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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第2話 悪夢の旅路 その9

 満月が夜道を照らしていた。

 玉代たまよの家族全員を惨殺した後、芙蓉ふようは村を出て来た道を戻り、菊のいる場所に向かっていた。


「なんであんなに怒ったの?」

 枕小町まくらこまちが芙蓉の顔を覗き込んだ。

「他人の幸せを横取りした奴が、罪の意識もなく普通に暮らすなんて、許せなかった」


 芙蓉はまだ憤りがおさまらなかった。

「家族には罪はないでしょ?」


「あたしは……、なにも悪い事なんかしてないのに未来をすべて奪われた、あの女は他人を踏みつけて望む未来を手に入れた、だからそれを目の前で壊してやらなきゃ気が済まなかったのよ」


「ああいう人間はよくいるわよ、善良な人が幸せになり、悪人に罰が当たるのはお伽噺の中だけ、たいてい善人は悪人に虐げられるのよ、人の世とはそういうものでしょ」


「そんなこと、今まで考えたこともなかった、里でのあたしは、恵まれていたんでしょうね、今になってわかる。貧乏だったけど、食うには困らず、幼い頃から一緒だった樹と祝言をあげて、彼の子供を産み育てて、幸せに一生を終えると思っていた、あの小さな村で、なにも知らずに一生を終えるはずだった」


「そのほうが良かったのにね、でも、もう戻れない」

「戻るわ! 黒緋くろあけ勾玉まがたまを見つけ出して、人間に戻るんですもの」

 満月を仰ぎ見る芙蓉の眼には決意がこもっていた。


 そして枕小町に向き直った。

「あたしが人間に戻れたら、あたしの記憶をすべて食べてちょうだい、鬼の記憶が全部なくなった時、あたしは本当の意味で元の人間に戻れる、なにも知らなかった無邪気な芙蓉に」


「都合のいい話ね」

 枕小町は皮肉っぽい目を向けたが、

「でも、そうよね、鬼の記憶を持ったままじゃ、人を喰った記憶があるままじゃ、罪悪感に押しつぶされて気が変になってしまうでしょうからね」

 憂いに満ちた芙蓉を哀れむように見た。


「全部忘れて、真っ白な状態で新しい人生をやり直したいの」

「全部?」

「そう、あなたの好みじゃないでしょうけど、たっちゃんとの幸せな記憶もすべてよ、そうすればあたしは生まれ変われる」


「ま、いいでしょ、引き受けるわ」

「約束よ」

「それまでは、悪夢を見続けてよね」


 そんな話をしながら、菊のいる場所に到着した。


 そこは月明かりも届かず闇に沈んでいた。

 三十年もの間、こんな暗い場所で一人、才蔵を待ち続けていたと思うと、芙蓉は胸が痛んだ。鬼になった自分にも、まだこんな感情が残っていることが芙蓉は意外だった。


「才蔵さん!」

 菊は芙蓉の姿を見るなり、一目散に駆け寄った。

「えっ?」

 戸惑う芙蓉が懐に持っていた才蔵の髷がひとりでに飛び出し、光の玉と化して宙に浮いた。


「なに?」

 なにが起きたかわからず茫然としている芙蓉に枕小町が言った。

「才蔵はここへ来たがっていた、あなたが彼の魂を連れてきたのよ」

「そんなことが……、才蔵が死んだことを知らせれば成仏すると思ったけど、彼自身が伝えに来たの?」


 菊は嬉しそうに光の玉に両手を伸ばした。

「やっと来てくれたのね」

 菊の体が光の玉に吸い込まれていく。

 幸せそうに微笑みながら、菊も光の玉になった。


 満月に向かって夜空に上っていく光の玉を、芙蓉は消えるまで見上げていた。

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