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第3話:勇者、宿代が払えない

「……で、これからどうするんだ?」

「勇者様の旅が始まるのです!」

ミナが胸を張った。


リクは溜め息をつく。

「いや、俺はただバターを買いに――」

「その使命を果たすためにも旅立たねばなりません!」

「バターの流通ルート大げさすぎだろ」


二人は村を出て街道を歩いていた。

市長が「勇者行進」と称して村総出で見送り、花束とパンを渡してきた。

パンの袋には「勇者RIKUPAN」と書かれている。

リクは顔をしかめた。

「勝手に商品化されてる……」



隣町アベンでは、勇者の噂がすでに届いていた。

酒場では老人が語る。

「聞いたか? 魔獣をくしゃみ一つで吹き飛ばした勇者が現れたらしい」

「へぇ、くしゃみの勇者か」

「いや、バターの勇者だそうだ」

「なんでそうなった」


この時点で、情報はすでに混乱していた。


日が暮れ、リクとミナは町外れの宿屋へ。

「一泊いくら?」

「銀貨二枚です」

「……ない」

「え?」


ミナが真っ青になった。

「まさか、勇者様……無一文!?」

「勇者って経費出るんじゃないの?」

「国庫からの支給金は……来期からです」

「予算感、役所みたいだな!!」


宿代が払えず、二人は皿洗いをする羽目になった。

泡だらけの手を見つめながらリクは言う。

「なあミナ。これ、勇者業界じゃ下積みってやつ?」

「修行です!」

「言い換えても悲しいよ!」


ようやく洗い終えたころ、酒場の客たちが騒ぎ始めた。


「聖剣が盗まれたらしいぞ!」

「まさか、あの戦士の剣を!?」

「犯人は青い瞳の青年らしい!」


リクは手を止めた。

「……なんか、嫌な予感しかしない」


背後から、宿の主人が震える声で言う。

「お、お客さん。あんた、目が……青いねぇ」


ミナが即座に叫んだ。

「違います! この方は勇者リクです!」


静まり返る酒場。

全員が同時に振り向いた。

リクの頭上で、淡く光る紋章がぽわんと浮かぶ。


「勇者リク……! やっぱりお前が盗んだのか!」

「いや、今の流れどこでそうなった!?」


兵士たちが雪崩れ込んできた。

「おとなしく来い、勇者リク!」

「なんで勇者名義で指名手配されてんだよ!!」


ミナが慌てて剣を抜く。

「リク様、ここは逃げましょう!」

「おい、勇者って逃げていいのか!?」

「無実の勇者は逃げるのです!」


「新しいな!その言い回し!」


二人は皿洗いの泡まみれのまま裏口から飛び出した。

夜の街を走り抜ける。


「なあミナ!」

「はい!」

「次の宿、前払い制じゃないだろうな!?」

「調べておきます!」

「いや、もう信用できねぇ!!」


月の光の下、勇者リクの逃避行が始まった。

世界はまたひとつ、誤解を深めていく。


そして、遠く離れた王都では、国王がつぶやく。

「勇者リク……。必ず捕らえよ。あの者が戦士の聖剣を持っている」


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