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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第1話 祝言の夜 その8

 大惨事のあった山奥の村にも朝は訪れていた。

 寺に立ち寄る僧侶、聰賢そうけんの姿があった。精悍な顔つきで、法衣の上からでも鍛え抜かれた逞しい身体が窺えるまだ二十代の若い僧侶だった。


 中の惨状を目の当たりにして、一瞬、戦慄を覚えた聰賢だったが、すぐ気を取り直して手を合わせた。


「鬼の仕業か」

 聰賢の後ろから、銀色に輝く巻き毛、クリッとした二重瞼に碧色の瞳、ふっくらした口元が可愛い、愛嬌たっぷりの十六、七歳に見える少女、那由他なゆたが顔をのぞかせた。


「派手にやられたもんやな」

 那由他も顔をしかめながら、まだ乾ききっていない血の海に横たわる村人たちの遺体を見た。


「退治屋がちゃんと仕留めてたら、出えへんかった犠牲や」

 聰賢は残念そうに言った。

「違うな、別の鬼や」

「確かか?」


 那由他は大きく息を吸い込んだ。

「間違いない、別の鬼や、それも女」

「この山には二匹もの鬼がうろついてるんか」


 険しい表情の聰賢は、ふと、全員絶命しているように見えた屍の中に、

「まだ、息がある」

 腕を噛みちぎられて大量出血していたが、心臓を取られていないただ一人の生存者を見つけた。


「なんで、この若者だけ……」

 聰賢は横たわる樹を見て、不審に思ったが、

「鬼に噛まれてるんやで、結局は助からへん」

 那由他が言った。


 体からは右手が無くなっているが、少し離れたところに、転がっている斧を持った右手の先を発見した。

「鬼と戦おうとしたんか、無茶な奴や」


「けど、なんで鬼はとどめを刺さへんかったんやろ」

 那由他も樹が助かったことに首をかしげた。


 聰賢はたつきの傍らに膝をつき、晒を出して腕に傷口に巻いた。

「もう、出血は止まってるな」

「どうするつもり?」

 その行動に那由他は眉をひそめた。

「さあ、どうするかな」

「鬼になるんやで、このままとどめを刺してやったほうが親切やと思うけど」


 聰賢は少し思案してから、

「まずは皆を埋葬しよう」

「この人たち全部?」

「お前も手伝ってくれるやろ?」

 聰賢は笑顔を向けた。


「えーっ」

 那由他は不服そうに頬を膨らませた。



   *   *   *



 どのくらい気を失っていたのだろう、目を覚ました樹は、まずそれが気になった。

 開けっ放しの戸口から外を見ると、夕陽が傾いている。


 体を起こそうとしたが、バランスを崩して倒れ込んだ。そして、右手がない事に気付いた。

「そうだ、あの時……」

 不思議と痛みはなかった。


 ちょうどそこへ、聰賢が戻って来た。

 逞しい裸の上半身は汗だくで、両手は泥まみれだった。

「おお、目が覚めたか」

 一瞬、警戒した樹だったが、腰のあたりで丸まっている着物が法衣だとわかり、ひとまず安堵して息をついた。


「酷い目に遭ったようやな」

「みんなは?」

 聰賢は法衣を着直しながら庭に視線を流した。

 樹はヨロヨロと立ち上がり、戸口に立った。


 庭に掘られた墓穴に、村人の遺体が並べられていた。

「これをあなたが一人で?」

「あたしも手伝ったし」

 那由他が聰賢の後ろから顔を覗かせた。


「物の怪!」

 那由他の姿に驚いた樹は、退こうとして足をもつれさせて尻もちをついた。

 驚いたのも無理はないだろう、銀色の巻き毛、碧の瞳の人間など、見たことがなかったから。


「失礼な! あたしは銀杏の妖精やで」

 那由他は眉を吊り上げ、腰に手を当てながら樹を見下ろした。

「よ、妖精ってなんや?」

「妖怪みたいなもんや」

 聰賢は面倒くさそうに言った。

ちゃうし!」


 むくれる那由他を無視して聰賢は樹に、

「名前がわからんしな、お前さんが目覚めたら聞こうと思てたんや」

 聰賢に促された樹は、再び立ちあがり、庭に降りた。


 墓穴に横たわる村人たちを、樹はゆっくり、一人一人確認した。

 どの人も見慣れた顔、父親と母親、年の離れた妹のつむぎの姿もその中にあった。昨日まで一緒に笑っていた家族同然の村人たちの亡骸が、涙でかすんだ。


「墓標までは立ててあげられへんけど、せめて経はあげさせてもらおうと思てな」

「ありがとうございます」

「可哀そうに小さな子供まで」

 聰賢は手を合わせた。


「酷いもんや、よほど腹をすかせた鬼やったんやな」

「やはり、あれは鬼だったんですね」

「この惨状から察すると、鬼に間違いないやろう、前にも全滅した村をみたことがある、お前さんは鬼に立ち向かってよく助かったな」


「俺は別の場所にいて、悲鳴を聞いて駆けつけた時にはもう……、それで斧を手にして、その後……よく覚えていないけど」

「さっき家を回ったけど、誰もおらんかった、逃げおおせた者のいるかも知れんな」


「それはどうでしょう、昨日はみんながここに集まってた、酔いつぶれているところを襲われたんです」

「なんと間の悪い事」

「俺の……、俺たちの祝言だったんです」

 ハッとする樹。

「芙蓉は!」


 樹はもう一度、墓穴に横たわる遺体を見て回った。

「芙蓉がいない!」

「芙蓉?」

「祝言を挙げたばかりの女房です」

 ふと、血に汚れた白無垢の切れ端を見つける。


「ここに来たのは確かだけど、逃げられたんだろうか?」

 あの時、この白無垢は鬼の肩に引っかかっていた。芙蓉も襲われたに違いないが……。


「凶暴な鬼から? 女一人で?」

 聰賢の言葉には含みがあったが、樹は気付いていなかった。

「芙蓉は俺にくっついて女だてらに狩りもした、獣から身を守る方法は心得ているはずだ、きっと逃げたんだと思う」


「そうやろか?」

 那由他が口を挟んだ。

「じゃあ、喰われたと言うのか? 跡形もなく」

 言い返した樹に、那由他は言った。


「その芙蓉って女が、鬼やったんかも……」


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