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第8話:パンが燃えた夜


パン屋で働き始めてから2週間目の夜。

店じまいしたパン屋「白麦亭」に、静かな風が流れていた。

昼間の客の笑い声も、パンの香りももう残っていない。

ただ、奥のパン窯だけが、赤くぼんやりと熱を帯びている。


リクは椅子に座ったまま欠伸をした。

「……今日も疲れたな」


ミナはパンを抱えて微笑む。

「でも、お客様が喜んでくれるのは嬉しいことです!」

「もう俺、パン職人兼勇者って肩書きなんじゃないか……」


そのときだった。


パン窯の奥から――

「ゴウッ」と、空気を焦がすような重低音が響く。


熱風。

焦げた匂い。

窯の扉が、内側から叩かれたように震える。


ミナが剣を構える。

「勇者様、これ……パンの焼ける音じゃありません!」

「やっぱり!? 俺もそう思ってた!!」


次の瞬間、

パン窯から――炎が溢れ出した。


だが普通の火ではない。

黄金色。粉雪のように舞う光。

風もないのに炎はまっすぐ天井へと伸び、むしろ剣のようだった。


リクは思わず叫ぶ。

「なにこれ!? うちのパン、ファンタジー化してない!?」

ミナは真剣な顔で言った。

「聖剣と同じ光です……!」


そのとき。

扉が揺れ、足音もなく誰かが現れた。


銀色のショートヘアが揺れる。

月光みたいに冷たい瞳。

ノアだった。


『……やはり、始まりましたね』


リクが振り返る。

「おい!お前、また勝手に入ってくんな!」


ノアは炎を静かに見つめた。

『聖剣ルミナリアの波動が、あなたの意志に反応しています。逃げたいという感情と、守りたいという感情。両方が混ざっている』


「いや、俺まだパン守りたいとか思ってないけど!?」

『では質問を変えます。焼け落ちるこの店を、見捨てられますか?』


リクは一瞬、黙った。

背後で、パンの窯が崩れる音。

バルドの声も聞こえる気がした。

「パンはな、人の心を救うんだ」――そんな声が。


ミナが震える声で言った。

「勇者様……」


ノアは静かに手を掲げた。

炎がまるで呼吸するように揺れ、ノアの瞳が淡く光る。


『選択の時は近い。勇者リク。

 逃げるか。焼き続けるか。あなた自身の物語を』


「パンと一緒に運命まで焼かせようとすんな……」


だが――

リクは、窓の外に集まり始めた人々を見た。

昼間、自分のパンを食べて笑っていた人たち。

子ども、老人、旅人。


そして、気づく。

炎の向こうで輝くパン。

その表面の紋章が、先ほどより強く脈打っていること。


リクはゆっくりと立ち上がった。

「逃げたくない……とは言ってない。でも、ここを燃やすのはもっと嫌だ」


ノアは静かに瞬きをした。

『了解しました。観測を続けます』


ミナがうるうるした目で笑う。

「勇者様、かっこいいです!」

「やめろ、今すぐ消火活動入るぞ! ミナ、水!ノア、お前も!」

『水は物理属性。私は観測特化です』

「使えねぇ!!」


――その夜、勇者リクは生まれて初めて、

自分の意思で戦うという選択をした。


燃えるパン屋と、光る聖剣の紋章を背にして。



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