間違い続けた者
ホラーにするか迷いましたが、話の本質的にヒューマンドラマかなと判断しました。
留置所の面会室。
被疑者側に、白髪交じりの男が座っていた。
昔の仕事柄か、背筋はまだ真っ直ぐなままだ。
けれど、どうにも落ち着かない。
透明な板越しにある向かいの椅子に、背広姿の若い男が腰を下ろした。
七三分けの頭に眼鏡、どこかの役人のような印象だ。
しかし、その仕事は公務員ではない。
呪いや憑き物を祓うことを生業とする、拝み屋である。
「……金はいくらでも出す」
「結構です」
男の言葉に、拝み屋は即答だった。
「話も聞かずにか?」
「もう聞いてますよ。資料にも目を通しました。校長先生。いじめの隠蔽と黙認。保護者の抗議も適当にあしらい、加害者の人権を優先した。その結果、被害者の生徒はより陰湿なイジメを繰り返されて、自ら命を絶った」
「ウチの学校に、イジメはなかった! 被害者も加害者も存在しなかったんだ!」
校長の言葉に、拝み屋は少し驚き、そして目を細めた。
「……本気で言ってます?」
「何がだ」
分からない。
そんな校長に小さくため息を吐き、拝み屋は話を続けた。
「ちょっとした諍いでしたっけ。見えなければ存在しない。ちょっとウチの仕事にも通じますね。だから葬儀に出席し、そこで遺族――亡くなったお子さんの両親に対して『気の毒なことになった。学校としてはやれることをした』なんて言ったモノだから、呪いを受けた。『お前達も、お前達の家族もみんな不幸になれ。お前達がどれだけ謝ろうと、絶対に許さない。死んでもだ』と」
「そうだ……」
「貴方は本気にしなかったが、そこから身内に事故が頻発した」
「事故じゃない!」
男――校長は机を叩いた。
「孫はちゃんと信号を守っていた! そこに、運転席が無人のダンプカーが突っ込んできて……そして、息子夫婦は白昼堂々、通り魔だ! 妻は精神を病み……」
言葉がそれ以上、続かない。
自分だけではない。
校内の『ちょっとした諍い』に関わった少年達、その保護者も軒並み、何らかの不幸に見舞われている。
「で、怖くなって、改めて謝りに行った」
「……ああ」
拝み屋の言葉に、校長は頷いた。
「でも、許されることはなかった。いや、正確には許される道は一応記された」
「だが! それは……!」
「まあ、『子どもを生き返らせろ』は無理ですよねえ」
拝み屋は苦笑いを浮かべた。
「……できる訳がない」
校長の言葉は、尻すぼみになっていく。
そう、そんなことは不可能だ。
そんな彼に、遺族はこう言った。
「だから言っただろう。『どれだけ謝ろうと、絶対に許さない』と」
拝み屋の指が、机を軽く叩く。
「どれだけ頼んでも許してくれず、呪いを続けるという理不尽を続ける彼らを殺した動機がそれですね」
「それは違う!」
校長は身を乗り出した。
「私はただ、呪いを止めたかったんだ!」
「相手の息の根を止めて?」
拝み屋が首を傾げた。
自殺した子どもの両親、二人を用意していた包丁で殺害。
それが校長の罪だった。
彼の視線を直視できず、校長は視線を逸らした。
「……あのままでは、全員死ぬと思ったんだ。殺せば、止まると思ったんだ」
「でしょうねぇ」
拝み屋はあっさり言った。
「でも、これで完全に詰みました」
その言葉に、校長は仰天した。
「どういう意味だ!? アンタ、呪いを祓う拝み屋だろう!? その為に呼んだんだぞ!」
「ええ、私の仕事は、呪った相手と話をすることです」
拝み屋は指を一本立てる。
「呪いの元と交渉をする。条件を突き合わせて、落とし所を探す。それが私の仕事です」
「そうだ! それをやれと言っている!」
「だからできないんですって」
「何故だ!」
「そりゃ相手が死んでるからですよ」
間。
「……は?」
校長の言葉が続かない。
いや、そう、相手は死んだ。
彼が殺した。
それは事実だ。
けれど、呪いが止まらない。
だから、拝み屋を呼んだのだ。
なのにできないとは、どういうことなのか。
相手が死んだから、どうだというのか。
「相手が生きてたら、交渉できますよ?」
拝み屋は椅子にもたれた。
「でも、その相手を殺しちゃったんでしょう? だから貴方は留置所にいる訳ですが」
「それをどうにかするのが、アンタの仕事だろう!」
声が割れた。
何なら、この目の前の透明な板も割れればいいのに。
「いいえ」
拝み屋は即座に返した。
「交渉とは、相手が存在している場合の話です」
小さく息を吐く。
「死んでいる相手と、どう交渉しろと?」
「……いや、それは!」
拝み屋がどうにかする話ではないのか。
しかし、そんな校長の心を読んだかのように、拝み屋は首を振った。
「前提条件が違うんです。貴方は勘違いしている。それは、私の仕事じゃないんです。貴方に呪いを掛けた相手と交渉し、呪いを解いてもらうのが私の仕事です。交渉するには、相手には生きていてもらわなければ、正に話にならない。大体、死んだ相手と交渉できるんだったら、貴方は亡くなった生徒に誠心誠意詫びればよかったんじゃないです?」
「それができれば!」
「でも、そもそも何が悪いのか分からないまま謝っても、相手に伝わらないでしょうけど。……話が逸れました。呪いとは感情です。そして、その感情を繋ぐ関係です。今回の件は、これが未決済のまま残った約束なんです。だから呪いだけが残った」
「だから、その呪いを断ち切る為に殺したんだ!」
「そこが問題というか、失敗でした」
拝み屋は目を細めた。
「謝って、拒否されて、条件を出されて、それを呑めなくて、勝手な解釈で片付けてしまった」
言われ、校長は机に突っ伏した。
「……どうすればよかった」
これに、拝み屋は即答した。
「言っても今更ですけど、まず最初に、イジメを隠さなければよかったんです。上から目線、他人ごとだから好き放題に言わせてもらうと、被害者に寄り添うことがなかった。加害者側に与した。被害者が卒業まで我慢すれば、泣き寝入りすれば、或いは自分が学校を去るまで耐えてくれればと考えた。他にも色々出てきますけど、この辺にしておきますね。えらそうに言えるような立派な人生歩んでないんで、言えば言うほど恥ずかしくなってきます。何にしてもこういう状況になってしまった以上、私に言えるのはもう一つだけ。手遅れです。貴方を呪った本人が死んじゃいましたからね」
校長は顔を上げた。
「つまり私は……私も、妻も、近い内に……」
自然と声が震える。
「お気の毒ですが、そういうことになります」
拝み屋は両手を合わせ、校長に一礼した。




