燕の村
水・日曜日 20時ごろ更新!!!(予定)
「今日は物語を読んであげようか」
男の優しい声がそう言うと、子供達は集まってきた。
『ジングワローの誕生』という古びた本を持ち、軍装に包まれた赤髪の青年は興味津々な子供たちの表情を見て口を再び開く。
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神は―――。 人々とは異なる存在であり、上位の存在であった。
神は―――。 人々に火・水・地・風・雷・氷の加護を与え、人々の繁栄を願った。
神は―――。 加護を利用し争う人々を、憐れんだ。
神は―――。 人々を抑制すべく、竜を放った。その存在もまた、加護を用いて、人々と争った。
人々は―――。 竜に対抗すべく加護を魔導として極めた。
人々は―――。 争いを辞めることはなかっ
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「なんだよ兄ちゃん。今日はつまんねーじゃん」
まだ物語の導入の途中であったが、銀髪が肩にかかっている少年に水を差された。
「チナン。途中でしゃべらないでよ!」
金髪のポニーテールが特徴的な少女がそういうと、
「姉ちゃんのいうとおりよ!デラ兄ちゃんに謝って!」
と、これもまた金髪を短く揃えた少女が続く。
姉のマシェロと妹のマリーザだ。
「なんだよ二人して・・・」
と不服そうなチナンに微笑みながらデラと呼ばれた軍服の青年は
「ごめんよ、じゃあ加護の練習でもしようか」
と、なだめる。
「スクリ、君もおいでよ」
遠巻きでその光景を見ていた黒髪が寝ぐせのように撥ねている少年に、優しい声が飛んできた。
加護の練習。
人々は大昔に神より加護を授かったという。
『火・水・地・風・雷・氷』の六属性から為る加護。その加護を持つ者はアビラと呼ばれ、昔は戦争にも使われたが、現在は800年前、エータ1221年に戦いを制したミノザルズ王国がジングワローのほぼ全てを統治しているため、生活の利便性を高めるために使われている。
『火』と『水』は特に重宝され職業が豊富に選択できるため、
『火』のアビラであるスクリとチナン、『水』のアビラであるマシェロはリニチイムという小さな村では将来の稼ぎ頭として期待されている。
「【風燕】!!」
風の燕が召喚される。
リニチイムでは昔からの風習で、アビラの訓練として自分の属性の燕を複数召喚し、指標を量る。
「13羽か。また増えたか!さすがマリーザは筋がいいな」
デラが声をあげて関心する。
歳の数だけ召喚出来るのが平均とされるその指標は、9歳のマリーザからすると天才の部類である。
これだけの才能であれば『風』属性といえど、職に就くには困らないだろう。
「【水燕】!」
水の燕が10羽召喚された。
11歳のマシェロは「あーもうっ!」と悔しそうな声を空に投げている。
「「【火燕】!」」
10歳のスクリとチナンはマシェロを見守ったあとお互い離れると、火の燕を召喚した。
チナンは10羽、歳相応といったところだろう。
「またスクリに負けたぁ。悔しー!」
スクリの上に飛ぶ11羽の火の燕を見てチナンが叫ぶ。
「まぁまぁ。みんな十分すぎるから。」
先ほど見本として雷の燕を25羽召喚したデラ。18歳である。
「俺も兄ちゃんみたいになれるかな。」
スクリが召喚した燕を収め、デラを見上げた。
「ああ、みんななら余裕だよ。とにかく燕は召喚出来たらあとは意のままに動かせる。基本中の基本だからたまに練習しておくように!」
皆に聞こえるようにそう言うと、「どうした?」と不満そうな顔をするチナンとマシェロに続けた。
「燕だけだと実感というか。ピンとこないんだよなー。燕の操縦はできるし、肉も焼けるんだけどさ」
「そうなのよね。というか単純に悔しい」
歳相応のチナンと歳相応にわずかに満たないマシェロが悔しそうにすると、デラは考えたあと、
「じゃあ、わかった。今度僕の非番の時に一緒に茜草を取りに行こうか」
茜草。この村〈リニチイム〉の名産で、年中育つ薬草である。
しかし取りに行くには獣道をとおるため、危険が伴う。
15歳で成人する子供は通過儀礼として一人で茜草を取りに行くのだが、
村の自衛軍に所属するデラの同伴の元であれば、スクリ達でも通れるだろう。
「っしゃあ!これでスクリ超えだ!」
と、チナンが喜んだのも束の間で、
「いや、この5人でいくよ。二人もいいかな」
激しく喜怒哀楽を体現するチナン。気にせず喜んでいるマシェロ。
「いくー!」と目を輝かせるマリーザ。すぐさまスクリに目をやり、
「行くよね?スクリも!」
「うん、皆が行くなら行こうかな」
冒険のワクワクと、抜け駆けできない悔しさに一人テンションを上げ下げしているチナンをよそに
5人で茜草を取りに行くことが決まった。
スクリが家に帰ると、母親のヒーカが晩御飯の支度をしていた。
「母さん、今度みんなと兄ちゃんと茜草を取りに行くよ」
10歳であるスクリが獣道を通るのだから、親に許可を取るように、とデラに言われたのであった。
「デラ君がいるなら大丈夫でしょ。行っておいで」
村の大人たちにも評判がいいデラの付き添いがある。断られる理由なんてないだろう。
「あんたにはアビラとして稼いで貰って楽させてもらいたいからね」
なんてね。などと笑いかけながら料理を運ぶヒーカ。少しは本音なのだろう。
「兄ちゃんや父さんみたいになるよ。きっと」
「頼んだよ、もう遅いから食べたら寝るんだよ」
そう言いながらスクリとヒーカの目線の先には、3人で映る家族写真。スクリの青い瞳は父親譲りで、髪は母親譲りであることがわかる。
父親は、ミノザルス王国で働いているらしい。スクリが生まれる前に王国で二人暮らししていたとのことだが、都会はヒーカに合わなかったらしい。
小さい頃、焼き芋の調理に火を出していたところを見たことがある。
――そして。
「行ってきます」
約束の日。母親の笑顔に見守られ、今日も家を後にする。
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俺は家を出て、集合場所である村はずれの小屋へ向かう。
昔、農作物を貯蔵するのに使われていたみたいだが、現在は村の中に新たに大きい小屋が建築されているので今は使われていない。
さらに新しい小屋には地下室もある。昔チナンがかくれんぼに使って怒られていた。
「スクリ!おでかけかい?」
「うん」
無精ひげと贅肉が特徴的なその大男は、隣の家のおじさんだ。
「またいいのが採れたら教えてくれよ!」
「わかった」
”いいの”とは母の畑で採れる野菜のことだろう。
畜産を営んでいるおじさんとは、よく物々交換をする関係性だ。
「相変わらずだなあ」
苦笑いしながらそんなことを言うおじさんを横目に、その場を後にする。
家族と今日集まる4人以外はどうも苦手だ。
小屋につくと既に全員集まっていた。
いつもこうやって集まると、俺が一番最後になるのは何故だろう。
「おっせーよスクリ。また最後だぜ」
銀髪を揺らしながら振り向いてきたチナンを一目見て、申し訳なさそうな表情を一瞬だけ贈る。
チナンには十分すぎる謝罪だろう。大体、遅刻しているわけでもないのに。
「兄ちゃん、おまたせ」
「うん、おはよう」
尊敬している兄ちゃんには挨拶を済ます。
いつも通りの優しい声で挨拶を返してくれる。
「チナンはいいけど、私たちまで無視しなくていいじゃない」
マシェロが振り向くと長めのポニーテールがマリーザの顔面に直撃する。
「いっ」とマリーザが一瞬声を発したが、慣れた様子で声をかけてきた。
「スクリ、おはよっ」
そう、普通はこれだ。挨拶とは人のコミュニケーションの基本である。
といっても、この人ら以外に挨拶できる自信が無い俺である。
「おはよう、マリーザは挨拶ができて偉いな」
今日張り切っている元気コンビに皮肉を贈ろう。
「「やかましいわっ!」」
今日も相性がいいな。と二人を見ていると笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ、早速いこうか。」
小屋の少し奥、林道の入口を指差して、兄ちゃんが続ける。
「昼前だけど、林道は影で少し暗いんだ。スクリ、チナン。燕を3羽ずつ召喚して明るさを確保するように。あたりまえだけど木に火がついてしまわないように気をつけてね。マシェロ、万が一の時鎮火できるように、準備しておいてね。」
「了解!【火燕】!」
兄ちゃんに言われて、すぐさまにチナンが燕を3羽召喚する。
俺も続こう。
「【火燕】」
・・・。
しまった。5羽召喚してしまった。
「スクリの課題は調整だね。今は大丈夫だけど、例えば料理人になった時に焦げたご飯ばかり提供することになるよ」
赤色に燃え続ける燕を一度収め、再びやってみる。
少しだけ・・・少しだけ・・・・。、頭の中で繰り返し念じ、
「【火燕】」
火の燕は7羽飛んでいるようだ。
内3羽はチナンが召喚したものだから、
「よし、できた」
みんなに満足げな顔を披露する。
「いや、多いわ!」
すぐさまマシェロにつっこまれた。どうやら皆、引き算は完璧らしい。
兄ちゃんも苦笑いだ。
「まぁ、今日は4羽にしておこうか。これを維持してね」
さすが兄ちゃん。今日も優しい。
「マリーザも多分後で出番があるから。よし、じゃあ行こうか」
「はーい」と手を挙げながら兄ちゃんの後をついていくマリーザ。
俺を含めた3人も後に続き、林道へと足を運ぶ。
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こわぁぁああい。まだ昼前なのに、林道ってこんなに薄暗いの?!聞いてない!
でも私は4人の中だと年長者なんだから、カッコイイところ見せないと!
せっかちなチナンと、力を抑えられないスクリが火を扱ってるんだから、いつでも水の燕を出せるようにしておかないと。
「っ!っと」
危ない危ない、転ぶところだった。
「だいぶ道が悪くなってきたね。普段整備されているところでもないし、人が入るのも1年ぶりだろうから」
「お化けとか、出るのかな」
わが妹よ、何をおっしゃるんですか。私をさらに怖がらせるつもりですか。
なるべく兄ちゃんの近くを歩くようにしよう。
「マシェロどうしたそんなきょろきょろして。ビビッてんのか?」
「ビビ・・・ビビビってねーしなっ!」
なんて無神経なチナンなんだ。だからいつまでたっても君はチナンなんだ。
と、心の中で意味不明な逆切れをしてみる。
「お化けはいないよ」と笑いながら
「チナン、足元を照らしてくれるかい。みんな気を付けてね」
兄ちゃんは気が利く。優しい声に安堵すら覚える。
そんな兄ちゃんが急に立ち止まるもんだから、近くを歩いていた私は止まれずに、顔面を兄ちゃんの背中に激突させる。
「っつー。急に止まってどうしたのよ!」
恐怖と不安とチナンの無神経さに脳みそが支配されていた私は、兄ちゃんにもあたってしまう。
ただし、目の前の光景を見て、状況をすぐに理解した。数本の倒木が林道を塞いでいた。
兄ちゃんがマリーザのほうを見て、
「出番だよ、アレを切ってみて」
マリーザは小さく頷くと、
「【風燕】!!」
と、風の燕を2羽召喚し、林道の幅に沿って左右に燕を走らせた。
最小限の力でものの見事に倒木を切断すると、即座に燕を気中に還した。
最低限の燕だけでここまでやってのける妹はやはり天才児である。兄ちゃんも「さすがだね」の一言だけ言うと、
「【雷燕】!」と一羽の燕を切断された倒木の中央に衝突させ、奥に吹き飛ばした。
スクリと同じで、父親がいない私達。
妹や母を守るため、長女である私がしっかりしたいのに、妹にはいつも驚かされる。
折角『水』のアビラとして目覚めたからには、私が頑張らないと。
スクリに褒められたアリーザがどことなく照れている。
きっとお互い仲間、親友といった感情以上に想い合っている。姉として、妹の相手にスクリは申し分ない。
兄ちゃんとチナンが細かい枝などを手作業で片付け終える。兄ちゃんが「よしっ」と一言投げこちらに振り向くと、
「もう半分は過ぎたかな、また進もうか」
と歩き出す兄ちゃんの背中を追って、皆で後に続いた。