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第2話:選ばれた覚えはない

「……というわけで、あなたは勇者です!」

森の中、女剣士ミナが満面の笑みで宣言した。


「説明、雑すぎない?」

リクは眉をひそめた。


ミナは勢いよく頷く。

「予言にありました。『青い瞳を持つ者、世界を救う光となる』と!」


「いや、それたぶん別の青い瞳だよ。俺、光より寝不足の影の方が濃いし」


「ご謙遜を!」

「謙遜じゃねぇよ!」


リクの抗議もむなしく、ミナは勝手に護衛を買って出た。

彼女いわく「勇者様を放っておけません!」とのことだが、リクとしては「放っておいてほしい側」である。


「ていうか、俺、バター買いに行ってただけなんだが」

「その使命もまた、きっと運命です!」

「運命、安売りしてんな……」



ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ


「あんたの腹には魔物でも住んでんのか」

「す、すみません……勇者様を探して森の中を歩き回っていたもので」


ミナは耳まで赤くしてうつむいた。


急に女の子の姿になったじゃないか。

ここは森の入り口。

バターが売っている隣町まではまだまだかかる。


「仕方ない。一回村に戻るか」


二人はそのまま村へ戻った。

ところが――。


「勇者様ぁぁぁっ!」


村の入口で、花吹雪と太鼓が待っていた。

アーチの上には巨大な垂れ幕。

《祝・救世の勇者リク様ご帰還!》


リクは固まった。

「……いやいや、勇者の話云々ってつい15分前くらいの話だよね!?なんですでに村で祭りが始まってるわけ?」


「さっき私が魔法で伝書鷹を飛ばしておきました!それにしても噂が早いですね!」とミナは嬉しそう。

リクは小声で呟いた。

「拡散速度、SNS超えてるな……」


市長が走り寄ってきた。

「おぉ、リク! お前が勇者だったとは! わしは見抜いておったぞ!」


「昨日まで腰痛の代役扱いだったじゃねぇか!」


だがその声は歓声にかき消された。

人々は花を投げ、子供たちはリクの真似をして棒を振り回している。

「勇者ごっこ」が村のブームらしい。


そんな中、市長が真顔で言った。

「実はな、リク。村の北の森に魔獣が現れたのだ。村を救えるのは勇者だけだ」


リクは目を細めた。

「それ、つまり俺が行けと?」

「うむ」

「断ったら?」

「勇者が村を見捨てた、という噂が立つな」

「政治が汚い!!」


仕方なくリクは北の森に向かい剣を握った。

ミナが構えを教えるが、リクはやる気ゼロ。


「こうです、勇者様! もっと腰を落として!」

「俺の腰もパン屋のバルドみたいにやられるぞ……」


魔獣の唸り声が響く。

森の奥から、巨大な熊のような影が現れた。

ミナが叫ぶ。

「リク様、今です! 気を高めて!」


「無理だって!俺、バターの袋しか持ったことないんだぞ!」


緊張で冷や汗をかくリク。

その瞬間――くしゃみが出た。


「へっ……くしょん!!」


直後、爆風。

地面が揺れ、空気が裂ける音がした。

森の木々が倒れ、熊のような魔獣は跡形もなく吹き飛んでいた。


静寂。

ミナが震える声で言う。

「……勇者様、まさか真なる力を……」


リクは呆然。

「いや、鼻ムズムズしただけなんだけど」


市長が涙を流して叫んだ。

「勇者リク、村を救ったぞおぉぉぉ!!」

「勇者の一振りで風が走った!」


歓声。拍手。そして、祭りの準備再び。

リクはその中心で、頭を抱えていた。


「……なんか俺、騙されてない?」


その夜。

空を見上げたリクの頭上に、再び淡い光の紋章が浮かんでいた。

風が囁く。


『勇者リク――次なる試練が、すぐそこに。』


「試練って……まだバター買えてないんだけどな……」


その頃、パン屋のバルドは、腰に湿布を貼りながらパンを焦がしていた。


リクは寝転びながらため息をついた。

こうして、『選ばれた覚えのない勇者』の伝説が、さらに拡散していった。

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