雷光に包まれる希望
「どうなってんのよ、これ・・・」
急激な景色にアシェロが絶句する。
雷が家屋より背の高い木々を無視して、まるで家に落ちるのが目的だといわんばかりの軌道で次々と家屋を突き破る。
空を徘徊する銀龍の口からは氷が吐かれ、これもまた家屋に直撃している。
俺たちは理解が追い付かず、その光景を見てるしか無かった。
やがて雷がおさまると、人影が銀龍目掛けて飛んでいくのが見えた。
何が起こっている。なんだ。悪い夢か。 夢だ。 夢だ。 夢だ。 夢であってくれ。
皮肉にも人は順応性が高い生き物であるようで、俺の身体は無意識に家の方へと走っていた。
夢だ。 夢だ。 夢だ。
隣に家のおじさんが倒れている。
「おじさん!」
「ス・・・クリ・・・・・」
息がある。
「昨晩、急に色のついた・・・風・・・植物が枯・・・・れた・・・・・」
「喋らないで!!」
片目を薄く開き、話す度に荒い息を吐いている。
「死人・・・や・・・・具合・・・の悪・・・い人・・・・も・・・。今日・・・・龍と人が・・・・雷・・・・・・と・・・・・」
おじさんが固まった。
話しかけても反応がない。おそらく元より聞こえてはいなかった。最後の力を話すことに使い尽くしたようだ。
家はどうなっているんだ。お母さんと逃げないと。
すぐ目の前にある家は雷が落ち、崩れ燃え盛っている。
俺はふらつきながらも家へと歩みを進めた。
夢だ。夢だ。夢だ。
扉を開く。
玄関前で転がっているのは、母の形をした空っぽの器。
自分でも何を言っているのか分からないほどに呼びかけた。
反応の無い空っぽの器。
夢だ。夢だ。夢だ。
燃える家が熱くて痛い。心が痛い。
夢だ。夢だ。夢だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「スクリ!行くな!」
呼び掛けに反応が無い。走っていくスクリは聞こえていないみたいだ。
スクリの姿を見てチナンが走り出し、マシェロが走り出し、マリーザが走り出した。
きっと無駄だろう。村の荒れ方を見るに、数時間前から襲撃されている。
何故か冷静な自分がいた。
大蛇の時は皆を守り切れなかった。諦めてしまった。
今度こそ。
自衛団員としても4人は絶対守る。
まず、チナンの元へと急ごう。
「父ちゃん、母ちゃあぁん」
家の前で、身体の一部が凍り付き、肌に血色の無い男女の亡骸を見て泣いている。
チナンのご両親はアベラでも無い。為す術は無かっただろう。
泣き崩れるチナンを無言で抱え、姉妹の元へと急ぐ。
雷・・・。
いや、今は考えるのをやめよう。なんとしてでも助け出す。
泣き崩れているアリーザをアシェロが抱いている。
近づくとアシェロは緑の瞳を潤わせ、こっちの姿を確認する。
「アシェロ、アリーザを連れてきてくれ」
「兄ちゃん・・・」
アシェロはそう言うと、アリーザに肩を貸しついてきてくれた。
これでは走るのは難しい。と、空を確認するとさっきまでいたはずの銀龍がいない。
しかし後回しで良い。スクリの元へ急ごう。
スクリの家の扉が開いている。
玄関で立ち尽くすその姿の後ろには、銀龍。そしてその背に乗るローブ姿の人影。
気付いていないのか?
銀龍が口を開く。そして咥内に青白い光を纏わせる。
「危ない!」
銀龍が白い吐息をスクリの家に吹きかけると、家はみるみる凍り付いていく。
俺はスクリを抱え、再び三人の近くへと移動を済ませていた。
今度は絶対に救うんだ。もう怯んだりしない。
依然立ち尽くしたままのスクリ。怯えながら状況を見ているマシェロ。泣いているマリーザとチナン。
俺は雷で4人を守るように囲う。
「マシェロ。君は出来たお姉さんだよ。皆をよろしくね」
「えっ?」
僕の投げかけた言葉に唖然とする様子のマシェロ。
「【雷電荷】!!」
そう詠唱すると、唖然とした表情でこちらを見るマシェロ、そしてスクリ。
その二人に微笑みを投げる。そして、凄まじい速さで彼方へと飛んで行った。
「ヒッヒャッヒャ。さすがに器用だね、『雷電』のアビラ。4人に纏わせた雷の前後の電荷を瞬時に変え飛ばす技術か」
ローブに身を包む人影が飛んで行った4人の方向を確認し、銀龍から降りるとこちらへ高笑いと共にそう言った。
笑い声。そして、その情報を知る人には心当たりがある。
「貴方でしたか。あの子らを飛ばして良かった。会わせる訳にはいかないんでね」
ローブの中から垂れる赤紫の髪。僕がこの男を忘れるわけがない。
「成長したね。君の両親も喜んでいることだろう。ヒッヒャッヒャ。昔、ヒヒャッ、死に際は苦しそうな顔をしていたからねぇ」
笑いながら10年前の出来事を言葉にするソイツに怒りが湧いてきて、無意識に握る拳が震えているのを感じた。
「あの時、逃げるしか無かった貴方がわざわざこんなところまで殺されに来たんですか」
再来したその男は、両親の仇。そして、『雷』の師である。
「ヒッヒャッヒャ。感情の高ぶりが力のあるアビラを覚醒させる。悲しいさ、私は感情が薄いのでねぇ。ヒッヒャッヒャ。愛想笑いだけは昔から得意だったけどねぇ。私は君を完成させたかった。だから鍛えた。そして、ヒッヒャッヒャ。君の両親を葬ったぁ」
と、最後に口元しか見えないその姿で、不気味な笑みを見せる。
「そして、僕は『雷電』に目覚めた。帰ってきたと思えば村を・・・」
震える拳が止まらない。
「皆を、殺しやがって!!【雷電閃】!!」
大蛇の尾を飛ばしたあの時よりも研ぎ澄まされた雷を指先に針のように纏わせ、仇へと飛び出す。
しかし。銀龍の尾に弾き飛ばされる。
「硬すぎる・・・。それなら!!【雷電燕】!!」
鮮やかで鋭利な雷の燕。25羽が僕の上空に召喚される。
「ヒッヒャッヒャ。私もねぇ、あの頃のままじゃぁないんだよぉ」
「ほざいてろ!!!」
「【魔雷燕】」
その仇が詠唱すると、その上空には25羽雷の燕。その大きさ、人間級。
「嘘、だ。なんだ・・・これは・・・」
―絶望。
「だからぁ、君にはもう興味ないのさぁ」
ふざけた口調から強張った口調へ。不気味な笑みを辞めたそいつの迫力に背筋が凍る。
―――絶望。
―――絶望。
―――絶望。
―――希望。
僕は一度深呼吸をし、仇へ向けて笑みを投げた。
「デラ君。何が可笑しい」
「希望さ。今日見たのさ。センスはきっと全アビラの中でも一番の子」
―マリーザ。
「誰よりも真っすぐで、熱い。そして、仲間を大切にできる子」
―チナン。
「怖がりだけど何にでも立ち向かえる。みんなを守ってくれる子」
―マシェロ。
「そして、何でも成し遂げる。控え目な性格だけど、何もかもを変えてくれる子」
―スクリ。
「4つの希望がある。僕らは負けないさ」
君たちに全て託した。きっと皆の未来を繋いでくれ。思うがままに生きればいい。それが、君たちの最善の道だよ。
「馬鹿馬鹿しぃねぇ」
ぶつかり合う2種類の雷の燕は、大きい方が小さい方を取り込み、そのまま僕へと向かってくる。
そして、雷に包まれた。
眩いその光景の中に身を預けた。最後まで笑顔で。