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没落した『元』貴族令嬢は、歌姫への道を駆けのぼる  作者: 冬生 恵
【第一幕】睡蓮座、デビュー
13/14

12.初演前夜、そして(後編)

「……マリー、もう、眠ってしまった?」


 いつもより早くベッドに潜り込んだオデットは、隣のベッドのアンヌマリーにそっと声を掛けた。


 いよいよ明日、彼女たちは舞台に立つ。

 公演が盛況に終わり、二作目、三作目と人々の話題になれば、環境も変わっていくだろうとフィリップに言われていた。

 今は『睡蓮(すいれん)座』そのものを支援してくれる者ばかりだが、上手く人気が出れば、演者個々人につくことも増えてくる。そうなれば、そうしたパトロン、パトロンヌとの付き合いも、演者の仕事の一つだ。『睡蓮座』は基本的には演者には寮での滞在を推奨しているものの、そうした生活が始まれば、寮を出ざるを得ない。

 アンヌマリーと離れて生活する日は、そう遠くないかも知れない。


(まだデビューもしていないのに、気が早いって、また呆れられるかしら……)


 小さく苦笑したオデットは、答えない背中に、そっと(ささや)き掛けた。


「マリーがいてくれたから、私、今日までやって来られた。これからも、一緒に頑張ろうね」


 しんとした薄暗い部屋に、オデットの声が静かに溶けて消える。オデットは改めて布団を顔まで被り、そっと寝返りを打った。

 その時だった。


「――本当にあんたは、こっ恥ずかしいんだから」


 オデットは驚いて振り返る。

 アンヌマリーは相変わらず、こちらに背を向けたままだ。けれど、枕元からのぞく彼女の耳は、薄暗闇でも明らかなほど赤く染っている。

 オデットは微笑み、かけがえのない仲間の背に声を掛けた。


「……おやすみなさい、マリー」







 そして、初演の日。


 『睡蓮座』の面々は、自室に持ち帰っていた荷物を抱え、稽古室に集まった。開演は十八時からなので、まだまだ時間はある。ここで気持ちを整え、ホールに全員で向かうことにしたのだ。ただ、男性側の講師の老翁の姿はあるが、カミーユは来ていなかった。


(客席……かしら?)


 オデットは首を傾げるが、アンヌマリーに名前を呼ばれ、慌てて移動の列の最後尾についた。

 衣装に着替え、化粧やヘアセットをしてもらううちに、あっという間に時間が過ぎて行った。開場を迎え、観客が続々とホールに入ってくるのを見て、オデットは思わず息を飲んでいた。


 『睡蓮座』は一階席と二階席からなる、ごく一般的なホールだった。一階席の前方と、独立したボックスからなる二階席は貴賓(きひん)向け、一階の後方は比較的安価な一般客向けだ。

 支援者たちや、事前に招待した建築業者たちの評判を聞いたのか、客席はほぼ埋まっていた。安堵する反面、開演時間が近付くにつれ、オデットの鼓動は否が応でも早まっていく。

 楽屋の時計が十七時四十五分を指した時、『睡蓮座』の面々はついに、舞台袖に移動した。五十分、五十五分と時計の針は進み、第一幕開始とともにソロが始まる子爵役のジャンが、舞台の指定位置に立つ。


 その姿を舞台袖で見つめながら、オデットはガチガチと歯を鳴らして震えていた。

 

 子爵のソロの終盤、オデットが演じるメイドが混ざり、そこからデュエットに移る。メイドの気を引こうと躍起(やっき)になる子爵の求愛を、時に鈍感に時に辛辣(しんらつ)に交わすメイドの応対は、この舞台の重要なつかみだ。もしオデットがこければ、このあとの全体の芝居に大きく影響する。


(どうしよう……怖い……)


 制御出来ない恐怖に身を強ばらせ、オデットは咄嗟(とっさ)に傍らのアンヌマリーを見上げた。だが、彼女もオデットの緊張が伝播(でんぱ)したように、顔を青ざめさせている。

 その時、ついに幕が上がった。



(どうしよう……!)



 オデットが泣き出しそうになりながら、ギュッと目を(つむ)った瞬間だった。


「――大丈夫。君たちなら出来る」


 背後から(ささや)いたのは、モーリスだった。彼の出番は第二幕の終盤からなので、その間はアンサンブルの着替えを手伝ったり、オデットたちの登場タイミングの補佐をしてくれている。

 勢いよく振り返ったオデットとアンヌマリーに、モーリスは整った中性的な顔に笑みを浮かべ、大きく頷いてみせた。


「君たちは美しい。君たちの歌声は素晴らしい。――特訓を思い出して、自信を持って」

「モーリス……?」


 驚いたように、オデットが彼の名を呟く。いつも引っ込み思案で、話し掛けられればオドオドと反応する彼だ。予想外の力強い言葉に、オデットもアンヌマリーもポカンと口を開けてしまった。

 しばらく黙って二人の顔を見つめていたモーリスは、不意にいつもの浮かない顔つきに戻り、呟いた。


「――もし、二人が怖気(おじけ)付いてたらそう言ってあげてって、ジャンに言われた」


 オデットは、思わず脱力してしまう。横目でうかがったアンヌマリーも、呆れたように鼻を鳴らした。モーリスはそんな二人に、いつもの消え入りそうな笑顔を浮かべて言った。


「でも、僕もそう思う。――頑張って」


 戦友の言葉に、オデットも頷き返す。気が付けば緊張は抜け、呼吸が楽になっていた。


 ジャンのソロが、盛り上がりを見せる。

 オデットの出番が近付いてきた。

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