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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶

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第2話 悪夢の旅路 その12

 昨夜と同じ満月、同じではないがほぼ真ん丸な月が夜空に浮かび、夜道を照らしていた。


「どうするつもり?」

 枕小町まくらこまちが足早に前を行く芙蓉ふように問いかけた。

「亮太を捜しに行く、子供が戻れば、村の人たちだって無茶はしないでしょ、野盗と戦うなんて、死にに行くようなものよ」


「あの村の人たちを助けたいの?」

「孝子姉をね、せめてもの償い」

「孝子の家族を殺したのは自分だから、せめて、子供は助けてやろうと思っているの?」


 皮肉にも聞こえる枕小町の指摘は的確だった。

再会したのも何かの縁、せめて孝子の幸せを守ってやりたいという気持ちがまだ自分に残っているのは驚きだったが。

「気紛れかもしれないけど」


 手がかりは一枚の羽根だけ、しかし鬼の嗅覚はこの羽根の持ち主がいる方向を嗅ぎ分けることが出来る。

「さすが百人もの人を喰って妖力を高めただけはあるわね、そんな僅かな臭いを追えるなんて」

 枕小町の嫌味を聞き流しながら、芙蓉は断崖絶壁を見上げた。


「あそこ」

 切り立った崖の中ほどにポッカリ開いた横穴がある。

 とうてい人間に登れる場所ではないが、芙蓉は岩に手をかけた。

 手足を鬼化して、鋭い爪を岩に食い込ませながら登っていく。

 たちまち横穴まで到達した。


「遅かったわね」

 先に到着していた枕小町が嘲るように言った。

 彼女には空間を飛び越える妖力があるので神出鬼没だ、芙蓉のように肉体を駆使して移動する手間は必要ない。


「あたしがいくら人を喰って妖力を強めても、あなたのようには出来ないのが悔しいわ」

「妖にはそれぞれ個性があるものなのよ」

「個性ねぇ」


「誰だ!」

 しわがれた女の声が洞窟内に響いた。

「こんなところへ来るなんて、人ではないな」

 二人を睨みつけていたのは二十代半ばの落ち着いた雰囲気の女性、羽は生えていないが姑獲鳥うぶめだと直感した。


 般若の形相で刺すような眼を向けながら臨戦態勢。

「鬼か!」

 芙蓉の正体を見抜いたようだ。


 鬼である芙蓉の視力は、洞窟の奥に横たわる幼い男児の姿を確認した。きっと亮太だ、まだ呼吸はしている、間に合ったようだと芙蓉は胸をなでおろした。


「あたしの子供を狙って来たのか!」

「アンタの子じゃない」

「あたしの子供だ!」

 姑獲鳥はくるりと背を向け、奥へと行った。

そして、亮太を小脇に抱えると同時に翼を羽ばたかせて風を起こした。狭い洞窟内はたちまち砂埃の嵐。


「うっ!」

 目に埃が入って、一瞬、怯んだ芙蓉の横を、翼をすぼめた姑獲鳥は矢のようにすり抜けて、外に飛び出そうとした。


「止まれ!」

 芙蓉の言霊ことだまは姑獲鳥にも有効だった。

 たちまち全身が硬直し、姑獲鳥は身動きが取れなくなった。


「鬼ではないのか?」

 話しは出来る。姑獲鳥は言霊の威力に信じられない驚きの表情で、目だけを向けた。

「鬼よ」


 芙蓉は鬼の姿になり、鋭い爪で姑獲鳥の翼を切断した。

「ギャァァァ!」

 岩肌に姑獲鳥の血が飛び散り、悲鳴が反響した。


 その大音響と、姑獲鳥の手から滑り落ちた衝撃で、亮太が目を覚ました。

 一瞬、目を開けた亮太だったが、黒い大きな獣を目の当たりにして、再び気絶した。


 芙蓉はすぐ人間の姿に戻って、亮太を抱き上げた。

 怪我がないことを確認してホッとしたと同時に、どことなく孝子に似た可愛い男の子を見て、心が温かくなるのを感じた。


 姑獲鳥は翼をもがれた激痛に苦悶していた。

「翼が無ければもう悪さは出来ないでしょ」

「生きていけないんじゃない?」

 枕小町が付け加えた。


「そうね、ここで朽ちるといいわ」

 その時、芙蓉は洞窟の奥の岩棚に並ぶ、小さな頭蓋骨に気付いた。

 いったい何人の子供を攫って殺したのだろう、でも、自分にそれをとがめる権利などないことも自覚していた。


「とどめは刺さないのかい?」

 突然の、聞き覚えのある声にビクッとして振り返ると、羅刹姫らせつひめの姿がった。

「なんでここに?」

 いつの間にか、なんの気配もなく現れていたことに驚いた。鬼の嗅覚も察知できなかった。


「あたしも姑獲鳥を追ってたんだ」

「なんで?」

「妖力を強めるためには妖怪を取り込まなきゃいけないから、姑獲鳥は人の子を喰って妖力がさぞ強いだろうから狙ってたのよ」


 固まったまま動けずに苦しんでいる姑獲鳥を見て、

「凄いじゃない、言霊を使えるなんて」

 感嘆の声を上げた。


「あなたと同じ、人間だった時、霊力が強かったのよ」

 枕小町が意地悪く言った。

「それはお気の毒、じゃあ、完全な鬼になり切れないじゃない」

「そう、だから美味しい悪夢を見てくれる」


「あなたたち、なんか似てるし」

 不敵な笑みを向け合う二人を見て、芙蓉はゾッとした。

「あたしはこんな小者じゃないわよ」

 ツンと顎を上げて蔑む羅刹姫に、枕小町も負けじと言い返す。

「あたしは由緒正しい生粋の妖怪よ、下賤な半妖じゃないし」


 顔を突き合わせて睨み合う二人がガキっぽく見えて、芙蓉は噴き出しそうになった。こんなところは妖怪も人間と変わらないんだと。

 半妖……。


 確か羅刹姫は人間だったと聞いた、強い望みがあったから妖怪になったのだと。姫と呼ばれるくらいだから、かつてはどこかのお姫様だったのだろうか? 芙蓉は羅刹姫の横顔を見ながら、妖怪になってまで叶えたい望みとはなんなんだろうと少し興味がわいた。


「あんたがいらないなら、あたしがもらうわよ」

 羅刹姫はまだ言霊から解けない姑獲鳥を見やった。

「どうぞご自由に」

「ありがと」


 羅刹姫は手のひらから無数の糸を発射する。

 それが姑獲鳥に絡まり、繭のように全身を覆った。

 姑獲鳥の妖気がその糸を伝って、羅刹姫の手に吸い込まれていくのがわかった。


 やがて繭が解けると、干からびた姑獲鳥の亡骸が崩れ落ちた。

「妖気って、そうやって吸い取るのね」

 役目を終えた糸は消え、妖気を吸った羅刹姫は一段と艶めかしく綺麗な肌艶を輝かせながら、満足そうに微笑んだ。


「あなたの獲物はその子供?」

 羅刹姫は芙蓉が大事そうに抱いている亮太を見た。

「いいえ、母親の元へ帰すわ」

「へーっ?」

 疑わしげに眉を寄せる羅刹姫だが、すぐに思い直したようで、

「そうね、まだ親が必要な年だものね」

 そう言いながら、もう一度、気を失ったままの亮太に視線を落とした。


 その顔はやけに穏やかで、母親を思わせる表情であることに芙蓉は違和感を覚えた。邪悪な妖怪の顔ではなかった。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐに意地悪な笑みに戻った。


「気が変わらないといいけど」

 含みを持ったその言葉に芙蓉は背筋に冷たいものを感じた。


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