表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漸託師 【sentakushi】  作者: Alicecloud


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/16

託された明日


光が収まったとき、スクラップ工場には静寂だけが残っていた。

泥のような霧は晴れ、雲の間からは白々とした夜明けの光が差し込んでいる。積み上がった廃車の山が崩れたその中心で、九条漸くじょう ぜんは仰向けに倒れていた。

「先生! 先生!!」

ハルが必死に駆け寄り、九条の体を抱き起こす。

九条の全身は傷だらけだった。かつてのような「不自然な無傷」ではない。服は裂け、腕からは血が流れ、泥にまみれている。

その数メートル先。逆瀬さかせもまた、力なく座り込んでいた。

彼の「遺断師」としての鋭い気配は消え、ただの、ひどく疲れ切った青年の姿があった。

「……九条。なぜ、私を殺さなかった」

逆瀬が枯れた声で問う。九条はゆっくりと目を向けた。その瞳は、もはや無機質なガラス玉ではない。痛みに耐え、熱を帯びた、人間の目だった。

「殺せば……それは、お前の手法と同じになる。私はただ、お前が断ち切ってきたものを、私の中に『避難』させただけだ」

九条の背後を埋め尽くしていた、あの「おびたただしい数の先祖たち」の姿は、もうどこにもなかった。

彼らは逆瀬の放った絶望を食い止め、九条を真に救うために、その身を捧げて消滅したのだ。九条をこの世に繋ぎ止めていた「呪縛」という名の守護は、今、完全に失われた。

「……私の勝ちだな、九条。お前はもう、ただの人間だ。次、何か落ちてきたら、お前は死ぬ」

逆瀬は自嘲気味に笑い、よろよろと立ち上がった。

「だが……。お前に背負わされたこの『重み』、消し去るには時間がかかりそうだ。次に会うまで、せいぜい死なないように気をつけるんだな」

逆瀬は一度も振り返ることなく、朝靄の向こうへと消えていった。

一ヶ月後。

事務所の窓からは、穏やかな春の陽光が差し込んでいた。

九条は、右腕に包帯を巻いたまま、机に向かって古い万年筆を直していた。

「先生、無理しないでください。まだ傷、開いてるんですから」

ハルが呆れ顔でお茶を置く。

「……ハル。昨日、階段で躓いた。……膝を擦りむいたよ」

九条が、真顔で報告する。

「あはは、もう、それ何回目ですか? 普通の人はそれを『ドジ』って言うんですよ」

そこへ、ドアが景気よく開いた。

「よう、九条ちゃん! 怪我人の様子はどうだ?」

火野が、両手に紙袋を抱えて入ってきた。中には高級な和菓子と、一枚の依頼書。

「新しい案件だ。今度は幽霊じゃねえぞ。ある老婦人が、亡くなった旦那の『隠し財産』じゃなくて、『隠し通した愛』を探してほしいってよ。……あんたの出番だろ?」

九条は、わずかに口角を上げた。

「……ああ。ようやく、託される準備ができた」

九条は立ち上がり、コートを羽織る。

もう、背後に冷たい気配はない。代わりに、隣にはお調子者のバディと、純粋な助手がいる。

彼は一歩一歩、自分の足で床を鳴らし、ドアへと歩み寄った。

偶然の救済など、もういらない。

彼は自分の意志で歩き、自分の痛みを感じ、そして他者の想いを引き継いでいく。

「行くぞ。……まだ、私の知らない『死』が、誰かの物語として待っている」

事務所の看板には、以前よりも少しだけ誇らしげに、新しい文字が刻まれていた。

――『漸託師 九条漸。想いの行先、整えます』。

空は、どこまでも青く、澄み渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ