燃える景色
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「うぅぅう~。寒くなってきてねえか」
「山の中腹。しかも北側が目的地だからね。だんだん標高も上がってきているはずだよ」
と、俺のぼやきに兄ちゃんが反応してくれる。
リニチイム山。俺らが住む村は山の南側に位置する。
山の反対側に出るわけで、時間がかかるから、目的地到着は夕方になるだろうと兄ちゃんが話していた。
茜草が採れる山の中腹は小さな平原となっており、そこで一晩を過ごす計画だ。
日帰りの場合だと、帰り道の俺とスクリの燕の数が増え、怖がりなマシェロの恐怖も増えていることだろう。
既に林道を超えて、小川と並走する山道を歩いている。
「川があるから木も少ないね、ここら辺」
「そうだね、後はひらけているからそろそろ照明はいいかも」
そんなスクリと兄ちゃんの会話があって、7羽の燕が空に昇華しつつ消える。
「私の出番なかったね」
と明るくなってきてテンションがさっきと180度変わったマシェロに、
「当たり前だろ、鎮火されると暗くなってビビる奴がいるせいで気ぃ使ってたんだからよ」
と、嫌味を添えてみる。
次の瞬間「うるさいっ」という声とともに、顔面中央に手刀が飛んできた。
「いっっってええぇぇぇぇ!!!」
「自業自得よ」
そういって前へ振り向いたマシェロの結ばれた髪の毛が俺の顔面に追撃をした。
「えぶしっ」なんて情けない声まで出してしまった。
兄ちゃんとスクリがほほ笑み、マリーザが声を出しながら笑っている。
話題を逸らそう。
「でも兄ちゃん、よくこんな道1日もかからないで往復できるよなー!今日は俺らがお荷物だから一泊するけどさ」
「『雷』のアビラだからね。早く移動できる技があるのさ。狭い村だから普段は見せることないけどね」
と再び歩みながら返してくれる兄ちゃん。真面目な表情を見せながら再び口を開き、
「みんなも扱いに慣れてきたら便利になるように考えてみて。属性が違うからアドバイスは難しいけどね。一般的なところで言うと、『火』は料理や鍛冶、『水』は唯一治癒能力がある。王国だとそれぞれその職業で稼いでるよね」
「料理かー。あんまし興味ないなぁ」
「チナンはロウソク役しか向いてないでしょ」
マシェロが口を挟めてくる。
「そんな仕事あるかい!」
と即座に返す。
「二人で芸人しなよ、売れるよきっと!」
「ブクッ」
マリーザが緑色の瞳を輝かせながら一番鋭い嫌味を刺してきたが、たぶん悪気はないのだろう。
その状況を即座に理解したスクリが珍しく顔を俯け笑っている。
恥ずかしい気持ちに襲われ、返す言葉も思い浮かばない。
「いやぁ、本当に寒いなぁ・・・」
苦し紛れに発した言葉は空に消えていった。
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チナンとマシェロの小競り合いのあと、1時間程度歩み続けた。
4人とも、よくついてこれた。約8年前、僕がこの子らの年齢だった頃だとさすがに無理だっただろう。
15歳のときにやっとの思いで茜草を採った記憶は今も新しい。
「そろそろだよ」
と、さすがに疲れた表情の4人に声をかける。いや、マリーザだけは元気だ。さすが天才児。あの人の血を濃く受け継いでるのだろう。
平原が見え始める。橙色の背の高い草が絨毯のように広がる。そう、茜草の草原である。
「す、すげぇ・・・」
あのチナンでさえも紫の瞳を揺らしながら、発する言葉が小さくなっている。
感動している4人をみて、こちらも嬉しい気持ちになりながら、初めて感動したあの頃を思い出し頬が緩む。
「採集は明日。今日は寝床の確保と晩飯の準備にしよう」
そう言って4人を先導するように歩みを進める。
――が。
茜草の中に聳え立つ”モノ”を見て歩みを止めてしまう。
「待って」
と4人に小さい声に併せて両手を広げ静止させようとした。しかしチナンとマリーザが草原に向けて既にそれぞれ駆けている。
その”モノ”が一瞬揺れる。すぐに巨体に似合わないスピードで、チナンへ向けて地を這い向かう。
まだ全員気づいていない。声をかけて1秒も経っていないのだから。
「【雷閃】!!」
足に雷を纏わせ、一気にチナンの前へと水平に跳躍する。
よし、間に合う!!と心の中で安堵し、手の指先に雷を纏わせる。
タイミングは問題ない。
橙色の草がその”モノ”の蠢きに合わせ舞い上がり、地響きが鳴ると同時に、チナンがその方向を見て固まる。
バッッチイィィィィイイイン!!!!!
こちらの攻撃が命中すると共に、巨体が奥へとはじけ飛ぶ。貫くことができなかった。
「兄ちゃん」
チナンが声を震わせ、潤んだ紫瞳がこっちを見て揺れている。
「間に合った・・・」
本心を投げかけ、”モノ”を見る。
「なっ・・・!」
それを見て凍り付く。
あれは尾だ。頭はどこだ。
その”モノ”が大蛇であると理解すると同時に、尾から辿っていくように頭部を探した。
それは既に、アリーザを目掛けて物凄いスピードで這っている。
ダメだ、間に合わない。
「アリーザアアアアアァ!!」
叫ぶ姉のマシェロ。
その横で燃え盛る燕を12羽飛ばすスクリ。
当たれば深手を追わせられるだろう。
しかし、とても間に合わない。
―絶望。
現実から目を逸らすべく、強く目を閉じてしまう。僕がついていながら情けない。
―絶望。絶望。絶望。
恐る恐る目を見開くと、宙に舞う無数の茜草。
その中心には、大蛇の頭部が宙を泳いでいた。
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「待って」
兄ちゃんが両手を後ろに広げ、次の瞬間に消えた。
雷の跡が、チナンの方へと走っている。
大きい”ソレ”は伸びるようにチナンの方へと這い進むと同時に、反対側のアリーザの方へと同じように伸びてゆく。
「【火燕】!!!」
加減はいらない。全力で燕たちを向かわせるが届かない。
隣でマシェロが叫んでいる。
マリーザも叫んでいる。
風切と。
風で出来た刃が、”ソレ”の頭部と思わしき部分を突き上げる。
切断された頭部は、散りばめる茜草とともにチナン達の方へと勢いよく飛んで行った。
静寂の中、聞こえているのは俺とマシェロの荒い息遣い。
しばらくして、落下した頭部の鈍い音が響いた。
「すっげえぇえええ」
沈黙を破ったのはチナンの興奮する声。
それに合わせてマシェロは崩れ落ち、俺の足はマリーザの方へと無意識に向けていった。
得意げな表情に指を二本立てるマリーザ。
「よかった」
と言葉がこぼれてしまう俺。
「スクリ、泣いてるの?」と微笑みかけられ、すぐに顔を背けて目に込み上げていたものを拭った。
すぐにマシェロに肩を貸した兄ちゃんとチナンが歩いてきて、それぞれ安堵と驚きの表情をマリーザに対して向けている。
雲が晴れ、夕日が一面に差すと、辺り一面の地面が茜色に染まる。
「これが、茜草と呼ばれる理由だよ。みんなで見ることができてよかった」
優しい表情をしながら周りを見渡す兄ちゃん。
あまりにも壮観な大地の表情に、みんなが落ち着きを見せる。
「綺麗だね、スクリ」
俺の『火』のように燃える空と燃える草原に、マリーザの横顔も赫く染まっている。
「うん、凄く綺麗だ」
言葉が自然に零れた。
ほどなくして、少し離れた場所に寝床の確保と晩飯の支度を終える。
チナンとマシェロが大蛇を食べるか否かでコントを繰り広げてくれたので、
皆、先ほどの絶望を忘れて楽しみながら準備が出来た。
持参していたスープとパンをチナンが灯した火で囲み、皆での食事が始まった。
こういうとき、話題の先頭はチナンである。
「マリーザのさっきの技さ、なんて言うんだ?」
「【風切】だよー。林道で木を切ったときのイメージでやってみたら出来た!」
誇らしげに言うマリーザに兄ちゃんも
「天才だ・・・」
と驚愕を隠せていなかった。
「まぁ、使い道は無さそうだけどねー」
と言いながらパンを再び頬張る。
「スクリも12羽召喚できてたね」
「そうだったの?数えてなかった」
あの時は必死だった。数える余裕もなかったが、意識しないところで成長したみたいだ。
「んぁー!また差をつけられた」
と拗ねた声を出すチナンに、「帰りは一人で道を灯そうか」と兄ちゃんが優しく笑いかけていた。
そして就寝の時間。
同性のチナンと近くで寝ることになった。
案の定、寝る邪魔をしてくる。
「スクリ、マリーザといい感じだな」
とクスクス笑いながら話しかけてくる。背を向けながら相手をしてやろう。皮肉返しで。
「燕の数の話か?一匹足りないよ」
「違うわ!ばか!」
鼻で笑い返す。
「でも絶対お前には負けねえよ。いずれ追い越す」
真面目な声も出せるんだな、と感心した。
「俺も負けない」
「マリーザ、良かったな」
「うん、お前もな」
普段はうるさいし何かと上から目線であるが、正直者で良いやつだ。
チナンが親友でよかった、と心から思わされる。
寒空の下、一緒に危機を乗り越えることで、皆との関係がまた深まったような気がした。
そんなことを考えながら、疲れていた俺は眠りについた。
早朝に皆で茜草を回収し、帰路についた。
予定通り、一人で道を灯すチナンと暗がりにビビりまくるマシェロ。
冒険などお手の物と言わんばかりの表情のマリーザ。
途中で天気が崩れ、雷が鳴っている。一度待機はしたが、天気が表情を変える素振りを見せないので、再び速足で進む。
先頭を歩いている兄ちゃんに声をかけてみる。
「いろいろあったけど、楽しかったね。ありがとう兄ちゃん」
「うん、そうだね」
優しい声で返してくれるも、どこか硬い表情で先を見つめる兄ちゃん。
「皆、離れないで」と兄ちゃんはが呟き、皆何も聞かずに後ろをついて歩く。
言われた通りにしながら林道を抜け、集合場所でもあった小屋に辿り着く。
そこから見える村は、雷に撃たれ、季節外れの雪。
薄明の空を徘徊する雷雲と、銀色の竜。
そして、瓦礫が散らばる村。