洋館での攻防
家主であるオシリスが館内に放送を行う。侵入者が現れ人数が一名、更にアビーが行方不明になったこと。方々で仕事をしているメイド三名、執事三名、料理人一名の動きは素早かった。
侵入者が現れた際、黒服を除いた使用人達は最低二人一組での行動を絶対のルールとしている。
洋館のメンバーは全員が県境での生活が出来る程の強さを有しているが、それでも純戦闘員ではない。《可能性》がサポートに振られていたりするためだ。
侵入者の《可能性》が戦闘寄りである場合、流石に分が悪くなるので数的有利を取れるよう心がけている。
現在、キッチンにいる料理人とメイド一名は動かず、他の使用人達は一斉に部屋を出る。接敵の確率が非常に高まる行為だが、誰もが迷うことなく館内を駆け、侵入者に会うことは絶対になく合流を成功させる。
使用人達の動きの最中、黒服の二人も行動に出る。ウィリアムがメアリーに目線を送るとメアリーは礼節はしっかりと、しかしその動きに無駄はなく室外に出ていく。
「イチリン様。この部屋の警戒をお願いいたします。私達は侵入者の捜索、撃退を行います。よろしいですか?オシリス様」
「勿論。君を雇っているのはこう言った侵入者の撃退がメインだからね。よろしく頼むよ。」
ウィリアムは一礼すると扉を閉じてから冷凍室を目指し廊下を駆ける。真っ先に向かうべきは宝物庫、今居た執務室とは同じ階の間反対にあるが既にメアリーが到着し警戒中。
彼女は宝物庫の前から動くことはせず、左右を見回し続ける。その視界の中に窓の外、山の上。ずっと監視の目があった所から視線はなく。その代わりに巨大な氷山が突如として現れた。
迷わず一階に向かうのはアビーの反応が消えた為だ。執務室に行く前、アビーは一階の冷凍室にシャーベット作りの手伝いに向かっている。
発掘物での物質交換はそこまで万能ではなかったとウィリアムは以前みたことのある資料を思い返す。いかんせん前職での事なので鮮明ではないが、
車の電子キーのようなものでボタン一つで同質量やランダムでの入れ換えを行えるアイテム。同質量では重さの制限は百キロ単位。ランダムでは交換するもの、何が何と入れ替わるのかを選ぶことは出来ない。普段使いなら質量交換がメイン。数分間、おそらく五分程のリキャストタイムが存在するが、性能から考えるとかなり短く、強力な発掘物。
早急な解決を目指した結果。場所は玄関ホール。階段一段目に足をのせる侵入者をウィリアムは見下ろす。約一分で相対。
かなり小柄な侵入者…などではなく、百七十センチ中ばと行った筋骨隆々の男。黒の和装で頭巾で頭と口許を隠しているが、侵入から間もなく現れるウィリアムに目を丸くした。
「…申し訳ありませんが発掘物のリキャストタイムを待ち逃がすつもりはありません!」
「早いって!まだ一分だが!?」
「問答無用!」
階段を二階から一階へと落ちるよう右手を手刀とし、左から右へと頸部に狙いを定め振り下ろす。
対するは掌底。コンパクトに丸めた上体からウィリアムの顔面めがけつき出す。互いに防御は一切考えていない一撃。
お互いの攻撃はしっかりと命中。鈍い音と共にめり込む手刀に掌底
ウィリアムは「重い…」
侵入者は「硬い!」
双方が《可能性》を超人型と判断した。威力をそのまま受け、ウィリアムは階段に押し返され、侵入者は左に二歩よろめく。
「重いですね。発掘物と合わせて、質量?筋量操作といったところですか?」
「なんだ?こちとらインパクトの瞬間力んだのに痛がりもしないな。身体能力だけじゃないな。骨の強化か?」
侵入者は流石に防御姿勢を取る。非常に簡単に左足を前にだし、その上方に左腕を付き出している少し特殊な姿勢。階段の途中に立つ相手からチラリと先ほどは立っていた床の傷や凹みを確認する。変化のない床をみて頭巾の中で笑みを浮かべた。
視線が床に移るのを見逃さず手刀での突きへと変更、増えようが関係なく肉は貫けるし切り裂ける。下半身が傷付けば逃げ切ることは難しくなるとの考えだった。
手刀が足に当たる直前、自然落下の拳が超質量となりウィリアムの右腕に直撃した。発掘物である洋館に傷はなく超質量の拳と挟まれた右腕には、いつの間にか取り付けられたヒビの入った白い小手。強い《可能性》で感じる圧力に背筋が凍る。視界に左手の手刀が見えたので咄嗟に超質量を逆転させ、手刀の纏う風圧で回転しながら距離を取る。
「っ!ほう。逆転させて回避もとれるのですか。いい《可能性》ですね。筋量は身体強化で質量の増減は《可能性》ですか。発掘物と合わせて誰とでも入れ換えが行え、単なる巨大化とは違う潜入と一対一性能を限りなく高めた能力ですね。」
侵入者は笑顔のままだが、その意味は小手を見た瞬間から百八十度違う意味合いとなる。
超質量と《不壊》に挟まれれば以下に強化しようが問題なく腕を破壊することが出来ると考えていた。ヒビだけなんて冗談ではない。見たことがあった。
立ち上がるウィリアムの両手にはヒビなどいつの間にか消えた綺麗な小手が、更に右手には細身で純白の剣が形成されていく。素早く一度上下に剣を振るうが音はしない。限りなく風の抵抗を受けていない証拠。
「お前、まさか。白騎士か?剣術大会三連覇の…」
「懐かしい名前です。今は騎士でも武士でもなんでもありません。ただ、私を知っているのであればお話が通じますかね?ご安心を貴方様の発掘物を頂ければ命も後遺症もなにもなく帰れるとお約束します。」
「はっはーそりゃ出来ない相談だな。そんなにこれが欲しいのか?」
地面にしゃがんだまま右のポケットから発掘物の車の電子キーのようなボタンを取り出し、非常にゆっくりと顔の高さまで持っていく。
「そうですね。我々が所有してないので雇い主様が喜びます。」
侵入者は黙ってボタンに手を掛ける。ウィリアムは眉間にシワを寄せながら一歩近づく。
「リキャストタイムは把握してます。五分まであと一分三十秒あるのはわかっていますよ。」
「え?ああ、悪いな。これは同じの二個目なんだ。」
無駄を限りなく省いた踏み込みは右手を切り落とそうとするが間に合わず、侵入者の姿が別の人物へと入れ替わる。ウィリアムは館内のメンバーを袈裟斬りしてしまわぬよう踏みとどまろうとした。
しかし、そこに現れたのは見たこともない男。姿勢は胡座をかいて、身長は先ほどまで居た黒い和装と近い。服装は緑と茶色を中心とした服装で、黒髪に緑の髪が混じる。目元は隈がすごい。
侵入者の交換対象は館内の誰でもなく、知るよしもない洋館を監視していたもう一組。昨日到着したばかりの兄妹、その兄であった。
剣に迷いがあった為、速度は乗り切らない剣筋。なにかを持っていたのか中途半端に上がる右腕を硬い土が覆い、純白の剣を受け止めた。それでもゆっくりと力業で土を裂き着実に防御を突破しようとする。察した兄は咄嗟に後方に体を反らす。
そのまま両腕を床に付き、胡座を解いて飛び退いた。バク転から立ち上がる兄は両腕を頭の横に降参のポーズ。その表情は非常に焦りを見せている。その焦りはウィリアムを見てではなく、窓の位置を一頻りに気にしている。
追撃をしないウィリアムが新たな侵入者を見据えた。分かりやすく魔法使い型。土と言う攻撃にもサポートにも使える良属性、一度の防御で見せた展開速度は目を見張るものがある。しかし、規模はかなり小さく、力を込めれば斬れるレベルでは攻撃に転ずることは難しい。
魔法使い型は、直接展開規模に力のあるタイプは攻撃系で細かい操作は捨てているが広範囲物量攻撃を得意とする。展開規模に力のないタイプはサポート系で同属性の物体を触ることで細かい操作可能な範囲攻撃力を発揮する。洋館内は発掘物で《不壊》があるため、人の《可能性》での変形などは不可能。
強さを一個人に集中させるウィリアムの超人型にとって、魔法使い型の物量攻撃は驚異だがそれが出来ないタイプ、環境なのであれば問題なし。
「一歩でも動けば斬ります。先ほどの人の仲間ですか?」
「違います!あのごめんなさい!ちょっと窓際に寄ってもいいですか!?」
「許可できません。抵抗しなければ発掘物以外は失わないで帰れま…っ!」
言い終わる前にウィリアムは窓の外に目線をそらしてしまう。とてつもない《可能性》の圧力に咄嗟に反応してしまったのだ。得たいの知れない何かが近づいてくるのを感じる。兄はすかさず窓を開けて外への逃走を図るが、直ぐ様目線を戻したウィリアムの追撃。抜き身の刃最速の突き。
迫る剣に防御として左手が差し出された。緩く開かれた掌が純白の剣を真上に弾き、同時に天井に水滴が飛び散る。
水に包まれる左手、高速の水流はダイヤすら切り裂く刃となる。兄の左手はダイヤこそ切り裂いたことはないが大木を倒すなら一太刀。
勘弁してください!そんな台詞のあと、土を作り出す右腕を頭の高さからから振り下ろす動作。連動して小さな土の礫がウィリアムの頭上から降り注ぐ。抵抗むなしく一剣で難なく礫を弾きながら一歩、また一歩と距離を積める。
弾かれた礫が足元に跳ね転がって来るのを見て諦めたかのように大きなため息を吐く。
「もうめちゃくちゃだ…仕方がない。」
時は洋館背後の山に氷山ができる少し前まで巻き戻る。
川を越えた位置から双眼鏡で覗く兄弟の姿があった。枝の一つに腰掛け木々の隙間から片側ずつを二人で覗く姿は極めて怪しい。
しかし二人の装いは変わり、兄はサンダルはそのまま。フードを茶、胸回りを緑の半袖シャツに前腕部分には茶色の硬い皮で出来た小手を身に付ける。腹部を茶色のコルセットで止め、これまた緑色のズボン。茶色の革製ブーツとなるべく森にカモフラージュで溶け込めるよう努力した服装を。
アンは大きな緑のフード付きローブを身に纏う。フードのしたの格好は新東京から変わってはいなかった。
「お兄ちゃん。目標が見つかったのは非常に嬉しいんだけど…一日見てわかったことが少なすぎない?」
「いやいや、アンさん。非常に有意義だとは思わないかね?料理人一人、メイド三人、執事三人、眠そうな人一人、黒スーツ三人、そしてお屋敷の主が一人と全員合わせて十二と言うことはわかった。」
目に隈の出来た兄が双眼鏡から顔を離し左に居る妹にニヤリと笑顔を向けた。
五日間。睡眠時間が一、二時間という身を削る方法で中継都市と山道、車を隠して奥多摩湖周辺と言う情報を頼りに川下りを始め。目的である洋館を見つけた兄弟。少しテンションがおかしい兄をどう寝かせるかに頭を悩ませる。
迷いの無い動きに洋館内の慌ただしさは感じなかったが、氷山出現前の《可能性》の圧力には直ぐ様感じることが出来た。
再度双眼鏡を覗き込む二人。兄が右手で氷山から更に細い氷の道を洋館へと繋げ、滑り降りる黒服の少女を見て。右手を離し口口元に当てる。宙に浮いた双眼鏡は続いて、黒い和装の男と黒服の男を観戦。白い小手と剣を見てアンが驚きの声をあげる。
「うっそ!白騎士じゃない!?」
「十年くらい前にいた新神奈川最強騎士の通称だっけ?」
「そう。私ファンなんだ!」
「多いなファン。何人居るんだか。」
「あったり前じゃん!十八歳から二十歳までの最年少優勝記録に最多優勝記録を持つ最強騎士だよ!一回決勝に行くまでに怪我で優勝したとしても引退を余儀なくされるような危険度の高い大会で三連覇!しかも三年連続無傷ときたら伝説にもなるよ!無傷の四連覇目前で急に試合放棄して行方をくらませちゃったの!こんなところでお目にかかるとは!すご!お兄ちゃん!あそこにしようよ!私達を売り込むの!」
高速の語りに口元を押さえたまま目が回りそうになる兄。しかしその口元は笑っていた。
「めっちゃしゃべる…まあ確かにあそこは僕が望む環境かもね。少なくとも今まで観察してきた発掘隊よりも圧倒的に魅力的だ。」
「おおお!遂に!何が決め手なのさ!」
「あー、大きく二つあって。
まずは人数。昨日の買い出しも黒服の二人が行うところを見ると主要メンバーだけで生活してるのは、僕らが入った後でも手柄を視覚化しやすいからね。
次に戦闘力。おそらくあそこの中で戦闘に特化してるのが黒服と仮定しても、今の白騎士と氷の女の子でも十二分に強さがずば抜けてる。組織の四分の一があのレベルなら僕らの目標である琵琶湖も踏破できるかもしれない。何より手合わせなんてお願いできたら僕らの経験にもなるからね。」
ペラペラと喋る内容に双眼鏡の主導権を兄に取られながらアンは大きく開いた目を何度も瞬きさせた。思ったよりもしっかり考えているのだなあ。と
今までも幾つかの組織を見て、人数強さが似たような所が無かったわけではないので、アン事態は完全に選り好みしているとばかり思っていたのだ。
「後は都市に入った所でどう売りこ…」
兄の言葉は途中で際切られた。突如として右目の視界には白騎士こと、ウィリアムと兄が移り込む。双眼鏡を覗いていた右腕に土を展開させるのと同時に右隣から誰かの声が聞こえた。
「お、よく受け止められたな。」
「誰あんた。」
双眼鏡から目を離し、怒気を含んだ大きな瞳が洋館の侵入者へと向く。続けて双眼鏡から離れる侵入者はアンの質問を無視して言った。
「いいのかい?見てない間に、お連れさん斬り伏せられたぜ?」
瞬間、見えない何かが木々ごと押し潰し洋館の侵入者は地面に叩きつけられる。予備動作の一切無い力に受け身や《可能性》は間に合わなかった。
押し潰されつつ逆流する胃液をなんとか押さえ込む。そこでやっと《可能性》を全力展開。筋力事態も上がる筈が敵わない。
「お兄ちゃんと戻ってきたらお前の四肢を切り落としてやる。もし、お兄ちゃんに何かあったら…出来る限り惨たらしく殺してやる」
木の上に立つアンの異常なまでの殺気は周辺の野生動物たちをその場から遠ざける。都市に近いこともありより狂暴な野生動物が居なかったのも侵入者の命を救う。
侵入者の頭の横に落ちていた懐刀が宙に浮き、洋館に向かって駆け出すアンの後を追う。
自身を襲う《可能性》が解除されるが追い詰めた本人を目で追うことも出来なかった。
お構い無しの《可能性》の圧力にもう間もなく暴走した状態で洋館に妹が突っ込んでくると確信した兄は、悪態をついた後、『いただきます』や神に祈る様なポーズ、両手を合わせてから足元に転がってきたばかりの礫を両手で押し潰す。
礫の雨が止み、移動の煩わしさが消えたウィリアムは垂れた頭を剣の腹で叩いて無力化を狙うが、離れた両手から生まれた複数本の樹木に阻まれる。
「まさか!」
樹木の成長速度に対処が間に合わずウィリアムは森にのみ込まれる。
人類に与えられた《可能性》では新たな命を生むことは出来ない。それが共通認識、故に植物と言う命も無から産み出すことはあり得ない為。最適解の行動を移す前に一時足止めを食らう。
「退却!退却ううううう!こんな筈じゃなかったのにいいいい!」
その隙に洋館の窓を開けて兄は叫びながら妹の方へと逃げ去ることに成功。声が聞こえたのか圧力は消え去り、五分もたたぬうちに森や川からの二人分の気配も消失した。
雁字搦めにされたウィリアムも左手からもう一剣を作り出し植物を切り刻む、取り敢えず頭だけの脱出。その状態のまま高らかに笑う、その声がやむよりも早く廊下を塞き止める木々の前に他の黒服二人が集まった。
「あっはははははは!」
「ウィリアムさん。逃げられたにしては嬉しそうですね。」
社長の気が触れちゃった。と心配そうに呟くのは氷上滑り台で戻ってきたばかりのアビー。メアリーはウィリアムの頭を掴み強引に力業でバリバリと音を立てて引っこ抜く。
押さえ込もうとしている笑いを顔は一切隠せていないが、その表情のまま両手の剣で伐採活動を再開する。
「あー、情報共有は後に取り敢えずアビーはオシリス様に夕食までには間に合わせることを伝えて執事全員呼んできてください。メアリーは凄まじい圧力の感じた所の確認をお願いします。」
「はい!」
「承りました。」
その後は五人係りで樹木を薪に変える。一時間ほどの作業で終わらせ、廊下には塵一つない。
薪の作成から間もなく、残りの片付けを使用人と一緒に終わらせて報告に食堂へと足を運ぶ。
館の主含めどの使用人も襲撃者の逃走に対してはなにも気にしていない。
例外なく全員で夕食の準備に取りかかり、その中で食卓にお皿を並べるオシリスがウィリアムを見て、報告を受ける前に夕食を済ませることを提案した。
「そしたら後ほど、ぜひ必ず。お耳にいれておきていただきたい者がおります。」
「…了解。」
最後の一枚を置き、続けてカトラリーを並べる。その手は止まることはないが、意識はかなりウィリアムへと向く。事の顛末を後回しにしたのに念強く言われてしまったからには気になるのだろう。報告内容を頭の中で纏めながらウィリアムも夕食の準備に加わる。
続々と使用人が集まり、メアリーも戻ってきた頃には料理人が配膳を済ませて全員が大きなテーブルを囲んでいた。オシリスの方針として夕飯は全員でなるべく食卓を合わせている。