憂鬱なブランチ
新神奈川内部。
洋館内のでのいざこざから三日。お昼時にも関わらず曇り空の影響で少し薄暗い。お構い無しにと外から歓声が聞こえる。
ここはとあるホテルの一室、高くも安くもないいたって普通の部屋。ベット二つの一部屋泊まり、トイレとお風呂は別、他は簡易的な机と窓が一つと一般的なビジネスホテル。
ベットにうつ伏せの兄は完全に誤解をされたまま逃げ帰ることしか出来なかった事を後悔していた。
タイミングが悪かったとしか言えない状況とは言え、もっとうまくやれたのではないか。白騎士の一撃目はもっとうまく避けて窓からアンに無事を伝えられたのではないか。アンの《可能性》の圧力を感じた瞬間。逃走以外の選択肢があったのではないか。
考えれば考えるほどそれはもう深い溜め息が三十秒も続く。
「あの…お兄ちゃんごめんってば。お兄ちゃんは悪くないよ!私が原因だもん!元気出してってば!そこまで落ち込むとは思わなかったよ…そんなにあのチームが良かったの?」
「それはもう最大級に…」
あまりの落ち込み様に、となりのベットで胡座をかいていたアンは放っておくとキノコが生えてきそうだな。なんて思い始める。朝からこの調子で朝食もろくに取れていない兄を流石に心配しとある提案をする。
「うむむ、このままじゃダメだ!ご飯!ご飯食べに行こう!お腹が減るからネガティブになるんだよ!もう次の事を考えよ!」
寝癖頭の着ていたスウェットをひんむいては白い無地の半袖ワイシャツを着せ、首根っこを掴み部屋から出ていく。今回は急遽新神奈川にトンボ返りをして来たので二人の車は奥多摩湖から十キロ程のところに隠してきたまま、徒歩での移動となる。
新渋谷ほどの都会ではないが、それでも人口は一千万人と大都市。これも剣術大会の聖地であるからに他ならない。年越しに行われる大会ではその年の最強の剣士を決める。
《可能性》ありきの剣技となるが、
最多は超人型。剣術に合わせた《可能性》を伸ばし強さを競いやすいためだ。
次いで魔法使い型。ここ十年ほど超人型に迫る増加傾向を見せ、剣に炎や水、風などを纏わせる華やかさが受けている。
少ないのは獣人型。どこまでの獣化にもよるが動物的特徴を活かした方が強いのでまず剣を持たない。
流石に人目もあるので宿を出てからは兄も歩くがどこか上の空。路地を抜けてそこそこの大通りに出ると歓声は大きくなる。宿から一番近いカフェは大通り沿いにあり、テラス席が多くメニューも甘いものから軽食まで豊富。通りを挟んで向かいにはモニターがその日行われている大会のライブ配信を垂れ流していた。
「ほらほら!ここにしよう!丁度夏期大会で盛り上がってるよ!涼しそうだね!」
シェードアンブレラが被らないモニターのよく見える長方形の六人卓、左端へと強制的に背もたれつきの椅子に座らされ、パタパタとアンはそのまま店内へと消える。
兄もアンの言うことには一理あると、まだ引き摺りながらも少しずつ思考が巡り始めていた。モニターの中では水を纏った双剣と共に華麗に踊る剣士、幅六十センチ長さ三メートルを越える巨大な剣を担ぐ剣士が対峙。両者の戦績、《可能性》情報も軽く画面端にあり、互いに二戦目と新人さん。オッズもあるため賭けも行われているのがわかる。
ポーッと勝者の予想していると
「相席よろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
戦いから目を離さず軽く許可を出すと、モニターがよく見える右端にティーカップと紅茶のポットが置かれた。風向き的にアールグレイの香りが流れてくる。紅茶も後で頼もうかと思っているとお隣さんは声をかけてきた。
「どちらが勝つと思いますか?」
「あー、僕はおっきい剣の人ですかね。」
「おや、オッズは水の剣士ですが?」
モニターには水の剣士は1.5。大剣士は2.2の数字が表示されていた。兄もそれは見ていたが仮にも水の力を使う者としての見解を述べた。
「水の操作で切れ味を伸ばすことはできても、一瞬なんですよ。防御面も小さいものならできますけどあれだけでっかい剣は流せないですし、水と剣は同時に使うの相性悪いですから。流麗なのが人の選ぶポイントとしてもあるんじゃないですかね?」
「なるほど、次からは気を付けます。」
頭にクエスチョンマーク。理解ができずに兄は右隣を確認する。そこに座っていたのは白い無地長袖のワイシャツを爽やかに着こなす白騎士ことウィリアム・ハーシェル。
途端に頭が冴え渡り、咄嗟に逃げ出そうとするも兄の足はウィリアムの足から伸びる純白の物質に固定されて動かない。逃走を促そうと後ろを振り向くが、三種のサンドイッチと三種のケーキの乗ったトレイとどこから現れたのか白旗を左手に持つ涙目の妹の姿と、物言わせぬ圧を感じさせる笑顔で隣に立つメアリーが映る。こちらも白いワイシャツが眩しい着こなし。
全力で抵抗すればこの場からは逃げられるかもしれないが、派手に暴れなければならない。そうすれば今度は治安維持の公務員、大会競技者の剣士がわらわらと集まるのが用意に想像できる。新神奈川は全都市の中でも最も治安の良い都市なのだ。
一旦逃走を諦め大人しく従うことにする。兄の前にアンが座り、アンの隣にメアリー。一つウィリアムが詰めて座り直す。メアリーはトレイからサンドイッチを兄の前に、ケーキをアンの前に置きフォークなども並べてくれた。
ウィリアムは胸ポケットから、ボイスレコーダーを取り出し兄妹の間に置いた。それは既に録音の始まっており、説明が無くとも意味がわかる。
「改めまして、三日ぶりですね。私はウィリアム・ハーシェル。こちらは妻のメアリーです。昼食は食べていただいて構いませんよ。」
「ご丁寧に…僕は兄。妹のアンです。」
「えっと、お兄様?失礼ですがお名前をお伺いしても?」
戸惑い気味のウィリアムが自己紹介に納得がいかず、改めて聞き直す。兄は兄で物凄くさらりと答える。
「名前が無いので好きに呼んでください。」
「答えたくない。という訳ではないのですね?」
「はい。適当に答えても良かったのですが、嘘がバレるのでしたら意味がありません。」
どっち道、兄はこの場で嘘をつくつもりはほぼ無かった。しかし、声を録られるのであればそれは確実なものとなる。机の上に置かれたボイスレコーダーは発掘物でもない。ただの道具、これを聞く者が問題。
現代には《可能性》があり、超人型には聴力の強化で微細な声の不自然さで嘘を聞き取る者や。希少ではあるものの第六感を伸ばし、直感にて質問の答えが嘘かを見抜く者がいる。他にも嗅覚にて嘘の匂いを感じ取るものや発掘物での嘘発見器のようなものもある。
どちらの《可能性》であっても録音をする行為はそう言った「嘘はわかるぞ」の意味合いがある。
足を組んで顎をおさえ暫し考えるウィリアムを他所に兄はサンドイッチを一つ食べ始める。それにアンも続く。
「失礼いたしました。少し考え事を、この度はお二人を捕らえる為に来たのではありません。二つ…いえ三つ聞きたいことと一つのご提案をお持ちした次第です。」
「それは僕らにとってもありがたいことです。二つというと?」
サンドイッチ一つを平らげ口元に付いた汚れを親指で拭う。その間アンは二つのケーキを食べ終えていた。
「はい。まず一つは私のご心的な質問で、お二人が村出身ですか?」
「そうです。間違えありません。もうその村はありませんけど。」
大都市や中継都市以外にも人の住む場所はある。それが街と村。どちらも法律の外にあるため、特に街は盗掘屋の国ともいえ、村は盗掘屋の拠点の事を指す。
県境にある村は危険と隣り合わせ、自然動物達にとっては格好の獲物ともなるためいつ全滅しても不思議ではない。県外での活動が長いウィリアム達は全滅した村を何度も見てその事をすぐ理解出来た。
そこでもう一つの疑問が浮かぶが二つと言った手前、深堀はせず次の質問へ。
「ありがとうございます。では次に、昨日の我々を監視していた理由は…雇い主様の暗殺か発掘物の窃盗目的ですか?この質問にはしっかり、二人で端的に答えなさい。」
一瞬にして険しい表情を作り、優しい口調からは考えられない程の威圧感が兄妹に向けられる。
「「いいえ」」
「承知いたしました。最後に、先日当屋敷にてお兄様がお使いになられた植物は、発掘物由来ですか? それともお兄様の可能性でしょうか?」
「僕の可能性です。」
間を置かない返事にウィリアムの顔は緩みボイスレコーダーの録音を終了させ仕舞う。「ありがとうございます。」とお礼を言うとあたたかい紅茶を一口。
「ご提案の方なのですが、スカウトになります。」
二つ目のサンドイッチを咀嚼しながら兄は右手を口元へ。アンは全てのケーキを平らげて一心地ついていたところへのウィリアムの発言に思った事を口にする。
「スカウトですか。てっきり持ってる発掘物とかあれば差し出せ!くらい脅されるものかと思っちゃいました!」
「こらアン!失礼だろ。」
「いえ、実際にお兄様の《可能性》が無ければ基本はその通りです。許可無き者への入場料です。」
「ア、ソウデシタカ」
マネキンかと思うほど美しい姿勢のまま、猫のような笑顔を崩さないメアリーは三人の話を遮らないよう傍観。思ったよりもしっかりと
「さて、今の言葉に嘘はありません。お兄様の《可能性》をお借りしたいのです。発掘隊のやることは必然的に決まってきますし、言わなくてもお分かりになるのでは?」
兄妹に刺さる話は即答してしまうほどに魅力的。飛び付きたい一心をグッと堪えるようサンドイッチを口に放り込む。
「でも話しはいくらでもできるよ?しかも借りたいのはお兄ちゃんの《可能性》であって私は要らないってことだし。」
「もちろん妹様も一緒にお越しいただいても問題ありません。何よりあれだけの圧力を放つ方なら大歓迎です。」
「あ、いやあ私は《可能性》が直接戦闘タイプじゃないんです…」
歯切れ悪く眼を反らすアンに代わり、兄が話しを引き継ぐ。
「アンの言う通り、県外に出れば発掘隊といえど監禁から発掘隊の所有権を奪うための拷問などもどうとでもできます。はいそうですかとは言えません。」
「その点は雇い主様より《エンゲージ》の準備が整っております。」
「そこまで…」
《エンゲージ》
この《可能性》の秘めた世界で書類、電子での契約では、意図も簡単に捏造が行われる。それを防ぐために作られたのが、約束事を人体に直接組み込む術。
契約方法は多種多様、いくつかの約束と罰則を設けることで使う例もある。
一昔前は、使い方を悪用すれば奴隷のような契約になることもあったが、現在は改良され互いに利のある契約でなければ発動しない代物となった。
ほとんど飲み干したティーカップを置き、静かに立ち上がるとウィリアムは兄妹達とは反対側から回り、メアリーの肩に手をのせた。ピクリと動く彼女は笑顔のまま目を開ける。
「おはようございます。メアリー。もう行きますよ。」
寝ていたのかと心の中でツッコミを入れる兄妹を他所にウィリアムはボイスレコーダーの入るポケットを叩きながら続ける。
「お二人とも、明日の同じ時間に我々はもう一度ここに来ます。詳しいお話はその時に、来ないという手もあります。その場合はこちらも追いかけることはいたしませんよ。それでは、良い一日を。」
兄妹に有無を言わせぬよう颯爽と消える夫婦を見送った。丁度対面のモニターでは水の剣士が勝鬨を上げており、それに伴う歓声もいっそう盛り上りを見せた。
兄妹から見えなくなるのを確認したメアリーは夫の肩に体当たりをする。
「十年ぶりの故郷はどう?」
「うーん。やっぱり変わったね。」
しみじみと顎を撫でながら別のモニターを見る。結果に不満のウィリアムは小さな溜め息をつき、小さく愚痴る。
「でも俺には関係ない。」
「あっははは!それもそっか!捨てられた側だもんね。」
「たった十年でこう感じるんだね。多くを見送ってきたメアリーに一歩近づいた気分だよ。」
夫婦の笑い声は穏やかに舌戦が繰り広げられる。
激しい戦いから一方。体勢を大きく崩して座る兄妹はそれはそれは長い溜め息と共に汗を拭っていた。
「あ、焦ったあ…三日で特定されるとは…お兄ちゃん一言もしゃべらないけど生きてる?」
「生きてるよ。これはチャンスだ…ビックリするぐらい順調で言葉にできないよ。」
「罠かもよ~。」
背もたれに全力で寄りかかり天地が逆転した視界で大会の続きを見た。残りのサンドイッチを頬張り直ぐ様食べきると席を立つ。そこで兄は気がついたが、いつの間にか足の拘束は粉々に砕かれていた。純白の物質をいくつか拾いそれでアンのおでこを軽く叩く。
「あ痛。」と体を縮め頬を膨らませながら宿へ戻る兄の後をブーブー言いながら追う。
「そうはならないために準備しなきゃね。」
ふふふと笑う兄はどこか楽しそうで、アンはその楽しそうな雰囲気を壊さぬよう文句言うのをやめた。
今回の話のタイトルをブランチに変更しました!