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永遠の翼 〜変えられない運命に、祝福を〜  作者: 咲良 柚葉


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第一話:日常と非日常の狭間

泡風呂から立ちのぼるシャボンの香りが、ふわりと鼻先をくすぐる。

お気に入りの入浴剤を入れた湯に身を沈め、音楽をかける。

それが仕事終わりのカグヤの日課だった。

リフレッシュも兼ねて、リセットするのだ。色々な事を────。


今日流しているのは、誰もが知るクラシックの名曲。

はるか昔に作られた曲だというのに、今も変わらず多くの人から愛され続けている。そんな悠久の旋律に耳を傾けながら、瞳を閉じてささやかな幸福のひとときを味わっていた。


“ピピッ”


極楽気分を容赦なく引き裂くように、小さな音がバスルームに響いた。

仕事の呼び出しだ。

いつ入るか分からない仕事ではあるが、よりによって今でなくてもいいのに──そう思うのは、もう何度目だろう。


「今日こそは邪魔が入らないと思ったのに────」


カグヤは眉を寄せ、拗ねたように唇を尖らせる。

毎度絶妙なタイミングで大切な時間を粉砕していくこの呼び出し音には正直、ほんの少しだけイラッとする。

いっそ知らぬふりをして無視してしまおうか──と、半ば本気で考えたこともあるが、結局一度として実行に移せた試しはない。初めから、出ないという選択肢はないのだ。


一度大きく深呼吸してから、右耳につけたピアスにそっと触れる。少し触れるだけで相手の声が聞こえてきた。

相変わらず凄い技術だと感心する。腹立たしいほどに。


『出るのが遅かったな』

「そうですか?」

『──無視しようとか考えたか?」

「────⋯⋯まさか、しませんよ。そんなこと⋯⋯」


いつもながら絶妙に鋭い指摘に、内心では焦りつつもその動揺を悟られるようなヘマはしない。決して。

 

“一瞬、頭をよぎりました” なんてバレた日には、どんな処罰が下されるか⋯⋯考えたくもない。


『ならいい、仕事だ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯わたし、さっき仕事終わらせましたけど?」

『そうだったか?』

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


知ってるだろ! というツッコミはもちろん入れられず、無言の圧力をかけてみる。正直あまり意味はないのだが、カグヤの精一杯の抵抗だ。


『────悪いな、お前にしか頼めない案件でな』


意味があった。

驚き過ぎて変な声が出そうになるのを辛うじて耐える。


「⋯⋯⋯他にも優秀な者はいますよ」

『────あぁ、そうだな』


珍しく歯切れが悪い。

常ならば、鬼とあだ名されるほどの強引さで任務を押し付けてくるのに。


「⋯⋯そんなに難しい場所なんですか?」

『ファンが多いからな』

「⋯ファン?」

『今度の任務地は“円卓の騎士”と呼ばれる者たちがいる』

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

円卓の騎士。


それは誰もが知る、英雄と裏切りが交差する物語。

カグヤも、もちろん知っている。たしかに根強いファンが多い作品で、数多くのゲームなどにもその中に登場する人物や武器が使われるほどだ。


『他の奴は、多分助けたくなっちまうと思うからな』


今日捕まえた男のように────。

あの男は、自分が好きな物語の主人公を助けるために、止めようとした仲間を殺害した。


監史者かんししゃは、物語を正しく終わらせることが仕事。

正史を改変してはいけない。

それがどんなに悲しい結末で、納得いかないとしても。


「⋯⋯わたしも、なるかもしれませんよ?」


この仕事をしていれば、必ず直面する問題。

カグヤ自身も何度かそんな場面に遭遇し、納得のいかない思いを飲み込んできた。

まだ改変していないだけだ。今はまだ────。


『お前は⋯⋯物語を壊すようなことはしないよ』


その言葉に込められているのは、はたして信頼だけだろうか。

たぶん、お前はなるなよ、という無言の圧力。


「正史変革者、ですか」


正史変革者とは、その名の通り正史を良しとせず、より良く変えようとする者の総称。

そういう者は、ある一定数存在する。


カグヤのような監史者が所属するTRUSTトラストは、そういう変革者を捕まえるのも仕事の一部。


『⋯⋯詳しい情報は送っておいた。後で確認してくれ』

「はい」

『──それと、前回の任務の報告書は早急に提出しろよ。⋯⋯以上だ』

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯承知しました」


覚えているではないか。

やはり、鬼だ⋯⋯そんなことを思いながら、カグヤは了承の返事を返す。


『準備が整い次第出発してくれ。────頼んだぞ、カグヤ』


ぶつり、と通信が切れる。

バスルームに再び静けさが戻り、ピアノの音色だけが淡々と流れ続けている。


カグヤはひとつ深く息を吐き、気持ちを切り替えるようにゆっくり立ち上がった。

泡の残るバスタブから出てシャワーの蛇口をひねると、如雨露のような散水口から少し熱めのお湯が勢いよく噴き出し、身体にまとわりついた泡をさらっていく。


しばらく無言のまま、頭から静かにシャワーを浴び続けた。

前髪が水の重みに負けて頬に張りついてくるのを指でかき上げ、シャワーを止める。


バスルームに反響していた水音がすっと消えると、ピアノ曲だけが優しく空間を満たした。


────このバスルームから出れば、日常は終わりを告げる。


しばらく味わえなくなるであろう平穏に、ほんの少しでも浸っていたかった。

これから赴く世界に思いを馳せながら、カグヤはそっと瞳を閉じる。


 

続き書けました。

楽しんでもらえると嬉しいです。

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