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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第2話 悪夢の旅路 その14

「とにかく、ここから離れましょう、また追手が来るかも知れないし」

 孝子は三太に言った。

「そうは言っても、林道に出れば見つかってしまう、でも、山の中じゃ日が昇るまで身動きが取れないし」


「大丈夫よ、今夜は満月だし獣道も探せる、あたしたち猟師の娘だしね、芙蓉ふよう

 孝子は芙蓉に同意を求めるが、

「あれ? 芙蓉は?」

 芙蓉の姿はなかった。


 どこへ行ったのかと辺りを見渡したその時、孝子の顔に生暖かい液体がかかった。

「キャッ」

 孝子が短い悲鳴を上げた瞬間、三太の首が切断されて吹っ飛んでいた。


 顔にベットリついたのは三太の鮮血。

 続いて三太の体がドサリと倒れると、その後ろには、満月を背に大きな黒い獣が立っていた。


「ヒッ!」

 一瞬、なにが起きたかわからず孝子は息を呑んだ。

 野盗が追ってきた? いいえ熊? すぐにどちらでもないとわかった。しかし、その獣が鬼だとはわかっていなかった。

 三太がそいつに殺されたことはハッキリわかった。


 横目で地面に転がった三太の首を見る。

 恐怖に身が竦んだ。しかし、母は強し、亮太を背中に負ぶって隠すと、帯に潜ませていた小刀を取り出して握った。亮太は母の背中にしがみついた。


 しかし、そんな武器で鬼に敵うはずもなく、孝子の目には止まらぬ速さで、鋭い爪が彼女の胸に突き刺さった。


 孝子の眼が大きく見開き、口から血が噴き出した。

 鋭い爪を持った獣の手は孝子の体を貫通して、負ぶっていた亮太の身体まで串刺しにした。


 その手を引き抜くと、二人は同時に崩れ落ちた。

 瞬殺。

 悲鳴を上げる間もなく、孝子と幼い亮太は絶命した。


 カッと見開いたままの孝子の眼が、変化へんげが解かれて人間の姿に戻った芙蓉を見上げているようだった。

 芙蓉は愕然としながら、たった今、二人の体を貫き血塗られた自分の手を見つめた。


「あらまぁ、せっかく助けたのに、殺しちゃうなんて」

 一部始終を黙って見ていた枕小町まくらこまちが溜息交じりに言った。

「あたしはなんてことを……」

 自分のしたことが信じられない芙蓉、そんなつもりはなかったのに、衝動を抑えきれなかった。


「菊の幸せを横取りした玉代に怒って家族を食い殺したかと思うと、今度はあなた自身が、なんの罪もない孝子の幸せを奪うなんてね、ちゃんと意識があってしたことよね」


 自分がしたことはわかっていたが、

「違う! あたしじゃない!」

 これは抗えない鬼の本能なのだと、芙蓉は思いたかった。


「孝ちゃんの幸せそうな顔を見たら、無性に腹が立ってどうしょうもなくて我慢できなかった。あたしだって本当なら今ごろ樹と幸せな暮らしを送っていたはずなのに、なんであたしだけ、こんな目に遭わなきゃならないのよ!」


「妬みね」

 図星を突かれた芙蓉の目から涙が零れた。

「鬼の目にも涙?」

 枕小町は意外そうに小首を傾げた。


「違うわね、鬼は泣いたりしない、やはりあなたは本物の鬼になり切れないのね、妖怪は人を妬んだり、羨んだりしないもの、それはもっとも人間らしい感情だものね、人だった時、強い霊力を持っていたのがアダになったわね」


 芙蓉はふと羅刹姫らせつひめの言葉を思い出した。

〝気が変わらないといいけど〟

 あれは、こういう意味だったのかと。


「彼女にはわかってたのかしら、あたしがこうすることを」

 呆然と呟いた。


「羅刹姫も元は霊力の強い人間だった、あなたに似ているところがあるのかも知れないわね」

「あの人もあたしと同じように苦しんでいるのかしら?」


「それはどうかしら、羅刹姫が狙うのは主に妖怪の妖力だから、霊力の強い人も餌食にするみたいだけど、鬼のあなたみたいに見境なく殺すわけじゃないしね」

「見境なく、か……」

「それが鬼よ」


「きっとこの先も、衝動が抑えきれずに、殺戮を繰り返すのね、そして、落ち着いた時、残っている人の心が痛む」

 痛みに打ちひしがれている芙蓉は、暗闇に落ちていく自分の姿が見えた。もうそこから這い上がれない、立ち上がれない気がした。


「大丈夫、今夜眠れば悪夢を食べてあげるから」

 芙蓉の気持ちを察した枕小町が不敵な笑みを浮かべた。


「明日になれば気も晴れるわ、鬼の記憶はあたしが全部食べるから」


   第2話 悪夢の旅路 おしまい


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