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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その9

「おかえり、遅かったわね」

 口元の血を拭いながら、冴夜さよは四人を見た。


「おや、ひびきは?」

「歯向かおうとしたから殺した」

 芙蓉ふようは素っ気なく言った。


「相変わらず短気ね」

 冴夜はそう言うと、今度は目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。

「いい匂いがする、この血は綾小路のハンター?」

 はるかをロックオン。

「わたし好みのいい男じゃないの、殺さずに下僕にしようかしら」

「冴夜なら、そう言うと思ったわ」


 冴夜に見つめられて、背中に氷水を浴びせられたように身をすくめる遥だったが、冴夜の興味はすぐ、その隣にいる仁南になに移った。

「ん? その小娘」

 紫の瞳が仁南を捕らえた。


「こちらへ」

 手招きする。

 芙蓉の妖術にはかからなかった仁南だが、冴夜の言葉には抗えず、ぎこちない足取りで冴夜のほうへ歩き出した。

 遥が慌てて止めようとするが、冴夜にキッと眼光を向けられると、全身がフリーズした。


「殺しはしない」

 心配そうな芙蓉の表情に気付いた冴夜が笑みを浮かべた。

「似てるものね」


 冴夜は芙蓉の首筋に唇を近づけた。

(噛まれる!)

 仁南は恐怖のあまり鳥肌がたったが、動くことは出来なかった。


「この子の血の匂い、覚えがあるわ、滅多に飲めない上物だわ、そう、上一条かみいちじょうの巫女の」

「えっ?」

 芙蓉と枕小町、仁南が三人同時に声を上げた。


 芙蓉と枕小町は困惑した表情で顔を見合わせた。

「上一条家の末裔は十五年前に事故死したあの女が最後の一人だったはずよ」

 そう言ってから芙蓉は、さっきの会話で知った仁南の年齢に思い当たった。

「お前、十五歳だったわね、まさか」

「あの時、あの女は身ごもってたわね、でも、死んだわよ」

 枕小町が言った。


「あたしは、死体から取り出されたのよ」

 仁南は震える唇で言った。


「あの時の胎児が助かっていたなんて、信じられない」

 驚きの目を向ける芙蓉に、仁南は食いついた。


「母を知っているの?」

「交通事故を目撃しただけよ」

「その前に、上一条家の末裔を追って調べてたけどね」

 枕小町が付け加えた。

「せっかく見つけたのに、その矢先、死んじゃったけど」

「でも、この子が生きていた」


「母のことを調べていたのなら、どんな人か少しは知ってるんでしょ」

 必死な仁南を見て、

「お前は母親のことをなにも聞かされていないの?」


「父はショックのあまり、母の遺品をすべて処分したのよ、思い出すと辛いからって、だから写真もろくに残ってないの、母には身寄りもなかったし、母を知る親戚もいないのよ」


 父が母を深く愛していたことは祖母から聞かされていた。それ故、気も狂わんばかりに嘆き悲しんだ後、ショックから立ち直れないまま現実から逃避した。すべてなかったことにしてしまったのだ。仁南の存在も消し去られた。

 十五年間、一度も父親に会っていなかった。


「そうなのか」

「あなたがあの女の娘なら不運だったわね、父親に似たのかしら」

 と枕小町が口をはさんだ。

「母親はたいそうな美人だったから」

「祖母からそう聞いていたけど、そんなに綺麗な人だったの?」

「そうね、芙蓉と張り合えるくらい」


 そう聞いて仁南は誇らしくなった、自分が似てないのは残念だけど。

「そんなに美人だったんだ」

 寂しげな笑みを浮かべる仁南を見て、芙蓉は思わず、

「でも、よく見たら面影はあるんじゃない? 全体の印象とか」

 フォローした。

「それに、ほら女の子って、大人になると母親に似てくるって言うし、この先、期待が持てるかもよ」


(なんなんだ、この女子トークは……)

 冴夜に睨まれてからフリーズしたままの遥は、緊張感がない会話を黙って聞いていたが、

(相手は鬼と夢を食う妖怪と吸血鬼だぞ、仁南はどういう神経しているんだ?) 開いた口がふさがらなかった。


「そうか、やはり上一条家の血筋か」

 冴夜は舌なめずりした。

 そして再び仁南に顔を近づけ、今度は正面から目を覗き込んだ。

 特に右目を。


 その時、フリーズが解けた遥は、仁南の手を取り引き寄せた。

 冴夜との間に入り、仁南を背中に隠した。


 冴夜は意外そうにそんな遥を見た。


「勇敢だな、恋人か?」

「違います!」

 仁南はまたキッパリ否定しながらも、遥の背中にピッタリ身を寄せていた。

「そこはいちいち否定しなくてもいいだろ」

 と密着されて少々意識している遥。


 そんな二人を見て冴夜は微笑んだ。

「心配するな、美味しそうだけど、この子には手出しできないから」

 冴夜の言葉には芙蓉と枕小町が驚いた。

「なんで?」

「気付いていないの?」

 冴夜は不敵な笑みを浮かべた。


「この子は、あまり追い詰めないほうがいいわ、大火傷するわよ」

「どういう意味?」

「この子の右目には無敵の魔力が宿っているから」

「なによ、それ」


「お前が探してい……」

 言いかけて、

「ゆっくり説明している時間はなさそうだわ」

 面倒くさそうに息をついた。


「ああ」

 芙蓉の目も赤く煌めいた。

 異変に気づいたようで、即座に戦闘態勢、口元から獣の牙がはみ出した。

 枕小町は煙のように姿を消した。

 三人の変化に気付いた遥は、仁南を庇うように抱きかかえた。


 次の瞬間。

 ドドォーン!

 ガラガラッ!


 轟音とともに壁をぶち破って、美しい金茶色に輝く毛皮をまとった3メートルくらいの巨大な猫が飛び込んだ。


 ピンと立った耳、額から鼻筋は白っぽく、見開いた瞳は盾に伸び黄金に煌めいている。口元から覗く牙はプラチナの輝き、肉球からはみ出した爪も念入りに砥がれた日本刀の切っ先のように青白い輝きを放っていた。


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