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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第2話 悪夢の旅路 その7

「アンタには喋ってもらうわ、説明しなさい、なぜお菊さんの墓がないのか」

 怖じ気づいて声を出せない玉代たまよは、ただ芙蓉ふようを見上げた。


「見殺しにしたのはアンタなの?!」

 芙蓉は苛立ち紛れに玉代の髪を掴んだ。

「ひ、一目惚れだったのよ! あの人が大怪我を負ってこの村にたどり着いた時、運命の人だと感じたのよ!」

 玉代は吐き捨てるような勢いで言った。


「それで、お菊さんを助けに行かなかったの」

「どうしてもこの人を手に入れたかった、許嫁なんて、邪魔だったのよ!」

「そんな勝手な!」


 玉代は少し落ち着きを取り戻したようで、

「三十年も昔のことをなぜ知ってるの」

 眉をひそめた。


「お菊さんは成仏できずに地縛霊となって、まだあの場所にいるのよ」

「そんなバカな話があるものか、誰かに聞いたのね、三十年前の事実を知ってる者は少ないからすぐにわかる、タダじゃ済ませないわ!」

「村の人は村長の娘だったあなたの命令には逆らえなかったのね」


 芙蓉は玉代の髪を掴む手に力を入れた。

「痛い!」

「ただで済まないのはアンタよ!」

 玉代は女とは思えない芙蓉の力に恐怖を覚えながらも、ありったけ強がってみせた。


「若気の至りで身勝手なことをしたのは確かよ、でも後悔はしていない、幸せは自分の手で掴むものだから」


「誰かを犠牲にしても」

 玉代は才蔵の亡骸に手を伸ばした。

「そうよ、この人もあたしと一緒になって、幸せだったわ」

 それを見た芙蓉は、さらに怒りがこみ上げて、玉代が才蔵さいぞうに触れられないように引き戻した。


「そう思っているのはアンタだけよ!」

〝お前のいない人生はただ虚しいだけだった、でも、それもやっと終わるんだな、ようやく菊のところへ行けるんだな〟そう言った才蔵の最後の言葉が耳に残っている。


 才蔵もまた犠牲者だったのだ。

 菊との未来を身勝手な女に奪われたのだ。


 芙蓉は室内でまだ固まったままの家族を見渡した。

 家族も知らない過去の真実だったのだろう。芙蓉の玉代の会話の内容が理解できず、状況を把握できないようだった。


「みんな、アンタが作り出した偽物よ」

 芙蓉は近くにいた長女に目を止めた。

「アンタの母親はとんでもない人でなしね」

 と言いながら、右手だけを鬼化させた。


 剛毛に覆われ鎌のような爪が生えた鬼の手を見た長女の顔が恐怖に歪む。

 次の瞬間、その顔は胴体から切断されて、畳の上に転がった。


 本来なら、それを見た他の者たちがあげる大絶叫の渦なのだろうが、言霊で封じられた口から声は出ず、口を大きく開けてパクパクするばかり。

「ひっ!」


 話すことを許されている玉代だけが短い悲鳴を上げたが、芙蓉はすかざす、

「黙れ!」

 言霊で制した。

「じっとしてろ」


 動けなくなった玉代を放して、ゆっくり立ち上がると、失禁している伸蔵の前に立った。いたぶるような眼差しで見下ろしながら鋭い爪を胸に突き刺し、心臓をえぐり出した。恐怖に歪む伸蔵の顔、しかし、悲鳴を上げることも出来ずに息絶えた。


 次に長女の夫、幼い子供も容赦なく、続いて次女と夫の心臓をえぐり出していった。全員の血を吸った畳は真っ赤に染まり、さながら最初から赤い藺草で織ったようになった。


 芙蓉はみんなの心臓を、涙と鼻水でクチャクチャになった玉代の前に並べた。

 そして、一つずつ、恐怖と絶望に沈む玉代の目を直視しながら、クチャクチャと粗食音を立てながら食べた。

 玉代は口を大きく開けて、声を出せないまま叫んでいた。


 食べ終わると、芙蓉は才蔵の枕元に膝をつき、髷を切り取った。

 そして、惨殺した家族の遺体を跨いで、無言で部屋を後にした。

 玉代だけは殺さずに放置した。




 部屋を出て暫くすると、言霊から解けた玉代の悲鳴が響き渡った。

 狂気の叫びがいつまでも続いていた。

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