。あの人ホントに地獄耳だから、あまり使うなよ」
鬼と言いかけて何食わぬ顔で訂正したが、やはり誤魔化せなかった。ヒスイが苦笑を浮かべている。
キリュウは、カグヤたちの上司。
地獄耳で小さな噂話でも知っているため、どこかに盗聴器でも仕掛けられているのではないかと疑ったことさえある。
「──分かってるよ」
「お前を指名したのはキリュウさんだ。今回は人気の高い円卓の騎士だからな」
有名な物語には、人を惹きつける魅力がある。
それは登場する人物だったり様々だが、要は人の心に訴えるものがあるということ。
「わたしは物語を壊さないって」
「俺もそう思う」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯でも、わたしだって理不尽だって思うことはいっぱいあったよ」
視線が落ちる。
カグヤだって、これまで任務で関わった物語に何も感じなかった訳ではない。監史者の理念に疑問を持っていない訳でもない。
「それでも、お前は物語が壊れることをしないよ」
ヒスイの言葉に、カグヤは視線を上げる。
思いのほか近くにあるヒスイの目は、優しげに細められている。
ポンポンと、頭を撫でられた。
子供扱いだと、普段なら振りほどくのに、何故か出来なかった。
暫く頭を撫でていたヒスイは、最後に頭をクシャッと撫で回すと、明るい声を上げた。
「──さて、仕事に戻るか」
「⋯⋯⋯⋯うん。────多分だけど敵の狙いは、ランスロットのような気がするんだ」
カグヤがそう切り出すと、ヒスイは一瞬だけ瞬きをした。
驚いた様子はない。ただ、フッと表情を緩める。
「さすがだな」
「ただの勘だけどね」
「おまえの勘は良く当たるからな」
ヒスイはそう言って、手首に装着した端末を操作する。
空中投影された簡易データには、円卓の騎士たちの名前がズラリと並んでいた。その中でやはりランスロットだけが、どこか強調されている。
「侵入者の目的は特定されていない。だが情報から判断すると、狙いは物語全体ではないと思う」
「──ランスロット個人?」
「今は何とも言えないな。⋯⋯人ってというよりは──“選ばなかった未来”を狙っているのかもな」
ヒスイの言葉は、いつも通り冷静だ。
そこにはなんの感情も含まれない。淡々と事実を述べる。
「選ばなかった、未来」
「ランスロットには、多くの選択肢があった。忠義、友情、愛情──どれを取っても、間違えたわけじゃない。ただ────」
「⋯⋯」
ヒスイが言葉を切った先に何を言うつもりなのか、カグヤは知っている。
────物語が、それを許さなかった。
物語は、時に残酷だ。
だが悲劇であればある程、人々は勝手に感情移入する。自分の境遇や過去の過ちなどと重ね合わせて。
用意された“破滅”は、正しいのだろうか…。
何度も自問自答した言葉が頭を過ぎる。
────ザワッ。
不意に風が強く吹いた。
カグヤは思わず、世界樹の方へ視線を向けた。
枝葉の向こうで、風がざわめいている。
「改変は⋯⋯“救い”なの、かな?」
「違うな」
即答だった。
ヒスイはこう続ける。
「改変は救済じゃない。⋯⋯少なくとも、俺はそう思う」
侵入者の過去に何があったのかは知らないが、それを勝手に押しつけることは間違っている。
歴史を改変しようとする者たちは、自分が正しいと思い込む。
「⋯⋯うん」
ヒスイは一度、世界樹を仰ぎ見る。
それからゆっくりと振り向き、世界樹を背にして、はっきりと告げる。
「改変は、物語の崩壊を意味する」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから、変えてはいけないんだ」
決められたルールには、必ず理由がある。
それを理解しなければいけない。
沈黙が落ちた。
巨大な根が盛り上がり幾重にも重なっている隙間を縫うように風が抜ける。その音だけが、二人の間を通り過ぎていく。
「──それをさせないために、監史者がいるんだもんね」
カグヤは軽く肩を回し、風に乱された外套の長い裾を正す。
先程までの迷いはもうない。仕事は仕事だ。自分のやるべき事は理解している。
「──侵入者の痕跡は?」
「おおよその予想は出来ている。次の接触地点は──物語が大きく動き始める少し前だ」
ヒスイが端末を操作すると、空中投影されていたデータが変わった。簡略化されたマップ。そこに『観測ポイント』の赤い印が一つ。カグヤはザウルスに座標を共有する。
「そこに、ランスロットも?」
「あぁ、まだ騎士だった頃のな」
「⋯⋯了解。じゃあ、行こうか。騎士の中の騎士と言われた男に会いに」
ヒスイは何も答えず、ただ静かに頷いた。
「ザウルス、“転移門起動”」
〈転移門の起動コードを入力〉
カグヤの声に同調し、ザウルスの画面にコードが入力されていく。
それと同時に、カグヤとヒスイを取り囲むように複雑な紋様の魔法陣が形成された。
「“発動”」
カグヤの声を合図に魔法陣から眩い光が溢れ、二人を包み込む。
光が弾けた。
次の瞬間、二人の姿は消えていた。
世界樹だけが、何事もなかったかのように静かに枝葉を揺らしている。
その存在感を誇示しながら────。
次でやっと円卓の世界に入ります!




