桜の散る夜
窓の外には細かい雨が絶え間なく降っている。
今週一気に開花した桜も雨雲を連れてくる突風とその雨によってあっけなく散るだろう。
先週末からやれ客と花見だ(その段階で咲いていた桜はわずか)。営業部の花見だ。営業統括部の花見だ。と連夜花見という名目の飲み会が続いていた。だが悪天候ということもあり今夜の花見はさすがに中止となった。
「桜一朗。花見は無理だけどどっかで飲んで行かないか?」
自席で作業をしてきた俺に声をかけてきたのは同期で営業の渡辺だった。
「いや、これ終わらしたら帰るつもりだ。最近酒抜けにくいし」
「ザルが何言ってる!女の子も何人か来れそうなんだぞ!」
「お前なぁ。とにかく俺はパスな」
そう言ってプリントアウトした資料のチェックを始めた。渡辺は「気が変わったら連絡くれ」と言って戻って行った。
正直なところ亜美が起きている時間には帰りたくないと思ってはいる。だが先週亜美からきたメールも気になっていて外で飲んでいても落ち着かないのだ。
作成した資料に問題はなかったので俺はサーバーにある上司のチェック依頼フォルダにそれを保存し帰り支度を始めた。
帰ってみると家は真っ暗だった。
一旦自分の部屋へ行きカバンを置いて上着をかけた。隣の亜美の部屋からは物音一つ聞こえてこない。もう眠ってしまったのだろうか?亜美が何時に寝ているかなんてことは最近の俺は知らない。
水分が欲しくなりネクタイを緩めながら下へ降りた。キッチンの明かりをつけると冷蔵庫に「父母再婚記念旅行に行きます」とメモが貼ってあった。毎年桜の時期になると「再婚記念」と称して二人は突然旅行に出かけるのだ。二人とも計画的な休暇が取れない仕事なのでその旅行はいつも突然であった。
溜まった録画でも見るか。
家が何故暗かったかということにとりあえず納得した俺はミネラルウォーターを片手に持ってリビングの明かりをつけた。
リビングのソファに膝を抱えて体育座りをし中に視線を放っている義理の妹、亜美がいた。
「亜美?」
どうした?と言いかけて俺は気がついた。ソファの前のローテーブルに「おたんじょうびおめでとうお兄ちゃん」と手書きされたケーキが置いてあったのだ。
亜美は無反応だった。
「ケーキ用意してくれてたならメールでもくれたら良かったのに」
亜美の態度からサプライズを狙っていた様子ではないことは分かったので、「どうして連絡してくれないんだ?」と問い詰めないような言い方にしてみた。
「・・・先週のメールの返事もらってないのにまたメールするのってどうかなって思って・・・・」
力ない様子で亜美が答えてきた。俺は「しまった!!」と思った。
「でも、もういいや。自分で決める・・・」
亜美は一度も俺の方を見ようとはしないで自分の部屋へ戻って行った。