表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
75/143

第1話 祝言の夜 その9

「馬鹿なこと言うなよ! なんで芙蓉が!」

 那由他なゆたの言葉にたつきは憤慨した。


「だってここで暴れた鬼は、あたしらが追ってきた鬼とは別やもん」

 那由他は悪びれた様子もなく言った。


「鬼を追って来たのか?」

「五日ほど前、綾小路の退治屋が仕留めそこなった鬼が、この山に逃げ込んだと聞いて、加勢しに来たんや、手負いの鬼が山里を襲うのは目に見えてたしな」

「じゃあ、その鬼が犯人なんじゃないのか?」

「臭いが違うんや」


「那由他は鼻が利くんや」

 聰賢そうけんが補足した。

「なりたての鬼や、まだ人の臭いも混じってるし、そやし、あんたの女房(ちゃ)うかなと思てんけど」


「それはない! あの夜、芙蓉は俺と一緒に寝ていたんだ、きっと俺より先に騒ぎに気付いて様子を見に行ったんだよ」

「村の仲間を見殺しにして逃げたん? 新婚の夫も置いて」


「それは……」

 那由他の言うことも一理あるが、

「でも、人が鬼になるはずないじゃないか」


「知らんのか? 鬼に噛まれて命が助かった人間は、やがて毒に冒され鬼になるんやで、アンタの女房、それ以前に怪我とかしてへんかったか?」

「え……」

 樹は芙蓉が手に包帯を巻いていたことを思い出した。


「あれは折れた枝に引っ掻けたって」

 しかし、傷は見せてもらえなかった、隠しているようでもあったことに思い至り、樹は青ざめた。


「そんで、アンタもな」

「え……」

 鬼に食いちぎられて無くなった右手を、左手で押さえた。


 那由他の言葉は信じられずに、樹は聰賢に救いを求める目を向けた。

 聰賢は抑揚のない声で答えた。

「那由他の言う通りや、七日のうちに毒が回り、お前さんは鬼となる」

「そんな……」

 樹は愕然とした。


「俺もあんなケダモノになるのか?」

 樹は晒が巻かれた右腕を、左手でギュッと握りしめた。

「鬼に噛まれた者は、必ず鬼になると言うんですか?」

 樹は信じられないと言った表情で聰賢を見た。


「そうや、自我をなくして殺戮を繰り返すやろう」

「それが本当なら、わかってて俺を助けたんですか!」

 怒りに震えながら聰賢に掴みかかった。

「まだ人間のお前をあやめるわけにはいかへん」


「じゃあ、鬼になったら殺すのか」

「自ら命を絶つのなら今しかないぞ、鬼になってからでは自害できひんしな、鬼を殺す方法は心臓を潰すことだけ、自分の心臓を取り出して潰すなんて不可能やし」


 聰賢の言葉は冷ややかで、樹は見捨てられたように感じた。

「自害しろって? お坊さんの言葉とは思えない」

 しかし、聰賢の肩がわずかに震えているのに気付き、彼の苦悩が垣間見えた。


「あなたは鬼を追ってきたと言ってましたよね、あんな化け物を退治できるくらい、強いってことですよね」

「修行を積んできたしな、それなりの力はあるつもりや」

「それにあたしが付いてるし」

 那由他は自慢げに付け加えた。


「お前も強いのか?」

「まさか、あたしは戦えへん、ただ、逃げるのが超得意なだけ、聰賢が危ななったら、連れて逃げる」

「なんだよ、それ」

「命あっての物種やしな」


 樹はフッと苦笑を漏らした。

「確かにそうだな」

 そして、聰賢に決意を込めた目を向けた。


「俺が鬼になってから殺してください。ただし、少し時をもらえませんか? 芙蓉が戻るのを待って無事を確認したい。そして、家族を村の人たちを殺した鬼を見つけ出して仇を討つ、それまで」


「それは無理やで、鬼化がはじまったら人の心は無くなるし、女房のことも、仇討ちのことも、きれいさっぱり忘れてしまうで」

 すかさず那由他が言った。


「そう、なのか」

 最期の望みを絶たれた樹はガックリと首をうなだれた。

「俺はただ、無駄に死んでいくしかないのか」


「拙僧の飼い鬼になるか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ