魔物収集家ペトロフ
そのニュースがペトロフのもとに届くまで、そう時間はかからなかった。
“魔物少女。角の生えた16歳”
今朝の朝刊。トップを飾る記事。魔物収集家であるペトロフはタイトルを眺めて、記事を食い入るように読んだ。行きつけのカフェで優雅な朝食を楽しんでいたところだったが、食欲さえ忘れて、飲まれることのなかったホットミルクはむなしく湯気を立てた。
「こうしちゃいられない。よっし。いこう」
新聞をたたみ、リュックを背負う。行先はもちろん魔物少女の住んでいる町だ。
この世界には迷宮がある。その中には魔物という動物が生息しており、彼らの素材は地上で重宝される。耐熱性の皮だったり、ダイヤモンドよりも硬い角だったり。万物を治す血液だったり。そんなおとぎ話のような品物、と揶揄されるようなものだって、迷宮には存在する。そうして迷宮に潜り、魔物の素材を集めてくるものは総じて冒険者、と呼ばれる。しかしながら冒険者にならず、魔物の品だけを集めて世界を旅するものがいる。変わり者と世間から後ろ指を刺されようとも構わない。彼らは自分のための道を行く。それが魔物収集家。ペトロフの職業だ。
◇
フィフスの街から汽車で2時間。車窓を流れる蒸気を見るともなく見ていたら目的地についていた。
ハルハの街。ここ一年で急速な発展を遂げた街だ。交通の要所でもなく、首都でもない、その上年中雪が降っているこの街が栄えているのはひとえに迷宮のおかげといっていい。ちょうど一年前に発見されたハルハ第二迷宮は帝国の保有するどの迷宮より品質の良い素材が取れる。それも比較的浅い階層で、だ。冒険者たちはこぞって移住し、素材を運ぶ商人たちは、王都との行き来をするついでに物資の流通網を確保した。外貨を次々に獲得したハルハの街が大きく成長するのは自然なことだった。
「えぇと、シナ地区の、25番…。ここか」
ペトロフの前に現れたのは屋敷だ。それも相当大きな。全体像を一目でとらえるのがペトロフにとって難しいほどだ。見ているこっちが圧迫感を覚える木々の数々。門の隙間から覗く噴水は庭面積の広さを象徴するかのように水をまき上げていた。
その庭に、一人の少女がいた。木陰に隠れるようにして、ひっそりと本を読んでいる。彼女の側頭部にはちょんと小鬼のような角が姿を現していた。間違いない。魔物少女だ。
「おーい、おーい。開けてくれ」
ペトロフは門をがんがんと叩いた。少女はその音でこちらに気が付いたようだ。そうしてまた、門番を任されている兵士もペトロフという不審者に気が付いた。
「おい、お前何をしている」
「何って、魔物少女を拝みに来たんだ。レアな話は逃さない、魔物収集家ペトロフとは俺の事さ」
ペトロフがそう言うと兵士の額に青筋が一本走った。
「貴様のような部外者が口を突っ込むからお嬢様は外出できないのだ。去れ!」
どすのきいた声だ。だがこの程度であきらめるペトロフではない。はるばる二時間も汽車に揺られたのだ。こんなところであきらめてたまるものか。
「そこを何とか頼むよ。ほら兵士君。これはなかなかレアな魔物の角なんだけどね。売ればまぁ、金貨二枚はくだらない。どうだい。これと交換で門を開けてくれないか」
「賄賂など受け取るか。さっさと消えろ」
ちっ、ガードが堅い。それなら夜にうまくやれば侵入できるか。まったく法律は犯したくないのにな。なんて考えていた。
「兵士さん。このひと入れてあげて」
可憐な声。みると少女が門までやってきていた。
「え? いや、しかし」
「入れてあげて。命令よ」
兵士は何か言いたげだったがそれ以上は何も言わず、頭を下げた。
重々しい鉄の門が開いて、ペトロフは中に入ることができた。兵士はペトロフのことを鬼のような形相でにらんでいたが、気にしないことにした。
◇
すこし歩くと、映画でしか見たことのない庭園が広がっていた。バラの迷路だ。その中に白っぽい椅子と、机があって、なんとも優美な感じだ。ペトロフはもうこの先こんな場所に通されることはないだろうな、と思いつつあたりをしげしげと眺めた。
「座って」
少女の命令を受けて、ペトロフはまずリュックを下ろす。そうしないことには座れないほどリュックは大きく膨れている。中身は勿論、魔物の素材だ。
「あなた、魔物収集家なんですって?」
「あぁ、珍しい魔物が出りゃどこでもすっとんでいく。魔物収集家ペトロフとは俺の事さ」
定番の自己紹介はあまり刺さらず。南の地方では結構受けたんだけどな。と多少ショックを受けるペトロフ。
でもそんなペトロフのことを気にもせずに、少女は顔を伏せた。それから何か決心したようにばっと体を起こす。
「ねぇ、お願い。私を迷宮に連れてって!」
少女は両の手をぎゅっと握りこんで上目づかいにペトロフを眺める。その瞳にはきらめく水、もとい涙が溜まっているように見えた。
「まてまて、話が読めない。一度落ち着いて。それから話してくれ」
少女は言われた通り深呼吸をする。そうして周りに人がいないことを確認してまた話を始める。
「私の中にいる魔物がずっと迷宮に行きたがってる。その思いが日を追うごとに強くなっていって、どうしようもないの。同じ体にいるからこの子の気持ちが分かる。だから迷宮に連れて行ってほしいの。私はこの子と一緒に迷宮で暮らしたい」
「なるほど。だがそれなら冒険者に頼めばいいだろう? 彼らは迷宮のエキスパートだ」
少なくとも迷宮に潜れない、つまり迷宮のライセンスを持たない俺よりは。ペトロフは心の中で付け加えた。
「ダメ。中にいる子が怖がるから、私も何度か冒険者さんを呼んだのだけど、すっごく怖くて顔も見れなかった」
話が見えてきた。迷宮に入りたいが冒険者は怖い。そこでたまたまやってきた魔物収集家に目を付けたというわけだ。
「だから俺に頼んだと」
こくり、と少女は頷く。
「ダメだ」
ペトロフは淀みなく、はっきりと言い切る。
「理由は二つ。まず一つ目。ライセンスなしで迷宮にはいれば冒険者協会から追われることになる。あいつらは腹をすかせたイヌよりもしつこい。だから敵に回したくない。そうして二つ目。依頼をするなら報酬を提示しな。話はそれからだ」
「おっ、お金ならいくらでも」
「おいおい、俺は魔物収集家だぜ。金じゃ動かない。それじゃぁな」
ペトロフは唖然とする少女を後ろに屋敷を出た。兵士はまたこちらをにらんだが、はいはい、何もしてませんよといった顔で通り抜けた。
◇
もう夕暮れが迫ってきていたので今夜は泊まることにした。大通り沿いの高そうな宿屋はさけて、裏路地の奥まったところにある宿に入った。
「げ、一泊銀貨50枚…。ちと高すぎやしないか」
ペトロフは財布の中が心配になった。明日汽車で移動するだけの金は残るだろうか。
「そうでもないさ。第二迷宮が見つかってからすごいインフレが起きたからね。第一迷宮だけの時はこんなに高くはなかったんだけど」
女将は遠い昔を見るような目で言った。
「その話聞かせてくれ」
迷宮の話とあってはペトロフの血がざわざわと騒ぐ。職業病、もとい猛烈な熱量によるものだ。
「あんた、いったいなんなんだい。冒険者ってわけじゃなさそうだけど」
「魔物収集家ペトロフ。酒よりも迷宮と魔物の話を好む男だ」
ペトロフはどーん、と胸を張る。女将はなんだかあきれたような顔だった。
「大した話じゃないよ」
女将はため息を一つ、ついた。
「もともと第一迷宮だけの時はこの街は小さくていい街だった。そりゃ不便することもあったけど。自然が豊かできれいな街だったよ。迷宮も誰でも入れてね。あんまり強い魔物も出ないもんだから一階層は人と魔物が共存する平和な場所だった。だけれど、第二迷宮が見つかって変わっちまった。冒険者協会が乗り込んできて勝手に迷宮にはいれなくなった。冒険者もたくさんやってきて、第二迷宮だけじゃなく、第一迷宮も探索し始めた。なじみの冒険者は嘆いてたよ。俺たちの迷宮が荒らされてるって。1年とたたないうちに、第一迷宮は枯れちまった。魔物も植物もベリーも人さえもいなくなっちまったんだ……。第二迷宮が見つかって得たものもあったけど、失ったもの多かった。そういう話さ。旅人さんも気をつけなよ」
ペトロフは礼を言って部屋に入った。銀貨50枚はらったとは思えないほど質素な部屋だったが文句は言うまい。いい話が聞けた。それに魔物少女とも話が出来た。これだけでも銀貨を50枚支払う価値はあったというものだ。
明日はどこへ行こうか。ペトロフはベットに身をゆだねて考えた。次第に眠気がやってきて、窓ががたがたと震え始める。
窓ががたがたと震え始める?
ペトロフは飛び上がって、息を整え、窓をゆっくりと開けた。外の屋根にしがみつくようにしていたのは今日あった魔物少女だった。
「ごめんなさい。来ちゃった」
「てめ…。なんで」
ペトロフが荒げようとした口を少女が抑える。
「お嬢さまー‼ どちらですか!」
門の前にいた兵士の声だった。
「お前はあちらを探せ。俺はこのあたりを探す」
それも何人も兵士を連れている様だった。ばたばたという大勢の足音が路地裏に響いていた。
◇
ペトロフはとりあえず少女を部屋に入れた。
「迷宮に連れて行って。お願い」
少女は哀願して目をつむる。両の手はやはり、ぎゅうと握られていた。
「ダメだ。お前は家に連れ戻す」
「今いったらあなたは疑われるわよ。私の家は結構有名だからそれなりに発言力もある。家にかえって私は言うの。この人にさらわれた。昼に脅されて、しかたがなかったの。ってね。分かった? さ、迷宮に連れてって」
先ほどの態度とは裏腹に泣きそうな顔はすん、と元に戻っていた。
「畜生。いいとこのお嬢様だと思ったらとんだ化けの皮だぜ」
「報酬は用意してある。だから早く」
「ちぃ、分かったよこうなりゃやけだ」
ペトロフは手持ちの布で少女の角を隠す。人目に付けばまず間違いなく通報されるからだ。ペトロフと少女はリュックを背負って窓から飛び出した。宿の料金は前もって支払っているから問題ない。そこだけが救いだった。
◇
ペトロフと少女は明るいところは避けて、暗く細い道を選んだ。街の喧騒が遠くなって夜の静けさがやってきた。
「おい、迷宮はあっちだろう?」
ペトロフは第二迷宮の方角を指さした。だが少女は首を振る。
「こっちにある迷宮がいいの」
街はどんどんと遠くなり、やがて一つの野暮ったい穴の前に辿りついた。古びて朽ちかけた木の看板にはハルハ迷宮とあった。つまりここが第一ハルハ迷宮という事だ。
迷宮の見張りは兵士一人だった。それもそのはず。この迷宮は枯れているのだ。うまみのない迷宮に潜る冒険者はいない。
ペトロフは少女に待っているよう指示し、兵士に話しかけた。
「よう、兄ちゃん。いい日和だな」
「お、おいなんだ。迷宮はライセンスがないと。た、立ち入り禁止だぞ」
兵士は槍をむけるがペトロフは気にせず近づく。そうして耳元まで顔を寄せて。
「これはなかなかレアな魔物の角なんだけどね。まぁ売れば、金貨二枚はくだらない。どうだい。君はすこしの間目をつぶってるだけでいいんだ」
………。
少し後で。ペトロフと少女は迷宮の中にいた。
「話の分かるやつで助かったぜ」
ペトロフはガッツポーズを決めた。
「あの角本当に金貨2枚の価値があるの?」
「もちろん、ここからずっと東の小国じゃ金貨2枚だ。ま、こっちの国との為替レートは大体金貨一枚で銀貨二枚ってとこかな」
「可哀そうな兵士さん」
「いいの、いいの。あいつら無駄に高給取りだから。一度ぐらいだましたって鉢はあたらねぇよ」
それにしても。
迷宮のなかは酷いありさまだった。かつて青々と葉を茂らせていた木々の数々はかれて、腐り落ちていた。洞窟を明るく照らすベリーのシダもつるだけが伸びて、ベリーは小さく、未熟なものがぽつぽつと光るばかりだ。動物の骨がこびりついた臭気を放ち、それが乱雑に積み上げられている。迷宮というよりも、戦場跡といった方が正しい形容になるのかもしれない。
ペトロフは心が痛んだ。なるほど。これは酷い。宿屋の女将から聞いた美しい迷宮はもうどこにもなくなってしまったのだ。
少女は朽ちた迷宮をじっと見つめていた。何をするでもなくただじっと見つめていた。そのうちに彼女の頬に一筋の涙が垂れた。少女はおちてきた“それ”を袖で拭って、鼻をすすり、ペトロフに向き合った。
「報酬の話だったわね」
少女は角をつかんでぽきっとおった。まるで小枝でも折るように。そうしてその角をペトロフに渡した。
「魔物さんが、あなたにならあげていいって。よかったわね」
角は一部が緑に変色していた。宝石を思わせるような、きらめきだった。
手渡されて、その角の重量感に驚く。先ほどぽきりと折ったとは思えないぐらいしっかりした角だ。
「それとこれは私から」
少女はふらりとペトロフによって、その頬に口づけをした。
「もし、あなたがまたここに来ることがあったら。今よりうんときれいな迷宮を見せてあげる。その時までにあなたもライセンスを取っておいてね」
彼女はすこし微笑んでじゃぁ、と言って迷宮の暗闇の中へと消えていった。
◇
一年後。
ペトロフは相も変わらずお気に入りのテラスで朝刊を読んでいた。一面はくだらない政治の記事がとっていた。それだけで読むのをやめたくなったが、かろうじて端の方に迷宮に関する記事があった。
ハルハ第一迷宮、角の折れた魔物により捜索を断念。冒険者協会はこの迷宮をハルハ地方に一任。
「まったく、早いぜ。まだライセンスとれてねぇっての」
あのときの少女の顔が脳裏にうかぶ。
今年は、も少し頑張って試験を受けてみるか。いや冒険者協会の管轄じゃないからライセンスはいらないのか…。でも、あそこへ行くのはライセンスをとってからだな。ペトロフはホットミルクを飲み干した。




