表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
83/143

第2話 悪夢の旅路 その3

 芙蓉ふよう枕小町まくらこまちは伍平と弥吉が落ちた崖下を見下ろした。

 普通の人の視力では無理だが、鬼になった芙蓉の赤い目は、崖下に転がる無数の白骨を見ることが出来た。


 残った着物から、それらは男の遺体だと推測されたが、ただ一つ、女の着物を着たまま白骨化している骸があった。

「ここから落ちて死んだんでしょうね、才蔵って男に突き落とされたが、置き去りにされたか」


「才蔵さんは戻ってくるわ!」

 女は小町の言葉に反応した。

「小町が見える?」

「人間じゃないから」

 枕小町は芙蓉に耳打ちした。

「自分が死んだことに気付いてないのよ」


「幽霊って初めて見たけど、ハッキリ見えるモノなのね」

「強い霊だから、ここを通る男を片っ端から転落させているのね」

「茶屋の女将さんが言っていた鬼女の正体なのね」

「鬼じゃなかったけど」


 小声でヒソヒソ話をしている芙蓉と枕小町を見て、女は首を傾げた。

「あなたたちは誰?」

「あたしは芙蓉、こっちは枕小町」

 敵意はなかったので、芙蓉は素直に答えた。


「枕小町って変な名前、あたしは菊よ」

 妖艶な見かけとは裏腹、まだあどけなさが残る無邪気な話し方だった。


「お菊さんは才蔵って人を待ってるの?」

「許嫁なの、彼の故郷に戻って祝言を挙げる予定なのよ、でも、あたし足をくじいちゃって動けなくなったから、才蔵さんは助けを呼んでくるから、ここで待ってろって」


「いつの話やら」

「ついさっきよ、一時ほど前」


 枕小町はまた芙蓉に耳打ちした。

「きっと何十年もこうしているのよ、男に見捨てられたこともわからずに」

 再び崖下の白骨を見て、

「成仏できなかった霊は、長く現世にとどまると悪霊になってしまうのよ、さっき落とされた二人、まだ温かいだろうし、喰っとく?」


「なんか……気が乗らない」

「あなたを手籠めにしようとしてたやつらよ、遠慮することないと思うわ、心も痛まないだろうし」


 またヒソヒソと話をはじめた二人を見て、菊は眉をひそめた。

「さっきからコソコソと、なんの話をしてるの?」

「いえ、なんでもない」

「そう?」


 菊は不服そうに頬を膨らませた。

「なんか、あたしの悪口言われてるみたいだわ」

「そんなことないって」

 芙蓉は苦笑いで誤魔化した。


「じゃあ、あたしたちは先を急ぐから」

 枕小町はバッサリ話を切って、素っ気なく菊に背を向けた。

「えっ? この人をこのままにしていくの」


 芙蓉は枕小町の袖を引っ張ったが、枕小町は溜息交じりに、

「人じゃなにのよ、どうすることも出来ないでしょ」


「もう、行ってしまうの?」

 菊は縋るような目を向けた。

「才蔵さんが戻るまで、一緒にいてくれれば心強いんだけど、急ぐなら仕方ないわね」

「え、ええ」

 歯切れ悪い返事の芙蓉の手を、枕小町は強く引っ張った。


「気を付けてね、途中、才蔵さんに会ったら、この場所をちゃんと伝えて、迷ったらいけないから」

 にこやかに手を振って見送る菊を置いて、芙蓉と枕小町はその場から離れた。





「死んだことを解らせれば成仏できたんじゃない?」

 歩きはじめたものの、後ろ髪引かれる思いの芙蓉は菊に振り返った。

 彼女はまだ手を振っている。


「無理じゃない、残酷な真実を受け入れられずに、ずっと男を信じて待ち続けるのよ」

 枕小町は淡々と言った。


「鬼のくせに同情?」

「そう、かも……」

 同じ年頃、祝言を控えていたのに命を落としたというところも、鬼に襲われて死ぬところだった芙蓉と同じだったので、このまま放って置くのは可哀想に思えた。


「坊主でも通りかかって浄霊されるまで、あのままでしょうね、あたしたち妖怪には手が出せない領域だから捨て置くしかないよ」

「まだ苦しみ続けるのね」

「本人に自覚はないから苦しんではいないんじゃない?」


「男は、なぜ戻らなかったのかしら?」

「さあね、面倒になったんじゃない」

「許嫁を見殺しにしたの?」


「人という生き物は、すぐに気が変わるものだから……、あなただってそうじゃない、旦那と幸せになりたいって言ってたのに、新しい運命の人を見つける、に変わったじゃない」

 皮肉交じりの言い方に、芙蓉はムッとした。


「あたしは違うわ、たっちゃんがあたしを見捨てたのよ、だから仕方なく……」

 そう言って、ハッと閃いた。

「お菊ちゃんだって、許嫁に見捨てられたことがハッキリわかれば、あの世に行く気になるんじゃない?」


「それはどうかない、怒りのあまり、もっとたちの悪い悪霊に昇格するかも」

「ううん、それはまずいかも……」

「ま、余計なことはしないことよ」


 自分にはどうすることも出来ないと覚った芙蓉は、仕方なく歩を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ