迷い子たち
2階へ上がった俺は自分の部屋を素通りして、隣りの部屋のドアを叩いた。
「亜美入るぞ」
「・・・・・」
返事はなかったが俺はドアを開けた。部屋の中のベッドにうつ伏せになって、顔を壁側へ向けている亜美がいた。
「・・・返事しなくて、悪かったな」
「・・・・・」
「もう、決めたのか?」
「・・・・・」
「亜美?」
今までダンマリを決め込んでいた亜美が起き上った。乾いた笑い顔でこっちを見て言った。
「お兄ちゃん、誕生日プレゼント下に置きっぱなしなんだ。こっちに持って来てもいい?」
「・・・ああ」
「あっじゃあ座って目瞑って待ってて」
俺は亜美のベッドに座り目を閉じた。亜美の気配が消えて階段を降りて行く音がした。
どうせ戻ってくる時も足音が聞こえるのだから目を開けても良かったのだろが、俺は閉じたままでいた。
しばらくすると亜美の足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、今渡すから両手を出して」
俺は両掌を天井に向けて差し出した。
「もうちょっと両手の間を開けて」
言われた通りにするとガサッという紙の音が聞こえてきた。プレゼントは多分亜美が描いた絵なんだろうと思った。しかし、掌には何も置かれなかった。
「亜美?」
亜美の様子が知りたくなったが、約束を守ったまま亜美に声をかけた。亜美は何も言わなかった。
突然唇にやわらかなものが触れてきた。亜美がキスをしてきたのだ。一瞬触れて離れるつもりだったのだろうが、俺は反射的に広げていた手を亜美の腰と後頭部に移しキスを継続させた。
「んふっ」
体をよじって僅かに抵抗している亜美は手を後ろにして何かを持っているようだった。
それは表彰状のような紙だった。俺はそれを亜美の手から抜き取り横に置いた。
両手が自由になったことで亜美が俺から逃れようとしてきたが、紙を置いたのとは反対側に亜美を押し倒し、さらに深い口づけを続けた。
唇、その奥を存分に味わうようにした後、亜美の顔ギリギリだが唇を離した。
熱を帯びた顔の亜美は瞳は驚きに満ちて潤んでいた。
「どうして?」
「誰とも付き合うな」
「どうして?」
「俺がいるから、ずっとそばにいるから、それでいいだろ?」
そうだ、もう「お兄ちゃん」なんて止めてやる。
俺は亜美をベッドから起こし、抱きしめながら思った。亜美がこの先他の男に本気の恋をするかもしれない。だからせめてその時が来るまで、いやその時が来ても亜美の心が自分に向くように最善を尽くしてやる。亜美のそばいにいるのは俺だけだ。
「ずっとそばにいてくれるの?」
「あぁ、ずっとだ。」
「私がお婆さんになっても?」
亜美は俺の首の後ろに両手を絡めて耳元に囁いてきた。
「そんな先のことはお前には分からないだろう?お前はまだ知らないことが多すぎる」
「そんなことないっ!」
声を荒げた亜美は体を俺から少し離して顔を睨みつけながら言ってきた。
「私ってすんごいんだから。好きになった人はこれまで彼女切らしたことなくて、ここ1年くらいはそういう真面目なお付き合いじゃなくて、毎週違う女の人と仲良くしちゃってたりいてて、心の中は嫉妬の嵐で真っ黒だったんだよ。片想いしている友達にもこんな重苦しい片想いしてる子はいなよ。」
亜美の瞳に涙が溢れてきた。この1年亜美も本当に辛い想いをしていたんだと実感した。
「先のことなんて確かに分かんないけど、覚悟は出来てるんだからっ!!」
亜美がしがみついてきた。俺は亜美の背中をそっと撫でた。
「・・・悪かった」
「お兄ちゃんは?覚悟はできてる?」
亜美が再び聞いてきた。俺は亜美から体を離して亜美の額に自分の額を当てて答えた。
「そんなのとっくの昔だ」
俺は亜美をそっと抱きしめた。




