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2-1白い結婚

実家に帰った日の翌日にはもう、ミーナとギルバートが婚約して、卒業後に結婚する、という話をクラス中の女子生徒が知っていた。

ミーナは自分に刺さる好奇の視線に居づらくなる。この様子だと、お昼時には校内中にこの話が知れ渡るだろうとミーナは覚悟した。

ギルバートが有名人だということは常々感じていたけれど、ここまでとは、とミーナは恐れ入るしかなかった。


新しい休み時間がはじまるたびに、ミーナを見に来る生徒の数が増えてきた。ミーナは、なるべく視線を感じないように俯く。

こんな自分が婚約者だなんて恥ずかしい、という気持ちが湧き上がる。ガーベラのことを信じていた日までは、周りから笑われても特に気にせずにいられたのに、その支えを失ってミーナは、自分自身のことが嫌いで、そして、許せなくなっていた。


「…ねえ」


突然声をかけられて、ミーナははっとして顔を上げた。そこには、冷たい目をしたガーベラが立っていた。

ミーナは、彼女を前にしてなんとか笑顔を作る。あの日から、ミーナはガーベラを避けるようにしていたし、ガーベラもミーナと関わろうとはしなくなった。

そんな中、急に不機嫌そうなガーベラに話しかけられて、ミーナは困惑した。


「あの、何かしら…」

「…ギルバートと婚約したって本当?」


その話か…、と内心気が重くなりながらも、苦笑いで、ええ、と頷いた。ガーベラは眉をぴくっとさせたあと、へえ、と笑った。


「幼馴染同士だったわよね、あなたたちって」

「ええ、まあ…。その縁でお互いの両親が…ね」

「ふーん、ギルバートってアイリーンが好きだって聞いてたけど、それがあんたと結婚することになるなんて、ねえ。親が決めたこととは、なんだかねえ」


含みのあるガーベラの言い方に、彼女の言わんとすることをなんとなく察して、ミーナは固まる。しかし、どうすることもできず、ミーナは自虐的に笑うしかなかった。


「ほ、本当よね、な、なんだか気の毒…よね」

「あら、あなたにそういう自覚あったんだ」


ガーベラが目を丸くして大げさに驚く。そんなガーベラの様子に、くすくすと、彼女といつも一緒にいる女子生徒たちが笑う。

ミーナはガーベラと彼女たちを恐る恐る見て、これまでと違う、自分を嘲笑する態度の彼女たちに震える。ミーナはなんとなくだけれども自分が、彼女たちにとって表面的には仲良くする相手から、嘲笑しても構わない存在に成り下がったことを察する。

そんな情けない立場に置かれているのに、ミーナは彼女たちに反射的に笑顔を返した。笑わなくてはいけない、この場の空気を壊したくない、馬鹿な自分のせいで。そんな思いからつい癖のようにミーナは笑顔を作り上げてしまう。


ガーベラはへらへら笑うミーナを一瞥すると、ミーナの癖のある髪に自身の指を絡めた。ミーナは笑顔のまま硬直する。ガーベラはミーナの耳元に唇を寄せる。


「身の程をちゃんとわきまえておきなさいね、豚」


ガーベラは雑に指に絡めた髪を払うと、くすくす笑う女子生徒の輪のなかに戻っていった。ミーナは作りたてた笑顔のまましばらく動けずにいた。








ランチタイムになり、ミーナはすぐに教室から出た。そして、人気のない中庭に逃げ込むと、ベンチに腰を下ろした。そして、ぼんやりと空を見上げた。


ガーベラ事件があってから、ミーナは食事を減らしていた。ランチはあの日から一度も取っていない。この能天気な性格を直すのは時間がかかりそうだから、せめて体型だけでももう少し普通くらいにしようと思ったのである。

ギルバートの婚約者になってからは、少しでも悪目立ちしないように、さらに食べる量を減らした。それでも減らない二の腕や頬の肉に、ミーナはひどく嫌気が差す。ミーナはため息を繰り返す。


「(…ギルバートの婚約者になってしまったから、ガーベラの逆鱗に触れたのかしら…)」


ミーナはさっきのガーベラを思い出しながら身震いをする。

何もかもが釣り合わない2人が結婚することが彼女にとっては疎ましいのかもしれないけれど、それをミーナに言われても困るのだ。


「(…そうか、これは本来なら喜べる縁談なんだ…)」


ミーナはふもそんなことを思う。ギルバートといえば、家は大きく、本人は頭もいいし顔もいい。さらに自分が長年思い続けていた相手なのだ。願ったり叶ったりの結婚、で、あるはずなのに。


「(…それなのに、なぜこんなにも自分を責めてしまうのか……)」


ミーナは肩を落とす。好きな相手だからこそ、幸せになってほしいものである。

ギルバートには好きな人が他にいて、それなのに別の人と、しかもこんな風に陰で馬鹿にされるような相手と結婚させられることに、ミーナは耐えきれないほどの罪悪感に押しつぶされそうになる。


「ミーナ」


ギルバートの声がして、ミーナは驚きのあまり飛び上がりそうになった。びくびくしながら振り向くと、いつものギルバートがそこにいた。


「あっ、…ギルバート……」


ミーナは目を泳がせながら彼の名前を呼んだ。ギルバートはミーナの前に来ると、まっすぐ彼女を見つめた。その視線に、ミーナは気まずい気持ちで一杯になる。


「昨日、何か俺に言いたかったんじゃないのか」


ギルバートにそう尋ねられて、ミーナははっと息を呑む。

昨日、ミーナはずっと考えていたのだ。どうしたらこの最悪な結婚を少しでも彼にとって良いものに変えられるのかを。

ミーナの出した答えは、白い結婚、だった。

とはいえ、そんなことを安易に提案していいものなのか、ミーナは口籠る。しかし、自分を見つめ続けるギルバートに耐えきれず、とうとうミーナは、あのっ、と口を開いた。


「…あの、私たち、所謂白い結婚、というのにするのはどうでしょうか」


言ったは良いものの、ミーナはギルバートの反応が怖くて彼の方を見られなかった。ギルバートは、白い…?と怪訝そうな顔をした。


「それは、…それは、式の日に着るドレスは白いのがいいという…そういう話か?」


ミーナはそう返したギルバートにきょとんとする。こんなところでわざと冗談を言う人だっただろうか、と困惑しながらも、届け出はするけれど、夫婦として実際に生活をしない結婚です…、と一応説明した。

ギルバートは突然の申し出に硬直している。そんなギルバートを置いてミーナは、もちろん、と続けた。


「こんなことを申し出た以上、あなたを縛るつもりはありません。どうぞ他で恋人なり作っていただいて構いません」


ミーナはそう、真剣にギルバートに提案した。ギルバートは目を丸くして、固まったままミーナを見つめている。


「(……これで、あなたの気持ちまでは縛らないでいられる……)」


それだけが、自分の免罪符だと、そうミーナは確信していた。

ギルバートは長考のあと、いや、と頭を振った。


「結婚すると決まった以上、俺は君を…その、あ、アイ…た、大切にするつもりだ。男に二言はない」


ギルバートはそう言いながら目を泳がせた。狼狽えるギルバートに、ミーナは知っていたとは言え新鮮なショックを受けた。


「(…今、アイリーンって、言いかけた……)」


ミーナは、先ほどギルバートがどもったところを思い返しながら、胸を痛める。

彼が何を言いかけたのかはわからない。アイリーンを忘れてミーナと結婚する、だろうか、それとも咄嗟にアイリーンの名前を呼ぼうとしてしまい、すぐに引っ込めたのか。

正解は分からないけれど、彼のアイリーンへの未練を感じて息苦しくなり、ミーナはギルバートを見ていられずに目を伏せた。

ミーナはそんなギルバートを静かに見つめたあと、そっと目を伏せた。


「…ごめんなさい、私のせいで…」


ミーナはそう、震える声を必死に抑えて、声を絞り出した。

自分のせいで、自分なんかのせいで、という、自責の言葉がいくらでも頭のなかに湧いてきた。ついこの前まではこんな自分ではなかったはずなのに、一体どうしてしまったのか。

嫌味な様子で笑うガーベラが頭によぎって、ミーナは心臓が痛くなる。大好きだったガーベラに裏切られて、彼女の言葉が嘘だったとそうわかったあの日から、ミーナはどんどん自分が嫌いになっていくのだ。


「…昨日から何なんだ。君は一体何に謝罪しているんだ」


ギルバートの質問に、ミーナは震える唇をかみしめた。

ミーナはやっとの思いで、アイリーンが、と呟いた。目にぐっと力を込めて、泣かないように泣かないように、ミーナは自分を必死に律する。


「アイリーンのことが、好きなんでしょう?」

「…は?」


ギルバートは目をまるくして固まった後、それは違う、とため息をつきながら言った。


「周りのただの勘違いだ。信憑性皆無の単なる噂だ」

「噂?」


ミーナは怪訝そうな顔をした。ギルバートは、そうだ噂だ、と念を押す。

しかし、ミーナはさらに表情を険しくする。なぜならば、噂も何も、ギルバート本人の口からアイリーンが好きなのだと、ミーナは聞いたことがあるからである。


あれは数年前、3年生になる前の時だっただろうか、の夏季休暇のとある日だった。


いつものようにミーナの家とギルバートの家で集まって食事会をしていた時、大人たちがお酒で盛り上がりだした頃、ミーナとギルバートは2人で庭で静かに本を読んでいたのだ。

その時、ギルバートがふいに、ミーナに好きな人はいるのかと聞いてきたのだ。


ミーナはギルバートが教室でアイリーンが好きだと言っているのを聞いていたため、とても自分の本心を言うことができず、ギルバートの次に親しくしていた彼の親戚であるオリバーの名前を出した。

そしてミーナは、念のためにギルバートに好きな相手の名前を尋ねた。するとギルバートは、最初はそんなのいないと答えた。ならなぜ自分に聞いてきたのか尋ねると、少しの間の後、アイリーンだ、と答えたのだ。


あの後、本を読むふりをしながら必死に涙をこらえていたのを、ミーナは思い出しながら苦しくなる。


「…でも私、あなたから直接そう聞いたけれど」


ミーナは訝しげにギルバートを見上げた。ギルバートは一瞬困惑したあと、はっと息を呑んだ。そして、目を泳がせながら言葉を探し始めた。

そんな彼を見ながら、どこか客観的にミーナは自分の今の状況をみることができた。

ギルバートは今、自分の心に嘘をつこうとしているのだ。アイリーンを好きな自分を押し込めて、ミーナと結婚が決まった未来を嫌々ながらも歩こうとしている。そのために、今彼は、ミーナに嘘をつこうとしていたのだ。


「(…それなのに私は、そんな彼の気遣いにも気づけずに、彼の嘘の粗探しをしてしまった…)」


彼がただの噂だと言ったときに、なんだそうだったのね、と信じるのが、この結婚に渋々でも向き合おうとしている彼への誠意のある対応だったのかもしれない。


「(…昔から私は鈍かった…。恥ずかしい、本当に情けなくて、みっともない)」


ミーナはそう自分を責める。やっぱり自分は笑われるに値する人間だ。

そんな自分でも、ギルバートのことを好きになってしまったのだ。そんな自分ができることは、彼の本心を受け止めて、そして、見ないふりをすることだ。白い結婚によって。

ミーナはまっすぐにギルバートのほうを見つめた。そして、どこか達観したような笑みを見せた。


「本当に良いの。私、本当に何も気にしないから」


ミーナはそういうと、それじゃあ、と言って、ギルバートの前から逃げるように去った。これでよかったのだ、と何度も繰り返しながら。












そしてその翌日、何も食べずにランチ時を終えて、教室へ戻る途中も、ミーナは周りからの視線を感じた。

自分を見る周りの表情を見るのが怖くてミーナは俯くけれど、頭の中では、今笑われている、馬鹿にされている、という想像ばかりが膨らんで苦しくなる。

こちらを見ながら、友人同士で内緒話をする女子生徒の、くすくすという笑い声が耳に入ると、ミーナはとっさに化粧室に逃げ込んだ。


重いため息をつきながら、ミーナはとりあえず手を洗った。冷たい水で手を濡らしながら、動悸の激しくなっている胸を落ち着かせようとする。

すると、後から化粧室に人が入ってきたのに気がついた。鏡越しに確認すると、ガーベラがいた。ミーナは咄嗟に呼吸が止まる。


「あら、ミーナ」


ガーベラは、かつてのような態度で話しかけてきた。ミーナは一瞬懐かしくて、でもどこか恐ろしくて、張り付けたような笑顔を彼女に見せた。ガーベラはミーナの隣に来ると、耳元に顔を近づけた。


「さっき、ギルバートが教室までアイリーンに会いに来ていたわよ。手を取り合って、親密そうだった」


あの二人いつのまにそうなっていたのかしらね、と笑うと、ガーベラはミーナから離れて鏡の前に立つと、自分の前髪を直し始めた。

ミーナは鏡に映った自分と見つめ合いながら固まる。心の中では深く傷ついているのに、こんなことに傷つくなんて厚かましい、と律してくる自分がいる。心の中にいる自分が、自分に言い聞かせるようにこう唱えた。


「(…身の程をわきまえなさい、豚)」


ミーナは、こんなときでも作り笑顔を浮かべることしかできない情けない自分と向き合って、もういっそ、地面の中に蹲りたいと願ってしまった。








重い足取りで教室へ戻ると、アイリーンが近づいてきた。


「ミーナ、探していたのよ?」


最近何も言わずにお昼はいなくなってしまうし…、とアイリーンは唇を尖らせて拗ねた。

ストレートでさらさらで柔らかそうな綺麗な金髪に、細く長い手足、美しい顔。なぜこんなにも彼女と自分は違うのかミーナは、苦しくて泣きたくなる。

アイリーンのことが大好きなのに、それなのにこんなにも醜い感情を抱いてしまう自分も情けない。

ミーナはなんとか笑顔を浮かべて、ごめんなさい、と謝った。

アイリーンはじっと大きな瞳でミーナを見つめた後、じゃあー、と上目遣いで探るような顔をした。


「放課後、一緒にカフェテリアでお話してくれるなら、ゆるしてあげる」


アイリーンはミーナの服の裾をゆるく引きながら、そう言った。

ミーナは、そんなことでよければ、と微笑む。するとアイリーンは、嬉しそうに花が咲いたような笑顔を見せた。

その笑顔があまりに美しくて眩しくて、ミーナは自分の醜い心が彼女の光に滅せられていくのを感じた。


「(…見た目だけじゃなく、中身まで可愛いなんて…)」


ミーナは人としてアイリーンに惨敗したのを感じて、完全敗北の文字が頭に浮かぶ。

一方のアイリーンは、季節のケーキ、ずっと食べたかったんだあ、と今日の放課後の予定を考えはじめていた。

ミーナは、楽しそうなアイリーンの横顔を見つめながら、…ねえ、とおずおず尋ねた。


「今日のお昼、誰かといたの?」


ミーナは、アイリーンの目を見られずに、床を見つめていた。聞いてしまってから、こんなこと聞かなければよかった、と後悔した。

アイリーンは少しだけ黙った後、だれとも、と答えた。

ミーナは、えっ、と声を漏らしたあと、アイリーンの目を見た。アイリーンは、にこっと微笑んだ。


「なあに、どうして?」


アイリーンは小首をかしげる。ミーナはそんな彼女を見ながら、当然、ギルバートと会っていた、なんて、自分には大っぴらにはしないか、と今更気がつく。


「(…当然よね、言えるわけない。優しいアイリーンなら、私には黙っておいてくれるに決まってる…)」


ミーナは自分の浅はかさにまた自分を嫌いになる。アイリーンはミーナの手を繋ぐと、席につきましょうよ、と呼んだ。ミーナは、え、ええ…、とぎこちなく笑って、席についた。

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