表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
97/143

第3話 くノ一の宿命 その3

 渓谷の木々は緑の葉を湛える季節になっていた。

 花菜かなと出会ってから数ヶ月、芙蓉ふようはまだ、お弁当の花菜を温存していた。


 着物の裾を太ももまで捲り上げて帯に挟んだ花南と芙蓉が、足を渓流につけて戯れている。


「気持ちいい!」

 花菜は笑いながら芙蓉の顔に水をかけた。

「なにするのよ!」

 無邪気な少女たちがしゃいでいるようにしか見えない。


 花菜は見た目通り年相応の、いやそれ未満の子供っぽい少女だった。

 純真に笑い、気に入らないことがあれば芙蓉相手でもかまわず突っかかるが、憎めない少女だった。


「あっ!」

 近くを魚が通り過ぎるのを見つけた花菜は、捕まえようと手を水に突っ込むが、両手は敢えなく水を掴んだ。

「くそぉ~」


 今度は短刀を出して刺そうとするが、簡単にはいかない。

 ムキになって浅瀬で魚を追いかける花菜を見た芙蓉は、右手だけを鬼化して、鋭い爪で魚の腹を突き刺した。


「すごーい!」

 感激した花菜はその獲物を受け取ろうと踏み出した。

 その時、足を取られて尻もちをつく。

 体全部が水中に沈むが、そこは浅瀬、立ち上がれば足はつくはずだった。

 しかし、立ち上がれない。


 水の泡が体に纏わりつく妙な感覚。

 頭を押さえつけられて水中に沈められる。

 足を掴まれて、深みに引きずられていくようだった。


 溺れる? こんな浅瀬で?

「嫌!」

 纏わりついた水泡を弾き飛ばして、花菜は立ち上がった。

 すると泡は蜘蛛の子を散らすように拡散した。


「なにしてんの?」

 頭からずぶぬれになっている花菜を、芙蓉は不思議そうに見た。

「なにって……」

泡玉あわだまに襲われたのね」

 枕小町まくらこまちが素っ気なく言った。


「泡玉?」

 花菜は水面を見下ろした。

 遠巻きに水泡が浮かんでいるが、まるで生き物のように蠢いている。


「あなたには見えてるんでしょ」

「この水の泡?」

「小妖怪よ、一つ一つにたいした妖力はないけど、集団で人を襲い、水の中に引きずり込むのよ、だからこんな浅瀬でも溺れるの、でも、あなたの霊力が勝ったのね」


「あたしの霊力?」

「自覚はないでしょうけど、あなたもけっこう強い力を持っているのよ」

「ふーん、そうなんだ」


 花菜は涼しい顔をしている芙蓉に目をやった。

「奴らは芙蓉が鬼だと認識してるから襲わないわ、あなただって霊力で弾き飛ばしたけど、普通の人間は襲われたら逃れられない、溺れさせて精力を吸い取るのよ」


 枕小町の解説を聞いて花菜はゾクッとした。

「妖怪ってどこにでもいるのね、知らなかったわ」



   *   *   *



 陽が傾き、芙蓉たちはこのまま川岸で野宿することにした。

 火を熾し、花菜は濡れた着物を即席の物干し竿にかけて乾かしていた。

 その間、布にくるまりながら、芙蓉が捕ってくれた魚を串にさして焼いた。


「焼けたよ」

 花菜は魚を一本、芙蓉に差し出すが、

「あたしはいい、あなたが全部食べなさい」

「なんで?」

「なんでって、芙蓉は鬼よ、そんなものは食べないわ、人の生肉以外は受け付けないのよ」

 芙蓉が言いにくそうにしていたので、枕小町が代わりに答えた。


「そうなの?」

「好みが変わったようだわ、以前は大好きだったのに」

 芙蓉は恨めしそうに山女魚の丸焼きを見た。


「じゃあ、あたしを食べる?」

 花菜はふざけて、纏っていた布を開け、貧弱な胸を露にした。

 十五歳にしては発育不良、肋骨が浮いた体を見て、

「ほんと痩せっぽちね」

 芙蓉は吐息を漏らした。


「食欲も失せるわ」

 花菜は豊満な芙蓉の胸の谷間に目をやり、自分の貧弱な体を改めて思い知る。

「一歳しか違わないのにずいぶん違う……、なに食べたら、そんなに発育するの?」

 自分のない胸を寄せてあげて見せた。

「色気もなにもありゃしないね」


「ちゃんと食べれば、そのうち成長するわよ」

 芙蓉は焼けた魚を花菜の口元へ差し出した。

「食べる、食べて芙蓉みたいなイイ女になる!」

「女? あたしは鬼よ」


「今は鬼でも、人に戻るんでしょ? 楽しみだな、こんな美女ならきっと引く手あまたよ、たくさんの求婚者が現れて、貢物の山が出来て困ってしまうかも、さて、どうやって選ぶ? 芙蓉はどんな男が好みなの?」

 ふと、たつきの顔が過ぎった芙蓉は、それをかき消すように首を横に振った。

「なにバカなこと言ってるのよ、さっさと食べなさい」


「はーい」

 花菜は焼き魚にかぶりついた。

「忍者って、実際会ったことはなかったけど、冷酷無比な人ばかりだと思ってたのに」

 焼き魚を頬張っている花菜を、芙蓉は呆れたように見た。

「仕事の時はそうなるわね、でも、元々も性格もあるし」


「そうなるように育てられるもんじゃないの?」

 枕小町も言った。

「そうね、訓練は厳しかったし……、でもあたしは現実逃避型だから、いつかこんな生活から救い出してくれる人が現れるんだって、いつも妄想してたの」


 魚の櫛を振りながら花菜は続けた。

「実はあたしはどこかのお姫様で、攫われて忍者の里に売られたけど、両親がずっと捜しててくれて、見つけてくれるの、そしてお城に連れ帰ってくれるのよ」

 花菜は胸の前で手を組んで夢見心地。


「そこには優しい父上と母上、そして素敵な許嫁の若殿様が待ってるのよ、その後、二人は結ばれ、幸せに暮らしましたとさ」


「お伽噺ね」

「そんな夢でもみなきゃ、生きていらなれない毎日だったわ」

 ふと見せた淋しそうな花菜の横顔に、芙蓉は胸がギュッとなった。自分も心のどこかでそんな夢を見ている、樹との未来は消えたけど、いつかまた、あんな幸せな時が再び訪れることを願っていた。





 そんな二人の様子を通りかかった旅人っぽい二人の男が見つけた。

 男たちはにやけながら顔を見合わせた。

 そして躊躇なく河原へ下りていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ