表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落した『元』貴族令嬢は、歌姫への道を駆けのぼる  作者: 冬生 恵
【第一幕】睡蓮座、デビュー
8/11

7.穏やかなひと時

 カミーユの地獄の特訓により、疲弊(ひへい)しきっていたオデットとアンヌマリーは、勢いよく夕食を平らげていた。

 その様子を見ていたジャンが、モーリスを連れて二人のテーブルに歩み寄って来た。彼らはそれぞれ、両手にコーヒーカップを掲げている。オデットたちが顔を上げると、ジャンが悪戯(いたずら)っぽく笑って言った。


「食後のコーヒーをご一緒しても良いかい? お嬢さん方」

「……好きにすれば」


 アンヌマリーのつっけんどんな物言いは、誰に対しても同じらしい。オデットが瞬きをしていると、ジャンは気にした様子もなく、モーリスを促して対面に腰掛けた。オデットはモーリスが持っていたカップを受け取る。


「ありがとうございます、モーリス」


 オデットが丁寧に頭を下げると、モーリスは居心地悪そうに目線を逸らした。苦笑したジャンが、アンヌマリーに話し掛け始めた。


「こっちも三ヶ月間、体力作りで色々やってるけど……。そっちも大変そうだね」

「ホントよ。まさかオペラ歌手が、こんな体力勝負だと思わなかった」


 憮然(ぶぜん)とボヤき、アンヌマリーがコーヒーカップを口に運ぶ。彼女のカップには、(あらかじ)めミルクがたっぷり入っていたようだ。

 彼らの仲の良さを実感し、オデットは少し気後(きおく)れする。

 敏感に察したジャンが、オデットに話の矛先を向けた。


「オデットは、運動とか音楽とか、やってたの?」


 二、三度瞬きをしたオデットは、おずおずと答えた。


「幼い頃から、乗馬を……。両親には叱られましたが、兄について回って、剣舞も少し教わりました。音楽は、ピアノやバイオリン、あと歌を一通り……」

「へぇ、すごい!」


 感心したように、ジャンが素直に声を上げる。モーリスも目を丸くしており、アンヌマリーはどこか白けたように頬杖をついていた。

 ジャンは一瞬そんなアンヌマリーに目をやり、和やかにオデットに笑い掛ける。


「みんなそれぞれに、色々経験してきたんだなぁ。協力して、一緒に頑張っていこうな」


 おおらかなジャンの言葉に、オデットはホッとして頷く。コーヒーを一口含み、目の前の三人を交互に見やった。ちなみにアンサンブル部隊は、「お先」と声を掛けて食堂を離れていた。

 オデットの視線を受けてジャンは微笑み、アンヌマリーに水を向けた。


「……マリーは、食堂でずっと歌ってたんだよな?」

「そうなんですか?」


 オデットは、隣に座るアンヌマリーを振り返るが、彼女はコーヒーカップから視線を外さない。取り付く島のない彼女の雰囲気に、ジャンは「やれやれ」と呟いて、そのまま話を続けた。


「初めは酔った客に乗せられて、仕方なくだったのが、あっという間にファンがついたんだって。

評判を聞いて、流しの演奏家や旅芸人たちが店に押し掛けてきたんだろう? 彼らに練習をつけられて、更にファンが増えて」

「すごい……!」


 目を見開くオデットに、アンヌマリーは顔を(しか)めて答えた。


大袈裟(おおげさ)だよ。たかが酒場の給仕(ウェイトレス)の、手慰(てなぐさ)みだ」

「そんなこと……。私も、お食事をしながら、マリーの歌を聞いてみたいです」


 瞳を輝かせるオデットに、アンヌマリーは「……変なヤツ」と呟いて顔を背ける。苦笑しながら見守っていたジャンが、今度はモーリスに声を掛けた。


「モーリスは、商家の出身だったよな?」

「うん……」


 話しかけられて、モーリスは口ごもりながら頷いた。オデットの視線を受け、彼はそばかすの浮いた少女めいた顔を赤らめながら、ボソボソと話し始める。


「生活が苦しくなって、地方から王都に出て来たんだ。ちょうど、『睡蓮座』の寮の使用人を募集してたのを見て、応募したんだけど……」

「たまたま通りがかったフィリップさんが、『テノール!』って叫びながら、モーリスの両手をものすごい勢いで掴んだんだよな」


 楽しげに笑うジャンに、モーリスは抗議の目を向けながら返した。


「笑いごとじゃない……。訳わかんなくて、誘拐されるのかと思った」


 仏頂面のモーリスの肩を叩き、ジャンは笑う。オデットも仲の良い兄弟のような二人を見つめ、朗らかに笑った。


「フィリップさんが一瞬で飛び付くほどの、才能の持ち主なのね。すごいわ」


 途端に、モーリスが頬を赤らめる。ジャンも目を丸くした。

 オデットは、ジャン自身にも話の矛先を向ける。


「ジャンは? どうして『睡蓮座』に?」

「俺? 俺は……」


 自分のことになると、なぜか口ごもり出すジャンに、オデットが首を傾げていると、我関せずを貫いていたアンヌマリーが会話に混ざった。


「……ジャンはもともと、『黄金座』にいたんだよ」

「えっ!?」


 驚いて声を上げるオデットに、ジャンは気まずそうに頬をかいた。


「本当に、『いた』だけだよ。地元じゃそれなりに知られた音楽一家の生まれで、自信を持って『黄金座』の扉を叩いたんだけど……。ソリストどころか、アンサンブルにも選ばれなかった。

今後に迷ってたところに、『睡蓮座』を立ち上げたフィリップさんに声を掛けてもらったんだ」

「そうなんですか……」


 感嘆の声をもらすオデットに、ジャンはくすぐったそうに笑う。彼は空になった席に目を向けた。そこは先ほどまで、アンサンブルの七人が腰掛けていた場所だ。


「アンサンブルのみんなも、他のホールで悩んでたり、流しの音楽家をしてたり。みんな、フィリップさんが可能性を見出して、連れて来たんだ。

フィリップさんの理想を体現する、『新時代のオペラ歌手』を目指して」


 不機嫌そうなアンヌマリーも、引っ込み思案なモーリスも、ジャンの言葉に顔を上げる。彼は三人の顔を順番に見やり、誇らしげに告げた。


「オデットが来てくれて、やっと最後のピースが揃った。

実力をつけて、旧態依然のオペラ界を、俺たちで変えていこう」


 やってやろうぜ、と力強い言葉を発したジャンに、アンヌマリーが苦笑した。


「あんた、そういう言葉、似合わないって」

「……ちょっと、格好付けてみたかったんだ」


 照れるジャンに、オデットとモーリスが吹き出した。

お気に召しましたら、リアクションいただけますと嬉しいです!

感想をいただけると、飛び上がって喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ