5-2届かない想い
土曜日の夕方頃から、ワイアット家でのパーティーは始まった。
ギルバートはパーティー用の服装に着替えた姿で、パーティーホールでミーナが来るのを待っていた。
すると、ユーリの声がして、ギルバートはその声のほうを見た。手を振るユーリの隣に、ドレスを着たミーナが立っていた。
「うっ……」
遠くから見てもわかるミーナのオーラに、ギルバートは胸を射抜かれ、つい声が漏れた。明らかに周りとは違う輝きをはなっていて、ギルバートは眩しさのあまりまばたきを繰り返す。
ギルバートは一度深呼吸をして、気持ちを落ち着けてからミーナたちの傍に向かった。
ギルバートは、ミーナの前に意を決して立った。彼女の髪はパーティー用にまとめ上げており、いつもより大人っぽい見た目になっていた。化粧もしており、普段とまた雰囲気が違った。
いつも見ている人と同じ人のはずなのに、また違う印象を感じる彼女に、ギルバートは新鮮な気持ちになる。
ミーナは少し目を泳がせた後、ちらりとギルバートを見上げて、そしてすぐ視線をそらした。
「(…だから…っ!だからっ!!なんで可愛いを更新できるんだよ!!なんでなんだよ!!意味がわからん!!)」
ミーナの可愛さに半分キレながら、ギルバートは表面上は普段通りを装う。
「…やあ」
ギルバートはやっとの思いで2文字を発した。これ以上の長文を話せば口元が緩み声が震えると察していたからである。
すると、眉をひそめたユーリがギルバートに意味深な視線を送った。そしてミーナの手を握ると、じゃーん、とギルバートの前では絶対に発しないトーンで話し始めた。
「ドレスアップしたねえさまです」
ユーリはそうにこにこ笑顔で言った後、じろりとギルバートを睨みつけた。もっと言うことがあるだろ、気の利くことくらい言え、というユーリからの無言の圧力をギルバートはひしひしと感じる。
ギルバートは、確かにこの場面で何も言わないのはおかしいと考え直すと、小さく咳払いをした。
「…ああ…」
やっと出てきた言葉はその2文字だけだった。
すると、ユーリからの圧がさらに強くなった。ギルバートはそんなユーリを見つめ返す。
「(わかってるよ、わかってるけど無理。何も言えん。もう言葉が見つからん。この可愛さを形容する適切な表現が見つからない…。というか今長文を発すると、俺の硬派なイメージが崩れる…!)」
ギルバートはそう必死の思いをユーリに念じるが、ユーリには伝わるわけがない。
「(…そもそも、ミーナは別に俺のために綺麗にしてきたわけじゃない…)」
その現実を思い出して、ギルバートはしゅるしゅると興奮する気持ちがしぼみ冷静になった。
「…挨拶に回るぞ」
ギルバートはそうミーナに言うと歩き出した。ミーナは、うん、と言うとギルバートの後ろをついて歩いた。
2人で一緒に、会場に来ていた人たちに挨拶をした。皆から、婚約おめでとう、とか、卒業したらだったね、など話しかけられたので、ギルバートはそれに応対した。ミーナはギルバートの隣でにこにこと笑っていた。
「おめでたいねえ。ミーナ、ギルバートに幸せにしてもらってね」
ミーナの親戚の老婦人がミーナに優しく言った。ミーナは笑顔で、はい、と頷く。そんなミーナをギルバートは見つめる。
「(…幸せに、したい)」
ギルバートは、また別の招待客のところへミーナを連れて向かいながら考える。
「(幸せにしたい、君を、俺が)」
ギルバートは、招待客に挨拶をしながら、ふと、遅れて会場に入ってきたオリバーの姿を見つける。
「(…俺が必ず幸せにする、だから、今日でもう忘れて欲しい)」
招待客への挨拶が済んだとき、ギルバートはこちらへ来るオリバーとナディアの方を見た。そして、ミーナと少し距離を取る。オリバーとナディアはミーナとギルバートのそばへ来ると、久しぶり!と話し始めた。
「綺麗になった」
ミーナがそうオリバーに褒められたのを聞くと、ギルバートはオリバーを見つめるミーナを見られずに、すっとこの輪から離れた。
「(だから今日は、頑張った姿を思う存分見てもらったらいい)」
3人の輪から離れながら、ギルバートは幼いミーナがオリバーに懐く様子を思い出す。ミーナに対してつっけんどんにしかなれない自分が、おおらかで優しいオリバーを何度羨ましく思ったことか。あの時からもう彼女はオリバーが好きだったのだろうか、と考えるほど胸が苦しくなる。
「(今日だけは我慢する。だからオリバーのことを考えるのは今日で最後にして欲しい。君は俺と結婚するのだから、ちゃんと俺の方を見てほしい)」
ギルバートはそんなことを願う。白い結婚なんてする気はないし、ミーナにはちゃんと自分と向き合ってほしい。
それでも、ミーナの心がオリバーにあるのは確かで、だからもどかしい。自分はオリバーではないし、彼にはなれないのだ。今ミーナの努力が報われているのだと思えば喜ばしいけど、でもどこか鬱憤とした気持ちが溜まる。
「ギルバート」
背後からユーリに声をかけられた。ギルバートは、なんだよ、と振り返る。呆れた顔をしたユーリが、ねえさまは、と尋ねる。ギルバートは視線をあの3人の輪に移す。それをみたユーリが、輪に入らないの?と言う。ギルバートは、はあ?と怪訝な顔をした。
「俺は邪魔だろ」
「え、なんで?」
「お前…俺のことは見透かしたくせに、姉のことはわからないのかよ」
ギルバートがそう呆れたようにユーリに言った。ユーリは、えっ…、と固まったあと、3人のほうを見て、そして不機嫌なギルバートの顔を見た。
「えっ…と、…まさか、ねえさまがオリバーを好き…だとか言いたかったりする…の?」
「そうだよ」
ギルバートは忌々しそうに言い捨てる。ユーリは一時停止したあと、えーっと、と頭をかいた。
「それはねえさまが言ってたの?それともギルバートの思い込み?」
「ちゃんと本人の口から聞いた」
「……へ、へー…」
ユーリは少し目を泳がせた後、ふーん…、と何か考えるように呟いた。ギルバートは、小さくため息をつくと、一人になりたいからもう行く、と言ってユーリの前から去った。
一人になりたくても、パーティーの場にいる以上ギルバートはどんどん話しかけられた。それにギルバートはどんどん対応していく。
先ほど話しかけてきた人が去った後、よっ、とオリバーに背中を叩かれた。振り向くと、オリバーとナディアが笑顔でいた。
「おめでとうギルバート!ちいちゃかったお前が結婚かあ〜。いやあめでたい!ほんとうに!!」
そう屈託なく笑って背中をばんばん叩くオリバーに、どうも…、とギルバートは返す。
昔からオリバーはめちゃくちゃいい人なのだ。だから憎めない。だからもどかしい、とギルバートは思う。
すると、にやにやしたナディアが、ねえねえ、とギルバートに話しかけてきた。
「ミーナ、とっても綺麗ね!」
ナディアにそう言われて、ギルバートは複雑な気持ちになりながら、まあ…と返す。すると、なによ照れちゃって!とナディアから背中を叩かれた。
「痛っ!加減を知らないのか?」
「ごめんごめん。結婚おめでとう、本当に!」
ナディアがそう笑う。ギルバートは、ありがとう、とまた微妙な気持ちで返す。そんなギルバートに、ナディアは優しく微笑む。
「よかったわね、好きな人と結婚できて!」
「ぐっ!!」
またナディアに背中を勢いよく叩かれて、ギルバートはむせる。ギルバートは咳き込みながらナディアを見た。
「なっ…なんで…」
「えっ?好きな人と?どういうこと??」
オリバーが混乱する。そんなオリバーを見てナディアがあきれた顔をする。
「なんでわからないのよ、見てたらわかるじゃない!本当に鈍いんだから…」
「ナディアが鋭すぎるんだよ!…ってことは?あっちがそうで、こっちもそうで…ああなってこうなって……ええええ?!」
オリバーが目を丸くして驚いたあと、そして、このやろー!とギルバートに抱きついた。
「なんだお前ら!そうだったのかよ!!このー!羨ましいぞ!!」
ギルバートに抱きついて背中を叩きまくるオリバーに、ギルバートはさらに微妙な気持ちになる。好きな人の好きな人に羨ましいと言われても何も嬉しくない。むしろ皮肉にすら聞こえる。ギルバートは、痛い、痛いから、痛すぎるから、と言ってオリバーから逃れた。
2人の様子を見て笑っていたナディアが、そうそう、と笑い涙をふきながらギルバートを見た。
「まだ先だけどね、子どもが生まれるんだ」
「えっ!」
ギルバートは目を丸くしたあと、体は大丈夫か?とナディアに聞いた。ナディアは、うん、今のところ、と笑った。ギルバートはそんなナディアにつられて微笑んだ。
「おめでとう。体を大事にな」
「うん、ありがとう」
笑顔のナディアに、心からおめでとうと思うけれど、その一方でギルバートはミーナのことを思うと胸が痛んだ。
オリバーとナディアと別れたギルバートは、ふと、会場内にミーナの姿がないことに気がついた。
彼女を探していたら、ギルバートはバルコニーにやってきていた。すると、ユーリの隣で泣いているミーナを見かけて、ギルバートは咄嗟に目を背けてしまった。
「(…そんなに、オリバーのことが…)」
ギルバートはショックで頭が真っ白になった。星空の下で泣き続けるミーナの気持ちを思って、ギルバートは息が止まる。
彼女がどんな気持ちで自分に白い結婚を申し出たのかを想像して胸が締め付けられる。
ギルバートは静かに扉を閉めて、建物の中に戻った。そしてパーティー会場の中をただ呆然と、何も考えられずに歩いた。




