第2話 悪夢の旅路 その2
鬱蒼とした密林は陽の光が地上に届くのを阻んでいた。昼間なのに薄暗い山道、風に煽られた木の枝が擦れ合う音が怪しく聞こえる、鬼女が出ると噂が立つのも無理はない不気味さだ。
芙蓉の後を追って、二人の若い男は暗然たる山道を急ぎ足で進んでいた。
「上玉だぜ、売り飛ばせば、いい金になるな、もちろん俺たちが味見してからな」
兄貴分の伍平が舌なめずりした。
「猟師の娘だとか言ってたけど、甘ちゃんだぜ、怖いのは獣じゃなくて人間なのにな」
「けど、この山は」
気の弱そうな弟分の弥吉は不安そうに道の先に目を凝らした。
鬱蒼とした木々に挟まれた細い山道、見通しは悪く、先を行った芙蓉の姿は見えなかった。
「なに、女の足だ、すぐ追いつくさ」
「そうじゃなくて、茶屋の女将の話し、聞いてただろ」
すっかりビビっている弥吉を伍平は笑い飛ばした。
「バカかお前は、鬼女なんてこの世にいるもんか」
「でも、越えられなかった旅人が多いって話は本当らしいぜ」
「あらかた足でも滑らせて転落したんだろ、俺は旅慣れてるから大丈夫だ」
「この山は初めてだろ?」
「そんなに怖いなら、お前はさっきの茶屋に引き返せよ」
「そんなことしたら兄貴は俺を見捨てるだろ」
「当然だな、そんな臆病者と組んでは仕事にならない」
そんな話をしている間に、日が陰ったのか辺りはいっそう暗くなった。まるで宵闇が迫ったような視界の悪さに、弥吉はビクビクしながら伍平の袖の裾を掴んでいた。
「なんだよ、歩きにくいじゃないか」
伍平は弥吉の手を乱暴に振り払った。
「畜生、思ったより足が速いな、あの娘」
速度を上げたつもりだったが、芙蓉にはなかなか追いつけない。
「見失ったか? 猟師の娘ってのも伊達じゃなかったんだな」
「こんなに薄暗いのに平気なのかな」
暗く吸い込まれるような道の先に、弥吉は再び目を凝らした。
すると、ボーっと人影のようなものが浮かび上がった。
「しっ、いたぞ」
伍平は目を細めた、シルエットから女性だとわかる。
「あの女だ、一気に行くぞ」
言うや否や、伍平は人影に向かって突進した。
女は振り返らない。
伍平は両手を広げて後ろから襲いかかった。
が……。
伍平の手は女の体に触れることはなかった。
「えっ?」
女はそこにいた。
しかし、伍平は女をすり抜け、飛び掛かった勢いのまま、前につんのめった。
その先に道はなく、
崖。
伍平は止まれなかった。
「わあぁぁぁ」
悲鳴は次第に小さくなり、最後にドスンと落下音がした。
「伍平!」
弥吉は伍平が落ちた崖から下を見下ろした。暗くて底まで見えないが、助かる高さでないことは想像がついた。
「な、なんで……」
なにが起きたがわからず愕然としている弥吉の背後に女は立った。
振り向いた弥吉は、それが追っていた女、芙蓉とは別人だとわかった。
〝鬼女〟という女将の言葉が蘇った。
「まさか」
年の頃は十代後半、ふつうの町娘風出で立ちだったが、透き通るような青白い顔、乱れ落ちた髪が額にかかり、妖艶さを醸し出す美しい女だった。
女は弥吉に微笑みかけた。
「ああ、やっと来てくれたのね、待ってたわ」
手を差し伸べられた弥吉は恐怖で固まった。
怯える弥吉を、女は不思議そうに見つめた。
「どうしたの? 才蔵さん」
「く、来るな!」
弥吉は真っ青になりながら二、三歩後退りしてから、クルリと向きを変えて駆けだした。
しかし、その目の前に、後ろにいたはずの女の姿。
「ひえっ!」
弥吉は方向転換し、別の道に逃げるが、また目に前に女が現れ、行く手を阻んだ。
「どこへ行くの?」
女は無邪気に小首を傾げた。
「ひえぇぇ!」
恐怖のあまり、弥吉は闇雲に駆けだした。
その結果。
「わあっ!」
伍平が落ちた崖から転落する。
「わあぁぁぁ!」
弥吉は闇の中に消えた。
「才蔵さん? どこへ行ったの?」
女は自分が転落させたことに気付いていないのか、キョトンとしながら弥吉が落ちた崖下を覗き込んだ。
「これが鬼女?」
芙蓉はすぐそばで、その様子を見ていた。
「鬼と幽霊の区別もつかないの?」
枕小町は呆れた顔で芙蓉を見た。
「幽霊って、昼間から出るの?」
芙蓉は物珍しそうに、その女を見た。




