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簡単エンゲージ

また書いてくよ

次の朝。

天気は雲一つ無い晴れ、気温も湿度もしっかりと高い日。時間は約束の時間より二十分ほど前、未だに兄は宿のベットで寝ていた。

既に準備は整い小さなリュックサックがベットの脇に置いてある。中身は替えの服一着ずつと兄の読む本が数冊、もう後は部屋を出るだけの状態。物の五分にも満たない隙間時間。

全身ほぐすように準備運動をするアンは、昨日拾った純白の物質を眺める兄に声をかける。


「お兄ちゃん。そろそろ出るけどいつまでそれ見てるの。私にも貸して。」

「ああそっち?羨ましいの方かい。」


兄はベットから体を起こし手の物を妹へと放った。一編が四センチの正方形、厚さが五ミリと小さな物質は異常なまでに固く、アンが全力で握っても壊れることはなかった。

受け取り側の表情はニヤケ顔で、正しく収集したファングッツを眺めるオタク。


「う~ん。やっぱりすごく固いね。骨ってわけじゃなさそうだけど? お兄ちゃんはなんだかわかったの? 本気でぶっ壊していい?」

「ああ骨だけじゃないエナメル質との混合物って所かな。その上、異常な程高密度。五ミリ程度でアンの握力でも砕けない。とんでもないポテンシャルだよ。なんならそれを置いていっても構わないと言うのも末恐ろしい。ダメ。」

「嘗められてんじゃない?」


嫌なこと言うなあ!と叫ぶ兄は小さなリュックを背負うとアンと共に部屋を後にし、勿論二人は無断で泊まっているわけではないので、鍵を宿に返し正規の手続きをする。

剣術大会が行われておらず、闘技場に人々か集中していないためか昨日よりも明らかに通行人が多い。


純白の物質をコイントスの要領で遊ぶアン。まるで見せびらかすような動きに兄は愚痴る。


「ホントに嘗められてるかどうかできたら確かめないとね。」

「え…やめといたら?」

「一応できたらね!発掘作業に対するスカウトなんだから僕らの戦闘能力も把握したいだろうし。できたら、だよ。」


絶対にろくでもないことを考えてると察知し指で弾くオモチャをしまう。待ち合わせの場所までもう角を曲がればすぐそこ、チラリと顔だけ除かせる二人。

昨日のテラス席に夫婦は既にいた。居たのだが、知らない人が混じっている。少し痩けた顔の男性だ。身長はさほど高くない丸まった背中は老人を思わせる。可能性に満ちた世界で頭が禿げているのはとても珍しい。肉体の若さや身体的特徴を可能性で伸ばすことはさほど難しいことではないからだ。


兄が夫婦の様子を確認する。横顔ではあるが笑顔のウィリアムが手を振り何かを否定。隣に居るメアリーも見えるがこちらは昨日のようなお花が咲いたような笑みではない。冷ややかさが張り付いていた。


一応警戒として周りを注意深く見回すが四日前に把握した屋敷内の顔や背丈が近い者は居そうにない。二人は路地からでて約束の時間丁度になるようペースをおとした足取りで向かう。

ほんの少し目を離していた隙に、三人の会話は終わったのか兄妹と老人がすれ違った。


「おや、ご兄妹。時間丁度ですね。来ていただけたと言うことは(くだん)の話はお請けしていただけそうですね。」

「はい。昨日返事しても良かったのですが、ボイスレコーダーを確認していただけたほうが話がスムーズかと。」


兄が答える。少し視線をそらし、言うか悩んだ後に続けて


「…先程の人は良かったのですか?すれ違った時、少しお怒りのようでしたが…」

「ああ、見られていましたか。昔の仕事仲間ですよ。また大会にでないかと誘われまして。私はもう騎士ではございませんので、お断りしたところです。」

「そうでしたか…面倒そうですね。」

「これまでの人間関係は変えられません。我々は良い関係になりたいものです。」


さて。とウィリアムが視線を隣へと向ける。遠目から見た時の冷やかさはどこへやら柔らかな笑みのメアリーが立ち上がり、二人を対面の席へと案内する。その間、テーブルの上には二つの書類が用意されていた。どちらも同じで用紙で植物とも見てとれる特殊な模様が紙の外側に施されている。

限りなく自然な表情を保つ兄妹は察する。《エンゲージ》をする用紙だと。

この用紙に契約内容を書き記し血判をすれば紙は燃え、契約者同士に印が残る。


「こちらは同じ用紙で、どちらも《エンゲージ》が可能です。

一つは簡単な内容をやり取りして本物と証明するために使います。

その後は簡易契約で我々の雇い主様にお会いしていただき、本契約にするか安全に今居るこの場所までお帰り頂くかを選んでいただこうかと考えています。」


ウィリアムの提案に二人は声を揃えて


「「よろしくお願いします!」」


元気良く答えた。


「ではまず本物かを確認しましょう。何かご希望はありますか?」

「じゃあ、アンとウィリアムさんが今この場でジャンケンして貰って、アンがグー。ウィリアムさんがチョキで負けると言う契約で。達成できなかった場合は僕とアンは三日間ご飯抜き。ウィリアムさんとメアリーさんは《可能性》を三日間使用不可でお願いします。」


笑顔で答える兄にメアリーが笑いを堪えず吹き出す、顔を伏せると肩を震わせる。笑いのツボがイマイチ変わっている。

機嫌を損ねる恐れがある契約内容に夫妻は大変満足そう。対して兄妹は目は丸く不思議な心持ち。


「血判があれば複数人の行動も縛れるのを良くご存じですね。《可能性》の使用を縛れるのもエンゲージのみ。良く勉強されている。」

「出きるかなと思っただけです。」

「勿論全て可能ですよ。互いにルールを適応させて罰則を設け同意の上であれば殆んど制限はありませんからね。」


兄妹の目の前に用紙を一枚置くと、なれた手付きでウィリアムはもう一枚の用紙に契約内容を書き込んでいく。意外にもウィリアムの文字はそこまで綺麗でなく、どちらかと言えば少し汚ない。

アンがミミズみたいだと思っている正面で、メアリーが小さなナイフを四つテーブルに置いた。


「ナイフをご用意させていただきました。お二人から選んで下さい。判は私たちからしますので、後に続いてください。」


兄妹が各々手に取ると、夫妻も続いて迷いなく親指を少し切る。血の滲む指を用紙の最後に押し当てる。指は離さずに後の二人を待つ。

四人の血判が押され、手が離れた瞬間、用紙の枠から瞬時に燃えてなくなる。灰が四人の体の一部へと吸い込まれていく。


アンの左手の甲に用紙の枠にあった植物のような模様が一円玉サイズで残っている。他の三名の体のどこかに同じマークが存在する。ただし服の下なのか見える場所にはない。


「うわ、思ったよりもあっさり。痛くも痒くもない。」

「契約完了ですね。ではジャンケンの前に、皆様私の前に怪我をしたお手を出してください。抵抗しようと思わないでくださいね。」


言われるがまま、メアリーの前に手を出す。取り出した純白の手袋をはめ、人差し指で傷口に触れる。

それだけで兄妹の作られた表情は一瞬で砕け散る。切り傷があっという間に治癒したのだ。

無限大の《可能性》と言えど、壊すのと治すのでは訳が違う。自身の怪我を回復させる《可能性》はよくある話だが、他者の回復まで行える《可能性》は存在しない。


可能性は他者に直接の影響を与えられないからだ。

しかし経験してしまったからこそ偽物だとは思えない。兄は上下の唇を歯で挟み目限りなく開ききり、アンは開いた口が塞がらない。


「妻の《可能性》は身体能力強化の極致と言いましょうか。如何なる型も伸ばさず、不老となった数少ない人類です。そして手袋は、触れている間相手の体を操作することができる発掘物です。細胞レベルの操作が出来れば、他人の傷を強制的に治すこともできます。こちらの情報は私たちからの有効の証としてお聞きください。」

「え、いや。嘘じゃあメアリーさんって…」

「まあ、分類するなら神人型となりますね。」


たどたどしいアンの疑問をあっさりと先読みして答える。開いた口が塞がらない兄妹。それもそのはず、《可能性》の知識としては持っているが実際に見ることは非常に少ない。現人口三億人に対し、上位ステージに到達できている者は三十万人居るかといった程。


この数が増え続けるかと言ったらそうでもなく。理由は三つ程あり、大半が上位ステージに行けたとしてその《可能性》に不老が付いてくるとは限らないためだ。

処理が追い付かないままウィリアムがアンに声をかける。


「とりあえず治ったところでジャンケンしましょう。」


あ、はい。といわれるがままのアンがグーの形をした右手を前に、続いてウィリアムがチョキを出す。

あっさりとした勝利。アンの左手の甲にある植物型の模様がサラサラと消えてなくなるのは同時であった。


「では、そちらの用紙に仮契約内容を記入しておきましょうか。この場所から屋敷での本契約。又はこの場所への帰還までの護衛。後者の契約終了次第、我々からご兄弟への不干渉をお約束します。勿論関係者が先に手出ししようとすれば私達二人がお守りいたします。お二人が我々を攻撃しない事が前提のお話ではありますが。以上で問題ありませんか?」

「「はい!」」

「承りました。万が一の為、最後に『この契約は両者の合意で破棄が可能』を付け足しておきます。」


あまりの衝撃に引き摺られながらも切り替えた二人。要約してくれた話は記載された契約書の要約である。本契約前となれば要求することも少ない。この仮契約にて以降の不干渉があるならばこちらからアクションを起こさない限りは安心。

とりあえず元気良く返事する。


再び四人の血縁を終えると新たな模様が体のどこかに刻まれた。兄は仮契約の終わりに鼻で小さな溜め息をつく。一段落と言ったところか。彼らのホームに改めて行ってからが本段と気持ちを切り替える。


「はい。では早速お二人を雇い主様の元へとご案内いたします。一緒にご移動しましょう。いいですね? ウィリアムさん。」

「え? ええ、私は構いませんがお二人ともお腹空いてませんか?」

「いや、私達も食べてきたので直ぐに行くなら大丈夫です!」


さっさと傷を治し手袋をしまうと、「なら出発です。」少し期限の悪そうなメアリーの言葉に全員が立ち上がる。逆らっては駄目な気配を感じとる兄妹。張り付けた笑顔で頷く。

急かされるウィリアムを含めた兄妹は大通りを歩き始める。最初こそ頭に?を浮かべる三人だったが、直後にアンとウィリアムが、少し遅れて兄が理由に気がつく。


視線を感じる。しかも、時間が経てば経つ程多くなっていく。


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